~文化祭 4~

ついに文化祭一日目。

一日目は地域の人たちは呼ばず、学校の中だけでやることになっている。

そして、今日のメインは合唱コンクール。もちろん、どのクラスも金賞を取りにきている。

その中で、今日の今日まで、仲違いしているクラスなんて、私たちだけでしょ。

金賞を取ろう以前の問題。

けれでも、そんなの関係なくプログラムは進んでいく。開会式と講評をする人たちの紹介は終わり、今は一年一組の合唱。私たち二組はこの次。すぐに出番はやってくる。

その間、私は一組の歌なんか頭に入ってこず、ずっと祈っていた。

すると、誰かが私の手を握った。びっくりして目を開けたが、こんなことをするのは私の知ってる中で一人しかいない。






「千翔・・・」

「不安になるのは分かります。でも、信じましょう。疑いながら生きるより、信じるほうが楽なんでしょう?」

「・・・!」






___『私は、疑うなんてできないよ、そんな難しい事。それに、人を疑いながら生きるより、信じるほうが楽じゃん?』






「ふふっ、だいぶ昔の事覚えてるんだから。そうだね、信じよう」






その時、一組の最後の一音が体育館中に鳴り響いた。その瞬間、拍手がどこからともなく沸き上がる。






「よし!行こう!」

「はい」






二組が呼ばれ、ステージに上がる。私は一人、少し離れた所にあるピアノに向かい、椅子に座った。

照明が眩しい。

指揮者の千翔と、伴奏者の私の名前、そして曲名が放送で流れる。そして私は、ピアノの鍵盤に手を置いた。

やばい・・・。緊張で、手が震える。

このままじゃ失敗する。そう思い、一度鍵盤から手を離し、胸の前で両手を組んだ。なぜか、そのまま千翔の方を見た。目が合う。






___「大丈夫です」






千翔の目が、そう言っているような気がした。その瞬間、手の震えは不思議と止まった。

いける!

