~文化祭 3~

___『んー?だって本当の事だもん。ふふっ、顔真っ赤だよ。可愛い。千翔って、なんか一緒にいて楽。何も考えなくていいもん』






その言葉を聞いた瞬間、悲しさと怒りが溢れた。

可愛いと言われたことももちろん嫌だった。それよりも、“何も考えなくていい”。

それってつまり、僕の事を男として見てないってことだ。

前までは、傍にいて鈴音さんの事を応援できるならそれでいい。そう思ってたのに・・・。

どうやら僕は、そうとう鈴音さんの事が好きみたいだ。

あの時、口が勝手に動いていて、気づくと鈴音さんは僕の事を怖がっていた。まぎれもなく自分が怖がらせた。

僕は馬鹿だ。何をやっているんだ。なぜか家に帰って来てしまってるし。仕方なく自分の部屋に入り、勉強をする。けど、全然集中できない。






「鈴音さん、泣いてないかな・・・」






勉強の妨げになっているのはやはり鈴音さんの事。

理人は帰ってないから、まだ学校で準備しているんだろう。

もし鈴音さんが泣いていたなら、きっと理人が気づいて慰めているはず。

そう思うと、胸がもやもやとした感覚に襲われる。これが、嫉妬というやつか。

怖がらせたのは自分なのに・・・。なんて愚かなんだろう。

それにしても、あんなに感情的になってしまうなんて・・・。僕自身信じられない。

その時、ドアがノックされた。






「千翔―。入るぞー」






部屋の外から声が聞こえ、その後すぐにドアが開けられる。






「理人。おかえりなさい」

「おう」






理人は自分の部屋かのようにどさっと座り、あぐらをかいた。






「鈴音、泣いてたぞ」






その口から鈴音さんの名前が出て、僕は身が固まる。

やっぱり・・・。






「鈴音から話は聞いたけど、まあ、どっちもどっちって感じかなあ」






少し驚いた。てっきり理人は、一方的に僕を責めるかと思ったのに。






「俺だって男だ。仲良い女子に意識されてないって分かったらやっぱ悲しい。でもだからと言って、それを態度に出してしまった千翔も悪い。けど、相手の気持ちを考えずに言ってしまった鈴音も悪いと思う」






そう言われるが、僕は何も言えない。






「鈴音、怖かったってさ。ちゃんと仲直りしろよ」

「でも、怖がらせたのは紛れもなく僕です。今更、顔向けできません」

「それでも、あいつはお前と一緒にいたいらしいぞ」

「え・・・」

「千翔がいるのが当たり前で、千翔がいないと落ち着かないって。お前、本当に好かれてるな」






理人のその言葉に僕は、心が明るくなった。

鈴音さんが・・・?どうしよう、嬉しい。






「千翔はどうなんだよ」

「僕は・・・」






僕も、同じ気持ちだ。






「ちょっと、行ってきます」

「おう!行ってこい!」

「はい。理人、ありがとうございます」

「いいって、いいって」






理人は、笑顔で手を振って見送ってくれた。僕は自分の部屋から飛び出し、鈴音さんの家に向かって風のように駆ける。

早く、早く、もっと早く走れ。もっと早く!

僕は、どんどん加速していく。まるで、自分が鳥にでもなったように感じた。そして、やっと鈴音さんの家が見えた。実際はそんなに経ってないと思うが、今の僕には走った時間がとてつもなく長いように思えた。

少しだけ息を整え、家の前の門をくぐる。そして深呼吸をし、インターフォンを鳴らす。大体最初は親が出ると思うけど・・・。





「はい。え・・・千翔?」






どうやら出てきたのは鈴音さんで、カメラ付きインターフォンだったみたいだ。

戸惑っているのが声で伝わってくる。






「鈴音さん、話があります」

「ちょっと待ってて」






その直後、ぷつっという音を残しインターフォンは切れた。しばらくすると、鍵を外す音がしてドアが開かれる。そして出てきたのは少しうつむき気味の鈴音さん。

相当泣いたのか、目の周りが赤い。






「あの___」

「立ち話もなんだし、入れば」

「え、良いんですか!?」






そう言われ、まさかそういう展開になるとは思ってなかったので、今度はこっちが戸惑う。






「逆に何で駄目なの」

「あ・・・じゃあ」






やはり、言葉が少し冷たい。というより、僕を警戒してるよう。

中に入り、一つの部屋に案内された。






「何か飲み物入れてくる。何が良い?」

「あ、じゃあお茶で。すいません、ありがとうございます」






僕がそう言うと、鈴音さんは部屋から出て行った。勉強会で一度来たことはあったけど、その時はあまり気してなかったから、何もすることがない僕は、部屋を見まわしてみる。

僕は、少しびっくりした。女の子ならぬいぐるみがあったり可愛い小物があったりするはず。僕の中でのイメージはそう。

けど、鈴音さんの部屋はモノトーンで、あまりにも殺風景で生活感が感じられない。下手すれば、僕の部屋と同じくらいに。

寝る時必ず使うベッドも、しわ一つなくぴしっとしている。

ただ一つ使っていると感じられるのは、机の上に何冊も参考書が広げられていること。人柄があんなだから、余計に不思議に思う。

そういえば、家族はどうしているんだろう。勉強会の時もいなかったし、今日だって鈴音さんしか見ていない。お父さんなら仕事でいないのは分かるけど、お母さんは?共働きなのだろうか。

