~文化祭 5~
「やっぱり、藤宮さん効果は凄いわね」
「そりゃそうよ。最初から分かりきってたことじゃない」
「それにしても、女子のうちらから見ても本当、美人だよねえ」
二組の女子たちの視線の先には、慣れないながらも一生懸命注文を取っている藤宮鈴音。おかげでお客は男子だけ・・・かと思えば、
「でも、これは意外だわ」
「うん。まあ、かっこいいとは思ってたけど・・・」
その次に視線を向けたのは、意外にも執事が様になっている白崎千翔。普段は影が薄くて認識もされないけど、今はそれを執事の衣装で補ってるのかも。
「河本さん、これ、二番テーブルの注文」
「あっ、はい!」
やっぱり、なかなか休憩が出来ない。でも、千翔も頑張ってるし。私は、一つ深呼吸をして次の注文を取りに、呼ばれたテーブルの方に行った。
「ご注文がお決まりでしたら、お伺いいたします!」
「ねえ、君、名前何て言うのー?」
うわ、やっかいなお客が来た。普段なら無視して、一言言って終わりにするんだけど、何しろ今は仕事中。
自分のしたい行動が出来ないから、もどかしい。それが分かっててぐいぐい来るからな・・・。
「え・・・っと、ご注文は___」
「注文はー、君」
一人がそう言うと、周りにいた仲間がケラケラと耳障りな笑い声を出す。
私の嫌いな音だ。本当、嫌い。
「このまま俺らと一緒に遊ぼうよ」
クラスのみんなには聞こえないように言ってるから、助けてもらうにも出来ない。
「いや、あの・・・」
「いいじゃん」
さすがに私も切れ始めたその時、千翔が気付いた。困っている私を見て、こっちに近づいてくる。けど、私を助けたのは別の人だった。その人物を見て、私も千翔も驚いた。
「俺の彼女に何してんだよ」
その人は私の肩に手を回してそう言った。
「ちっ。彼氏持ちかよ」
「行こうぜ」
すると、残念そうな顔をして迷惑なお客たちは教室から出て行った。
「ありがとうございました。漣先輩」
「こんにちは、谷先輩」
私を助けてくれたのは漣先輩だった。助け方はどうかと思うけど。千翔も、久しぶりに会った先輩に挨拶をした。
「おー、二人とも久しぶりだな」
「来るっていうのは知ってましたけど、来るタイミングもばっちしでしたね」
「お前に言い寄る奴なんて大勢いると思ったからな。感謝しろよ」
「でも、私は漣先輩と恋人になった覚えはないんですけど」
「いやあ、助けるって言ったらこれが王道だろ。いいじゃねえか、細けえことは。それにしても、やっぱ似合ってんな」
漣先輩は、私のメイド服を指さして言った。
「ありがとうございます。私からすると、早く脱ぎたくて仕方ないですけど」
「お前は予想してたけど、千翔も意外に様になってんのな」
やっぱり、漣先輩もそう思うのか。私も、仕事中少し見てたけど、千翔の働きぶりは目を疑うものだった。スマートにこなしていて、まるで本当の執事みたい。
どこで習ったんだ。
「普通にやってるだけです」
またまた・・・。
その時、クラスの女の子から声が掛かった。まあ、たぶん話ばっかしてないで働けってことだと思うけど。少しくらいいいじゃない。さっきまで休憩も出来てなかったんだから。そんなことを心の中で愚痴りながら返事をした。
「じゃあ先輩、私たちまだ仕事がありますんで」
「おう、行ってこいよ。俺ももう少し客が減ってきたらまた後で来るわ。俺らのとこも来てくれよな」
「先輩は今自由ってことは後半が仕事ですか」
「そういうこと。だから、後半来いよ」
「はーい」
漣先輩と約束をして、私と千翔はまた仕事を再開した。しばらくの間、注文を取るのに集中していると、突如聞こえてきた声に意識が向いた。
「あ・・・」
「お」
「鈴音―!あ、千翔君もちゃんとやってるよ!」
理人と愛衣がやってきて、空いていた席に座った。私は、すぐにメニュー表を持って接客する。
「こちら、メニューになります。決まったら、近くの店員に声を掛けてください」
「鈴音、かったい!楽に話そうよー」
「いや、クラスで決まってることだから」
「ふーん。それにしても鈴音、その格好似合ってるよ!めちゃくちゃ良い!」
愛衣が、私の腕を掴んではしゃぐ。本当、幼稚園児みたいに明るい。
「ね、理人!」
愛衣が理人に問いかけ、私は一瞬どきりとする。
いや、なんでそこで聞くの!?
