16枚目 ぱぴぷぺぽって言いたいよ

妻が顔をしかめるのも仕方がない。

いつの世も新しい事を始める、ということは歓迎されるものではない。

喜ばれるものではなく、むしろ風当たりが強いものである。

しかしその中で諦めず愚直にやり抜く事で、共感を得られたり

確立した存在になるものである。

私は今年で54になる。息子と娘も成人した。

人生の折り返し、定年、老後、そして死を身近に感じ始めたある日ふと、

気づいた事があった。


語尾だ。そう、語尾である。


御察しの通り私の語尾は一般的だ。

この地に生を宿してからというもの「お疲れ様です。」「男は泣かないのだ。」「勉強しなさい。」「失礼いたします。」等という言葉しか使ったことがない。

こんなもん陳腐でしかない。壊滅的に普遍だ、いやもはや怠惰だろう。

言葉の怠惰、思考停止、そして堕落、生存活動並びに文化的生活のサボタージュといって差し支えなかろう。


これではいかん、いい筈がない。今こそ変革の時だ。

語尾を変えてみたい。ともすればキャラ変である。

こんなおっさんが今更…いや、こんなおっさんは思考が慣習的になってるんだ。

青春時代に熱中していた歌謡曲だけを酒のアテ代わりに聞き、子どもらが夢中になっているバンドやアイドルなんか見向きもしなかった。昔の方が素晴らしいって。比べるもの争うものでも無かった筈だ。

なんで気付けなかったんだ。

常に新しい風を、新しい血を求めなければ、私という人間も社会も会社も終わる。



《今日こそ生まれ変わるぞ》


我が家の朝は、どこの地域でもよく見られる風景だと思う。

新聞を読みながらトーストを齧り、ホットコーヒーで流す家主の私。

妻は今日休みの様で、ソファに涅槃像の様なゴロ寝で朝ドラを視聴中だ。

子どもが2人巣立ってしまえば、この家は少し広くておとなしい。


「あ、そうだ。夜、バレーだから夕飯勝手に済ましといて。」


いいパスじゃないか、妻。なんて優秀なセッター。

よし、上がったボールをよく見ろ。

そしてこのトスに合わせる様に、コート後部から助走してジャンプ!

スパイクをお見舞いする!


「作り置きは、無理ポってことだな。」


「は?」


拾われてしまった。

日本代表レベルのレシーバーだ。しかし、ラリーが続くのがこの競技の醍醐味。この圧倒的体格差、桁違いのパワーでねじ伏せてくれよう。


「よし、今日は私が作るッポ。」


決まった。


「要らない。毎週ママさん達と食べて帰ってるでしょ。」


「……ぉぅ。」


さて、会社に行こう。

ティッシュを一枚抜き去り、口元とバレない様に目尻にも充てがう。


熟睡していたチナツは不意打ちを食らい、気づいた時には屑篭の中にいた。


「うそっ…ちょっと、ありえな〜い!」



・死因:溺死

・来世:トイレットペーパー

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る