私は、再び鍵盤に手を置き、千翔を見つめる。すると、心の準備は出来たと思ったのか、千翔も指揮棒を構えた。

大丈夫。私は、みんなを信じる。

そして、指揮棒が振り下ろされ、私は伴奏を始めた。







「もー、泣かないでよ。うちらが泣かせたみたいじゃん」

「だって・・・」

「良かったですね、鈴音さん」

「うん!」






二組の合唱は終わった。私は、気づくとピアノを弾きながら泣いていた。

拭おうにも拭えず、涙は流れるばかりで、次第に頬を伝って鍵盤の上に落ちていた。次の伴奏の人、ごめん。

一言で言うと、私たちの合唱は成功。みんなが、歌ってくれた。

けど、それだけじゃない。男子の小さな声と、女子の記号を意識して歌っていないという問題も克服して。

今までで、一番の歌声だった。

あの日から、みんなが何もしていなかったわけじゃないというのが手に取るように伝わった。

きっと、凄く練習したんだと思う。何が正しいのか、どうすればいいのか分からない状態で試行錯誤しながら。

それを思うと自然と涙が出て、ステージから降りても止まらなかった。今は、それを見たみんなが体育館の外に出してくれたところ。






「藤宮さん、ごめんね」

「・・・!」






クラスの一人が謝ってきた。






「な、なんで?」

「藤宮が残って準備してくれてんのは知ってたんだよ。けど、藤宮の気持ちは全然知ろうとしてなかった。それを白崎に気付かされた」

「白崎君が教えてくれたの。藤宮さんがあの時どういう理由でこのままの状態でいこうって言ったのか、とか」

「千翔が!?」






いつの間に・・・。

私が勢いよく千翔の方を見ると、ふいっと目を逸らしやがった。

千翔だって充分お人好しじゃんか。






「うちらのことを考えてくれた上でだったんだね。それに気付かず、ごめん」

「そんな!私こそ、言わずに___」

「だから、言葉で謝る前に、行動で示そうと思ったんだ」

「そっ、か・・・」






みんなの思いに、込み上げてくるものがある。でも、その前に私もちゃんと言わないと。






「私も、ごめん」

「うん。でも、これで終わったわけじゃない。まだ明日がある。最後の準備は、私たちも手伝うよ」

「ありがとう!」






その約束通り、私たちは合唱コンクールが終わった後みんなで準備をした。

誰一人として、欠けていなかった。

他のクラスも最後の仕上げをしていたけど、だんだんそれも少なくなっていき、私たち二組が一番最後。

途中、早く帰りなさいと先生が言いに来たけど、満場一致でどんなに遅くなっても最後までやり通すと言った。

その押しに負けてか、先生も許してくれ、私たちが終わるまで待ってくれていた。

結局、全て終わって帰る頃には、空には綺麗な綺麗な星が散りばめられていた。

その淡い黄色い光が、私にはレモンの飴にしか見えなくて、千翔にまた、心の中で感謝の言葉を呟いた。







文化祭二日目。今日は主にクラスの催し物を前半と後半に別れて楽しむことになっている。

昨日と違うのは、地域の人も呼んでいるということで、もちろん他校の人も来るだろう。絶対に忙しくなる。

そんな中、私たちのクラスはどこよりも早く集合した。その目的は、届いた商品を整理することと、もう一つ。






「うわ、やっば・・・」






そう言って呆けた顔をしたのは、クラスの女子たち。今は保健室で女子と男子に別れて衣装に着替えている途中。

と言っても全員ではなく、まず最初の前半で仕事をする人のみ。ちなみに私は前半に仕事。ついでに言うと、千翔も。だから私もメイド服とやらに袖を通したんだけど・・・。






「ねえ、やっぱり嫌なんだけど」

「もう脱がせないわよ」

「藤宮さんには、今日はしっかりと働いてもらうんだから!」






こわっ。ていうか、今日初めて着てみて分かったけど、なんかスカート短すぎない?スースーして落ち着かないんだけど・・・。






「おい、女子まだー?」






カーテンの向こう側で、男子の声が響いた。






「あ、ほら、男子はもう着替えたみたいだよ!大丈夫だって!可愛い・・・ていうか、綺麗だから!」






いや、私はそこを気にしてるんじゃなくてスカートの長さが・・・。






「って、押さないで!」






女子たちに急に背中を押され、ブレーキを掛けようとしたが時すでに遅し。






「っ!」






私に注がれているのは男子の視線。

ちょっと・・・何か言いなさいよ。恥ずかしくなるじゃない。






「か・・・可愛いと、思うぞ?」






その中の一人が、とても小さな声で言った。まるで、喉の奥からやっと絞り出したかのような声。これ以上は言えないとでも言っているようだった。

何よ、それ・・・。






「ふふっ、照れてんのよ」






後ろから私と同じようにカーテンから出てきた女子のうちの一人が、耳打ちで教えてくれた。

照れてる・・・ねえ。

私は周りを見渡してみるけど、この中に千翔はいないみたいだ。よく見てみればこれで全員というわけじゃないみたいだし、まだ着替えてるのかな。

まあ、あの千翔だし、私と同じように着るのに手間取ってるのかも。そう思い、私たちは何分か待った。けど、千翔だけは一向に出てくる気配はなく、ついに最後の一人となった。






「ちょっと、千翔―?まだ着替えてんの?」






私がカーテン越しに聞いてみると、意外にもすぐに返事が返ってきた。






「いえ、着替えてはいるんですけど・・・」






じゃあ早く出て来いよ。まさか、姿を見せることを恥ずかしがっているのか。






「もー、時間やばいんだから早くしてよ!別に似合ってなくても笑ったりしないって!ねえ?」






と、私は振り向きクラスのみんなに問いかけると、頷いてくれる。






「みんな、うんって言ってるよ!私だって恥ずかしいけど我慢してるんだから、千翔だけずるいぞー」

「わ、分かりました・・・」






その声とともに、私と千翔の壁であったカーテンはジャッと音をたてて無くなり、その向こうから千翔が執事の象徴である白手袋をはめながら、出てきた。それは、千翔の執事姿を目に映した瞬間だった。






___とくん






その音は確かに、理人に抱いていた気持ちと同じ感覚だった。にもかかわらず、私はただ普通に、かっこいいと思っただけなんだと、解釈をした。千翔も、私の姿をその目に映した。






「鈴音さん、やっぱり綺麗ですよ」

「っ!」






その時の千翔の笑顔を見て、心の奥まで温められたような感じがした。

それにしても・・・






「千翔、似合ってんじゃん。かっこいい」

「あ、ありがとうございます」






千翔は、顔をほんのり赤くした。

もう、いい加減慣れてほしい。私が何度こういうこと口にしたと思ってるんだ。

私は、壁に掛けてある時計に目を向ける。そして、窓の外にも目を向けると、何人かの生徒が校門から入ってきている。






「よし!まずは前半、頑張ろう!」

「おー!」






私はクラスメイトに大きな声をかけた。

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