そんなことを思っていると、鈴音さんがグラスを持って戻って来た。






「お待たせ」

「いえ。ありがとうございます」






鈴音さんも座り、緊張感が漂う。僕は本題に入る前に、気になっていたことを聞いてみた。






「あの、今お母さんとかいないんですか?」

「いないよ」

「共働き___」

「ていうか、この世にいない」






僕の言葉を遮って鈴音さんの口から発せられたのは、予想もしていないものだった。






「あの・・・すいません」

「ん?いいんだよ」






そう言って、鈴音さんは自身の事を話してくれた。






「お母さんの事はそんなに好きじゃなかったの」

「え・・・」

「言ったでしょ?私が中学の頃は、勉強ばっかりの真面目で地味な子だったって。でもそれは、決して勉強が好きで自分から進んでやってたんじゃないの。本当は、勉強なんて嫌いだよ。全部、お母さんに強制的にやらされてた。だから、当時はお母さんの事を恨んでた。何で、“私”を見てくれないの?ってさ。でも、いざいなくなってみると、やっぱり、たった一人のお母さんだったからさ、代わりなんていないじゃん。結構、悲しかったなあ。それで、お母さんいなくなっちゃったから、強制的にやらされてた勉強から解放されたと思うでしょ?」






問いかけられ、僕は頷く。






「私もそう思ってた。でも、実際は違ったの。学校から帰ってきたらすぐ勉強。全然習慣は抜けなかった。思わず笑っちゃったよ。私はまだ、お母さんに囚われてるんだって。凄く、悲しくなった。私は、自分の意志では何も出来ない。まるで、機械みたいだって」






涙は出ていない。でも、泣いているようにしか見えなかった。

僕は、無造作に参考書が広げられてある机の方を見やる。この部屋の中で、唯一あの机だけが時間を感じさせられる。

でも、その実態はあまりにも悲しいものだった。

鈴音さんは僕とは正反対な性格だけど、境遇は僕と同じだったんだ。

今まで一緒にいて全然気づけなかった自分が恥ずかしくなって、下を向く。






「中学の時はさ、私がいつも一位で、私より上がいなかった。抜かそうと思う人もいない。追い越してくる人もいない。前も後ろもない状態で、どんなに頑張っても当然だと言われて・・・。自分が頑張れば頑張るほど、他の人との距離は長くなって。辛かった。でも、立ち止まることは出来なくて。何の為に自分は勉強してるんだろうって」






言葉は途切れた。不思議に思って鈴音さんを見ると、今までで一番と言える笑顔がそこにあった。僕は、綺麗だと思った。






「でも、今は凄く楽しいの。勉強をすることが」

「え・・・」

「勉強をしようと思える目標があるからね!」

「目標?」

「そう。千翔のおかげだよ」

「僕の、ですか?」

「うん。今の目標は千翔を抜かす事」






そう言った鈴音さんは、恐ろしく真剣な顔つきをしていた。






「私に勝てる人なんかいないって諦めかけていた私の前に、千翔が現れた。千翔が私を変えてくれたの。本当に、ありがとう!」

「それを言うのは僕の方です。鈴音さんの数々の言葉が、僕を変えてくれました。本当に、ありがとうございます」

「いやいや、私は何もしてないよ!」

「じゃあ、僕だって何もしてませんよ」

「なんで素直にどういたしましてって言わないの!?」

「それはあなたもでしょう」






しばらくの間、恩のなすり合いをしていたが、おかしくなってお互いが同時に吹き出した。






「あっはは!もー、おっかし!」

「しょうもないですね」

「まあ、私たちって助け合っていく関係なのかもね」






助け合っていく・・・。






「そうですね」






この恋が叶わないのなら、せめてこれからもそういう関係でありたい。

今日の喧嘩の事は、どちらも口に出さなかったけど、仲直り出来たと直感的に感じた。







千翔が私の家にまで来た日、千翔とは仲直り出来たけど、その翌日からクラスのみんなは合唱の練習も、クラスの準備もしなくなっていた。どんなに私が声を掛けても無視され、今では千翔しか協力してくれない。その状態が何日も続き、気づけば本番まであと三日。だけど、やることはまだたくさんある。さすがに私も焦ってきた。






「ねえ、みんな!お願いだからちゃんと準備しようよ!」






放課後、私は帰ろうとしているみんなを引き止める。






「何だよ」

「これはクラスの催し物だよ。ちゃんと最後までやろうよ」

「知るかよ。もう、面倒臭くなったんだ。やりたいなら、藤宮と白崎でやりな」

「いいじゃん。二人、お似合いだし」






笑いながら私を押しのけ、教室から出て行こうとするクラスの人たち。

やっぱり、無理なの?