「おう。似合ってる。綺麗だぜ」
「あ・・・ありがとう」
真っ直ぐ私の顔を見て言われ、恥ずかしくなる。
「ちゅ、注文は!?」
「あー、じゃあ王道のショートケーキとオレンジジュース」
「わたしは、ブルーベリーチーズケーキと・・・飲み物は理人と同じでいいや!」
「かしこまりましたー」
その後、理人と愛衣は仲良さそうに注文したものを完食していった。それからもお客が減ることはなく、私たちが休憩することは許されなかった。途中、漣先輩がまた来てくれ、今度は注文もしてくれた。
「ふう・・・。疲れたあ!」
やっと前半が終わった。私たちは保健室に着替えに行く。
「予想してたよりも多かったね。お客」
「そうだね。まあ、藤宮さんと白崎君のおかげだね!」
「でも、これで後半の人と交代だから後は遊ぶだけだよー」
「先にやっといて正解だねえ」
本当、本当。これから仕事なんて嫌になっちゃう。
私は、メイド服をむしり取るように脱いだ。きっともう着るようなことはないだろう。
「じゃあ、おっさきー」
「お疲れー」
私はいつもの制服に着替え、更衣室から出る。でも、そういえば私、誰かと一緒に回る約束してないな。その途端、私の周りに同じように衣装から制服に着替えた男子がどっと集まってきた。
「えっ?」
「藤宮、俺と一緒に回らねえ?」
「いや!俺と___」
「俺とに決まってるだろ!」
うわあ・・・。嬉しいんだけど、ちょっと・・・。
その時、男子の更衣室から千翔が出てきた。千翔もいつもの制服に戻り、なんだかほっと落ち着く。執事姿の千翔もかっこよくて好きだけど、やっぱりこっちの方が違和感ないから疲れないっていうか・・・。
千翔は私を見ると、すぐに近づいてきた。そして、腕を掴んで助け出してくれた。
「千翔・・・」
しかし、クラスの男子が黙っているはずがなく、その中の一人が声を荒げて通せんぼをした。それを見てか、他の人たちも加わっていく。
「おい、白崎!何勝手に連れ出そうとしてんだよ!俺らが今___」
「鈴音さんは、僕と回ると約束してたんです」
え、そんな約束してないけど・・・。
「そうなの!?藤宮さん!」
「あ・・・そうなんだ。だから、ごめんね」
とりあえず、千翔が出した助け舟に乗っとこうと思いそう言うと、みんな明らかに顔が沈んだ。
本当にごめん。でもまあ、私も特に仲良くない男子と回るよりかは千翔と回る方が絶対に良い。
そして、私は千翔に手を引かれて保健室を出た。しばらく無言のまま一緒に歩いていたが、千翔が声を掛けてきた。
「鈴音さん?どうかしましたか?」
「え・・・?」
「いや、足が止まったんで」
そう言われて気づいた。私は無意識に足を止めていた。
何でだろう。自分でも、分からない。
「あー・・・何でもないよ。千翔、ありがとね。助けてくれて」
「いえ。本当、モテるっていうのも考え物ですね。あの時は谷先輩が来てくれたんで、僕は用無しでしたけど」
「いやいや、ちゃんと気づいてたよ。千翔が助けに来てくれようとしてるって。その気持ちだけで嬉しい」
「でも、鈴音さん、谷先輩と付き合ってたんですか?」
「誤解しないで。そんな関係になった覚えはいっさいありません!」
「じゃあ、谷先輩が鈴音さんを助けるための・・・」
「そういうこと。結果的に助かったから良いんだけど、そういうのは本当にいらない」
「まあ、僕からしたら、谷先輩も充分鈴音さんに言い寄る奴ですね」
「はははっ・・・」
私の変な苦笑いを最後に、沈黙が流れる。
何なんだろう。沈黙でもそんなに気にしない時と、辛い時があるんだよね。今は、一刻も早く沈黙を破りたい気分。
「ねえ___」
「あの___」
うわっ、被った。
「千翔からどうぞ?」
「じゃあ・・・。鈴音さんって、今でも理人が好きなんですか?」
よりにもよってその話題・・・。私は、少し考える。周りの人たちの騒いでいる声がやけに耳に入ってくる。
「んー・・・。あの日、自分が理人と愛衣の仲を取り持った時、どうしてこんなことしたんだろうって、めちゃくちゃ後悔した。まあ、自分でしたことだから仕方ないんだけどねえ。けど、その時は毎日泣いてて苦しかった。だったんだけど、今は理人と愛衣が仲良いんだったら良いなって、純粋にそう思ってるんだよね。だから、自分の気持ちが分からなくなってたんだけど、ふとした瞬間に好きだなあって思ってるよ」
一応答えたけど、なんか言葉が変じゃなかった?自分でもなんて言ったのか分からないや。
「ふとした瞬間・・・ですか」
「そう。今日だって、理人が愛衣と私たちのクラスに来た時、綺麗って言ってくれたの。その時も、きゅんってしたよ!」
「そうなんですか・・・」
ん?なんか千翔、顔が暗い?
