6枚目 ハリネズミシンドローム

「なんで…なんで…グスッ…」


美しい映画を見た。

このワンルームの借主と同じく、ティアもこの悲しく儚い物語を視聴していた。

1890年代のヨーロッパが舞台。

一国の主である王の娘と、商人である青年の身分違いの恋。

決して許されない、純愛のストーリー。

両家からは猛反対。

なぜ、時期王女様とバカ息子が。

なぜ、街の平民なんぞと私の娘が。

勘当を言い渡され行き場を失い、この世界を憎み憂う。

それでもお互いを出会わせてくれた神に感謝を捧げ、

ラストは心中してしまう2人。

決してハッピーエンドではないが、観た者の心の琴線に触れる名作。


「うぅ…なんで、死んじまったんだ…」


感涙する借主。

さて、こちらも感謝する番だ。天命が迎えにやって来たよ。


透明なガラステーブルに置かれたティッシュ箱から、ティアは引き抜かれ

純白の身体で家主の涙を受け止めた。


清く濁りの無い水分が、彼女の身体に染み込んでいく。

借主は最近失恋でもしたのだろう。

少々感情移入し過ぎるタイプなのかもしれない。

しかし決して悪いことではなく、綺麗な心の持ち主だなぁと彼女は思う。


「成人男性にしてはよく泣くわね…」


ティアは少し戸惑いながらも、受け止め続ける。

だってこれが私達ティッシュの役割なのだから。

それに切ない話であったのは間違いなかったから。

こんな無機物の私の心も動かしたのだから。


「…まぁ、ひとしきり泣いたらもう寝ることね。こんな時間よ。」


グショグショに濡れ、丸められたティアは虚空に向け呟く。

人間の耳には聞こえないので、そのままポイッと屑篭に放られる。


「なんで死んじまったんだ、ナギサ…うぅっ…」


「…」


ティアが役割を終え、薄れゆく意識と視界の中で借主はまだ泣いていた。

どうやらナギサと呼ばれる彼女は、不幸であった様だ。

ティアはここの生活が短かったからか、初めて聞いた名だった。

可哀想に、まだ君は若いはずだろう。

はもっと人間そのものを深く知りたいとティアは感じる。

流石にティッシュは短命過ぎる。

もっと近くで観察できて、今よりは長くこの有機体と時間を共有したい。

この知的生命体を詳しく知りたい。


「ズスッ…もう、いい加減寝ないと…」


自分に言い聞かせるように借主は呟き、立ち上がって洗面台に向かう。

先ほどの映画の余韻に浸りながら、歯磨きを始めた。

ティアはゆっくりと目を閉じた。

おやすみ今世。


押入れの壁からは赤い血が染み出してきている。



・罪状:怠惰

・死因:溺死

・来世:原稿用紙

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