その時、みんなの前に立ちふさがる人影があった。






「いい加減帰らせてくれよ。白崎」

「この日まで毎日鈴音さんは、残ってクラスの準備を進めてきました。みなさんの思いもあると思います。けど、それと同じように、鈴音さんだって胸の内に秘めた思いがあるんです」

「・・・」






千翔・・・。






「鈴音さんが言った通り、これはクラスの催し物。ましてや喫茶店をやると決めたのはみなさんです。鈴音さんは意見を聞いて、多数決を取っただけ。それなのにみなさんがサボってどうするんですか!」

「・・・!」






千翔が急に大声を出したからか、みんなの体がびくりと震えた。

それを見て、私は一歩近づき言葉を紡ぐ。






「私も、千翔と同じ気持ち。でも、だからといって絶対に残れと命令する気はない。ちゃんと準備しようよってお願いしてるだけ。帰りたければ帰ってもいいよ。行動まで私が決める権利なんてないからね」

「・・・」






今まで準備するようにお願いしていた私が、急に突き放すような言葉を言ったからか、みんなは黙っていた。






「けど・・・」

「?」

「出来ることなら、みんなと一緒に協力して、作り上げたい」

「っ!」






人間だから、衝突があるのは仕方がない。今回それが文化祭という忙しい時期にやってきただけ。これからもきっとこういうことは多々あると思う。それらを乗り越えてこそ、クラスの絆というのは強くなるんじゃないかな。中学の時はこんなことちっとも思ってなかったけど。でも、今のクラスは不思議とそう思える。何でだろう。私自身が変わったからかな。だとしたら、これも千翔のおかげだな。







「はあ・・・」






と、大きなため息をついているのは今日も一緒に残って準備を進めてくれている千翔。






「何なんですか。“今までごめんな”って謝って、準備を手伝う展開になってたと思うんですけど」






あの後、結局みんな帰ってしまったのだ。千翔が愚痴るのも仕方のないことだ。私だってそういう展開を待ってたもの。けど、現実はそう甘くないってことだ。確かにこんなことでみんなとの傷が修復するなら、とっくの昔に解決してるってーの。






「まあ、こうなるってことも考えてなかったわけじゃないし、あと三日私たちで頑張ろう。大変だと思うけど、ごめんね」

「それは別にいいんですけど・・・。何であんなこと言ったんですか?クラスの人たちに何と言われようと、鈴音さんはクラス委員長で、しかも今は合唱に関してはあなたしか頼りになる人がいない。少しぐらい強い言葉を言っても___」

「確かにそうかもしれない。けど、私は無理やり人を従わせようとは思わない。強制的にやらされるってことが、どんなに苦しいことか私はよく知ってるからね。あくまで私は、みんなが自分の意志で手伝ってくれるのを待つよ」

「・・・そうですか」

「うん!じゃあ、さっさとやろう!」






私と千翔は、喫茶店の準備を始めた。二人だけだから凄く大変だけど、私は忙しい中で千翔と話しながら進めるこの空間も好きだなあと思う。






「出来た!」






私は、衣装の糸のほつれを全て直し終えることが出来た。

はあ・・・。疲れた。






「千翔!見て!すっごく綺麗じゃない?私にしては上出来!」






私は着ている制服の上に掲げて見せた。






「・・・!」






千翔が振り返ってじろじろと私を見る。そして、顔を真っ赤にして小さな声で言う。






「きれ・・・いです」

「でしょう!?これなら文句なし!絶対みんな可愛いよね!まあ、それまでに仲直り出来ればだけど」






認められたことで一人はしゃいでいると、千翔はまだ熱が冷めない顔のまま、大きな声で言った。






「鈴音さんだって、綺麗ですよ!」

「え・・・」






私は半ばやけくそ気味に言った千翔の言葉に面食らった。






「言っておきますけど、僕が今まで知り合った中で一番魅力的なのは、鈴音さんです。それ以上なんて、いません」






千翔・・・。よくそんな台詞言えるなあ。こっちが恥ずかしくなるよ。






「ふふっ。ありがとう。じゃあ私も言うけど、千翔もかっこいいよ」

「・・・そんな恥ずかしいこと言わないでください」

「千翔が先に言ったんでしょ」

「そうですね、すいません」

「いや、別に謝る必要はないけど」






私たちは、その後も窓の外が暗くなるまで準備に没頭した。おかげで、なんとか本番までには間に合いそう。けど、これであと二日しかない。明々後日には文化祭一日目が始まって、合唱コンクールがある。合唱の方は、練習時間があってもみんな全然歌ってくれなくて、このままいくと、本番でも歌ってくれない可能性がある。まあ、今の私たちが出来るのは、信じて待つこととクラスの方の準備を進めることだけだ。

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