「千翔、どうかした?大丈夫?」
「あ、はい。それで、鈴音さんの話は・・・」
「ああ。私たち、男子には一緒に回る約束してたって言ったけど、本当はそんな約束してないでしょ?だから、私はもう大丈夫だから、回ってきても良いよ」
「・・・鈴音さんは、誰かと回る約束してないんでしょう?」
「そうだけど・・・」
「僕もしてません。なので、このまま一緒に回りましょう。というより、僕には鈴音さんしかいません。理人はこれからが仕事ですし、それ以外となると、僕には男子の友達とかいませんから」
あー、そういえばそうだ・・・って、失礼か。まあ、それを言うなら私だって千翔しかいないし。
「じゃあ、一緒に回ろう!」
「はい」
ということで、まず向かったのは三年一組。漣先輩のクラスだ。来てねって言われたし、何より漣先輩も私のクラスに足を運んでくれたからね。でも、何をするのかっていうのは聞いておくべきだったかも。私は、三年一組の教室の前に掛けてある看板を見た途端、後悔した。
「まじか・・・」
「なかなかの迫力ですね」
隣にいる千翔は特に気にした様子もなく、涼しい顔でそんなことを言う。
「お化け屋敷って聞いてないんですけどおおおぉぉぉ!?」
*
ま、まあ別に苦手ってわけじゃないし?かと言って、得意ってわけでもないんだけど・・・。結構人気なのか、だいぶ人が並んでたが私たちもその列に加わった。それが十分前のことで、時間掛かるなと思ってたけど、気づけばもう既に私たちの番。説明係の人が何か言ってるけど、全然頭に入ってこない。千翔が聞いてくれてるし、良いか。まあ、お化け屋敷と言ってもたかが学校の文化祭の催し物だ。遊園地とかであるみたいにリアルに作られてはないでしょう。
「では、いってらっしゃいませ~」
どこかやる気のない、気の抜けたその声を最後に、私たちは教室の中に押し込められた。前言撤回。超リアルだ。入った瞬間に分かった。外の空気とは違って凄く冷たい。天井から吊り下げられてるのは、柳?照明もなんか赤黒いし・・・。窓ガラスもわざわざ障子に張り替えてある。ていうか、真っ暗。なのに、懐中電灯も何も持たせてくれないのか!?どこをどう行けばいいのかもさっぱりだし。えー・・・。入ってさっそく立ち止まっちゃってるよ。
「千翔、早くここから出よう」
「え?せっかくですから、じっくり行きま___」
「そんなことしなくて良い!」
真っ暗だから、千翔の顔もあまり見えないけど絶対きょとんとしてるな。すると、千翔の声がしなくなって急に不安になる。
「ねえ、千翔?ちゃんといるでしょ?」
「いますよ。どうしたんですか」
「勝手にすたすた行かないでよ?」
「・・・もしかして、鈴音さん、怖いんですか?」
「怖くない!でも、置いていったらただじゃおかないから!」
怖いくせに・・・。強情っ張り。素直に手でも貸してもらえばいいのに。
「どうぞ」
どうぞって、何が。
「いや、何も見えないんだから声だけで言われても分かんないわよ!」
その瞬間、私の手が誰かの手と触れた。そして、そのまま優しく握られた。私と千翔が手を繋いでいるというのに理解するまで少し時間が掛かった。
「これなら、良いでしょう?」
「っ!」
私もだんだんこの暗さに慣れてきて、私の目に映ったのは千翔のふわりとした優しい笑顔。もう何回か見てるはずなのに、私は胸がとくんと高鳴った。あの時と同じだ。今日、千翔が執事姿で出てきた時。私はまた、気づかないふりをした。
「うん。ありがとう」
「ふふっ」
私がお礼を言うと、千翔は笑った。
「どうかした?」
「いえ。鈴音さんにも怖いものがあるんだと思って」
「怖いんじゃないの!苦手なだけ!」
私はまた、強情を張る。
「はいはい」
千翔は信じてないな。適当にあしらってる。むー・・・と少し拗ねていると、私の頭に手が乗った。誰がなんて言わずもがな。私は、顔を上げて千翔を見る。目線は全然違う所に。顔も微妙に赤いから、照れているのか。
「あ、あんまりこっち見ないでください・・・」
なんて、もっと赤くなった顔で言うから逆に見たくなっちゃうよ。ていうか、千翔が頭を撫でるなんて意外なことするからいけないんじゃない?
