15枚目 愉悦同舟

穏やか、とも言い難い夕立が去った後の水溜りの匂い。

快然とは無縁の、肌にジワリと這い上がってくる湿気。

夏なんて大体は入道雲。

崩れる天気をはっきりと感じながらも、目を背けてるに過ぎない。


《これ、どうしよ…》


ポッケには黄色が映える、折り紙で作られた鶴。

最近の子は、手先が器用ですごいなと単純に感じる。


「私、鶴なんか中学校で初めて折れたわよ…」


素直な気持ちで製作者の園児を褒めたので、貰った。

断るとまたビャンビャン泣かれてしまう。

平時行くコンビニのゴミ箱に捨てても良かったけど、誰がどこで見てるか分からない。奥様方のネットワーク・情報の拡散力は、新聞やネットに勝るとも劣らないと美亜は知っている。


「まぁ、家でいっか…」


カバンをベッド脇に放り、呻き声を上げて一日着ていた服や下着を

洗濯機に叩き込む。たっぷり汗を吸ってるから中々解放されない。

ポロっと脱衣室の床に落ちた鶴。

まあいいや、晩酌用のテーブルにでも置いておこう。一糸纏わずの姿で居間に移動し放り投げる。さて、シャワーだシャワーだ。



四肢をグチャグチャバキョビキに折り畳まれたサオリは、

泣き腫らした目で部屋の内装を見回す。

先ほどの惨劇が嘘の様に、静寂が室内を満たす。

遠くの浴室から、鼻歌が聞こえてくるだけである。


「あの子達は…」


あれから他のみんなはどうなったのだろう。

これ以上、酷い目にあってなければいいのだけれど。


「…もしかして、折り紙姫てぃしゅか!?」


ギョッとした。背後からの甲高い声が、鶴を串刺しにした。


「わっ!な、なに?」


柄にもなく当惑してしまう。オロオロして振り返ると、巨大かつ堅固な

台地の上に、向こうが透けるくらい薄い紙が揺れていた。


「すごい!やっぱり本物だ!!すごいすごい!」


「ちょ、ちょっと…なに?」


「あ、申し遅れました!僕はタケヒロ!!よろしくてぃしゅ!」


エアコンから吹く風のせいか、彼の身体は旗の様にはためいていた。


「同紙…」


「その通り!僕と姫は同紙なのてぃしゅ!母なる大木から生まれた仲間!」


「ど、同紙…仲間……うぅっ…!!」


単語を口にした瞬間、わけもわからず涙が溢れてくる。

ついさっきまで枯れるほど頬を流れたのに。


「ひ、姫!どうしたてぃしゅか!?お腹痛いんてぃしゅか!?」


「ごめん…ありがとう…!仲間と言ってくれて…!!」


良かった、もう1人じゃない。


そしておめでとう。彼にも天命がやってきた。


「ぅわぁあ!」


あっという間の出来事であった。

シャワーから上がってきた家主に、タケヒロはサッと引き抜かれ、

鼻水を受け止め、呆気なくゴミ箱行き。


「え…」


最後の一枚だったのだろう。彼の消失と同時に、台地も撤去された。

呆然とする彼女は、ただプシュッと缶ビールが開く音を聞くのであった。



・死因:溺死

・来世:キッチンペーパー

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