「なんか、今日の千翔おかしい」
「そうですか?」
「うん。普段の千翔なら頭撫でたりしないのに」
「いえ・・・。谷先輩とか、あと理人もよく撫でてたので、なんか人とは違うのかなと・・・」
漣先輩と理人の影響か。
「で、違ったの?」
何気なく聞いてみる。
「そうですね・・・。なんか、落ち着きます。あと、ふわふわ?」
千翔がふわふわなんて言葉使うなんて。ちょっとびっくり。
「て、いうか!私たち、全然進んでない!」
「あ。じゃあ、行きましょうか」
「うん。ゆっくり・・・ゆっくり行こう。絶対、置いてかないでよって・・・でたあああああああ!」
急に聞こえてきた声に体が飛び跳ね、私はとにかく一気に教室の中を走り抜けた。どこをどう進めばいいか分からなかったけど、気づくと出口が見えていた。
「はっ、はあっ・・・はあー」
私は出口の傍で膝に手をついて息を整える。そこで、今更気づいた。
「あれ、千翔?」
*
「置いていかないでって言ったのは鈴音さんなのに」
「ご、ごめんって!びっくりしちゃって・・・」
「びっくりって言っても、お化け屋敷で良くある声だったじゃないですか」
「だって・・・。震えた声で助けてって言ったんだよ?」
「知ってます。僕も聞こえましたから」
聞こえたのにそんなに冷静でいられるの!?
「本当、ごめん」
「もういいですよ。それより、次はどこに行きますか?」
「んー・・・。じゃあ___」
それから私たちは主に食べ物に夢中になっていた。私たちって言っても、ほとんど私が千翔を連れまわしたって感じだけど。
買った食べ物を食堂で千翔と食べ、理人と愛衣のクラスのような遊ぶ系の所も行って、気づくと何もすることが無くなって暇になった。後半ももう終わる。
「鈴音さん、屋上に行きませんか?」
千翔の提案で、私たちはこの学校の中で一番高い場所に向かった。
「そういえば、最後にパレードがあるんだよね」
今思い出した。パレードでは、校門から校舎までのちょっぴり広い空間を使って吹奏楽が演奏をしたり、昨日の合唱コンクールの結果と、今日のクラスの催し物の人気ランキングというものも発表される。そして最後の最後には比較的大きめな花火が何発か上がる。ここまで規模が大きい文化祭って、なかなかないと思う。東京っていう大都会だからこそ出来ることだよね。たぶん千翔は花火を見えやすい所で見る為、屋上って言ったんだと思う。
私は屋上の扉を開けようとしたが、全然使ってなくて錆びてるからかびくともしなかった。それを見て、千翔が開けてくれた。さすが、男子。
「うわあ、全っ然人いない!ここ、穴場かもね!」
文字通り、貸し切り状態。
「そうですね。ちょっと、意外です」
「みんな、考えなかったのかもね」
千翔がフェンスの下側から足を出して座った。離れて座るのも今更変なので、私も千翔と同じようにして隣に座る。それと同時に、下から綺麗な合奏の音が湧き上がってきた。まあ、さすが吹奏楽ってところか。良い音。って、何様だよって感じだけど。丁度いいタイミングでパレードが始まったようだ。
「もう、終わりかあ・・・」
なんか、寂しい気もする。特にやり残したことはないし、別に後悔があるってわけじゃない。でも、心に穴が開いて、そこに冷たい風が吹き込んでる感じ。なんでって聞かれても答えられないけど。
「でも、楽しかったです。やっぱり、鈴音さんといると時間が経つのを忘れてしまいますね」
「千翔が楽しいって思ってくれたなら、それで充分」
今日の千翔は、なんだか紳士だった。お化け屋敷でのこともそうだし、買った食べ物を持ってくれたし、回っている途中に度々知らない男の人に声掛けられて大変だったけど、千翔が追っ払ってくれたし。何だか、千翔の行動一つひとつが目に入って、記憶に残っている。
「でも、結構疲れたなあ。いろいろあったし」
頭の中に思い浮かんでいるのはクラスのみんな。けど、合唱コンクールも予想以上になんとかなったし、喫茶店もめちゃくちゃ繁盛して頼んだ商品全部売り切れたみたいだし、上手くいった。
気づくと、合奏の曲も終盤になっていた。
「けど、何もなく終わるよりかは、この方が良かったです」
「それは分かる」
おかげでクラスの絆も強まったし。来年は体育祭か。体育祭も体育祭で楽しそうだ。まあ、明日からまた普通の日常に戻るし、勉強と部活漬けの毎日になるんだろう。その時、吹奏楽の演奏が終わった。その瞬間、拍手が湧き上がる。しばらくの間それが続いたが、次第に小さくなっていき止まった。思うけど、なんで拍手ってみんな同じようなタイミングで自然と止まるんだろう。そんなどうでもいいことを考えていると、辺りに大きな声が響いた。マイクを使っているのか、エコーが掛かっている。この声は、校長か。
「さあ、文化祭ももうすぐ終わりです。皆さん、二日間お疲れさまでした。クラスの人たちと協力し、合唱とそれぞれの催し物を完成させたと思います。聞いた話によると、少しいざこざが起こってしまったクラスもあったらしいですが、それでもどのクラスもとても一生懸命でした。それは、昨日の合唱コンクールと今日の催し物を見れば分かります。しかし、成功したことは自分のおかげだと決して思わないでください。全て、一人では出来なかったことです。協力してくれた仲間がいたからこそ出来たことだということを忘れないように」
私は、隣にいる千翔を見やる。今回も、千翔にはたくさん助けられたな。クラスのみんなも、あのまま当日まで仲直りすることが出来なかったら、絶対に喫茶店を開くことは無理だった。辞退していたかもしれない。けど、なんだかんだメイド服を着るという体験もさせてもらったし、千翔の執事姿も見れたし。クラスのみんなには感謝してる。
「では、皆さんお待ちかねであろう、発表をしようと思います」
その瞬間、いろいろな所から待ってましたとばかりのけたたましい歓声が上がった。
みんな、不安じゃないのかねえ。金賞と決まったわけじゃないのに。でも、少なからず私も期待をしている。しかし、しばらくの騒ぎの後、今までの歓声が嘘のようにシーンと海の底のように静まり返る。
「まず、合唱コンクールの結果を発表したいと思います一年一組・・・銀賞」
校長先生のその言葉の後、どこからかため息が聞こえた。一つひとつの音は小さいけど、それが束になって凄く辺りに響いた。だからか、余計に私の心の中にもずっしりと重いものがのしかかった。
次だ!
私は自然と胸の前で手を組んでいた。
「一年二組___」
*
「藤宮さん!お疲れ様!」
パレードが終わり千翔と教室に帰ると、突然鼓膜が破れそうになるほどの大声に驚かされた。
「うおっ!な、なに!?」
「何って、決まってるじゃん!藤宮のおかげで、金賞と人気ランキング一位を取れたんだからよ!」
そう。さっきのパレードの発表で、私たち二組は合唱で金賞を取った。それだけじゃなく、クラスの催し物の人気ランキング一位も。
「それは、みんなのおかげでもあるよ」
「いやいや、俺らは指示を出してくれた藤宮さんについていっただけやから」
「ふふふっ、ついてきてくれたから、賞を取れたんだよ」
「確かに、ついてきてくれた人のおかげでもあります。でも、一番はやっぱり指示を出してまとめてくれた鈴音さんですよ。指示を出さないと、物事は何も進まないんですから」
千翔にそう言われ、心の奥に嬉しさを感じる。こんなにも、思ってくれる人たちがいる。私は、何か大きなものに包まれているみたいに心地よくなった。
「ありがとう。いろいろあったけど、みんなもお疲れ様」
その後、みんなで写真を撮った。みんな、最高の笑顔だった。千翔も、ちゃんと笑っていた。
本当に、ありがとう。今までの私なら、行事で人に感謝をするなんてことなかった。中学の時も、文化祭はあったけどそこまで盛り上がらなかったし、なんか単調だったし、はっきり言って楽しいと思ったこともなかった。けど、ここは違う。私が隠してきた感情を、思いっきりぶちまけられる場所。特にそれが出来るのは、千翔の隣。千翔は入学したての頃と比べてだいぶ感情を見せてくれるようになったけど、もっと出してもいい気がする。怒ったり、泣いたり、大声で笑ったり、喜んだり。一回でもいいから、敬語が外れた千翔、見てみたいなあ・・・。
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