~文化祭 2~
「私、先生に呼ばれてるからちょっと職員室に行ってくね。とりあえず、入り口と出口の飾り付けをして、カーテンに花を付けて・・・まあ、授業の邪魔にならない程度に進めてて」
放課後になり、ほとんどのクラスが準備を始めている。そんな中、私は掃除の時に数学の先生に呼ばれたため、少しの間離れて職員室に向かう。
「失礼しまーす。吉川先生に呼ばれて来ました」
職員室の奥まで届くくらいの声で言うと、吉川先生が気づいて手を上げてくれた。
「お、藤宮、こっちだ」
来いということなのだろう。私は、吉川先生の所までわざわざ足を運んだ。
「で、何の用ですか?」
「そんなに大したことじゃないんだけどな」
「なら呼び出さないでください」
先生の中でこういう態度を取れるのは吉川先生だけ。友達感覚で話せて、とても楽。ちなみにあだ名はヨッシー。
「良い方と悪い方、どっちから聞く?」
「えー・・・じゃあ良い方で」
「お前変わってんな。普通、悪い方から聞くんじゃねえの?」
「え?何でですか」
「落とされて上がるっていう順番の方が良いだろ」
「そんなもんですかね・・・。どうせどっちも聞くんですからそんなに変わらないですよ」
「ははっ。まあ、そうだけどな。で、良い方からだよな?」
「はい」
「お前、この間数検受けただろ。受かってたぞ」
なんだ、そんなこと。本当に大したことじゃなかった。
「そうですか。で、悪い方は?」
「いや、もっと喜べよ!」
ヨッシーが喚いた。
「喜ぶも何も・・・。絶対受かると思って受けたんですから」
「・・・そっか。お前、そういう奴だったな。で、悪い方がー」
「・・・」
「数学の小テスト、点数下がってるぞ。何かあったのか?」
なんだ、悪い方もそんなに大したことじゃなかったな。
「何もないですよ」
「まあ、下がってるって言っても五十点中四十二点だけどな。充分高いんだけど・・・」
「それはクラスの平均点から見たらでしょう。四十二点ってひっくいなあ」
「そうだな。前の小テストじゃあ四十八点だったのに。本当に何もないのか?」
「強いて言うなら、その単元嫌いなんですよ。ただでさえ数学嫌いなのに」
「それ、他の生徒が聞いてたら恨まれるぞ。ていうか、数学嫌いなのか」
「ははは・・・。先生は好きなんですけどねえ」
「ふーん。ありがとう」
ヨッシーが笑った。ヨッシーって先生の中じゃイケメンの方だから、生徒からは人気だろうな。
「まあ、次の三期考査もちゃんと頑張りますよ」
「ん。頼むぞ」
話は終わったようだ。私は職員室を後にして、教室に戻る。
「あれ・・・」
そこには誰もいなかった。私が職員室に行く前までは、飾り付けをしていたのに。
けど、物や衣装はそのままの状態。まるで、人がいきなり消えたようだった。
みんな、どこに行ったんだろう。その時、隣のクラスの理人が通りかかった。
「あ、ねえ理人」
「んー?あれ、鈴音は残ってんのか?」
「鈴音は・・・って」
「二組の奴らはなんか知らねえけど、カバン持って下駄箱の方に向かってたから、帰ったんじゃねえか?」
「・・・そっか、ありがとう」
「おう」
帰ったんだ。何も言わずに。
今までは、用事があって帰らなきゃいけない人はちゃんと私に伝えてから帰ってた。それがなくても、クラス全員が同じ日に帰るなんて、おかしい。しかも、私が職員室に行く前までは居たのに。
まさか・・・まさかね。考えすぎだよ。
「鈴音は、まだやるのか?」
「ああ・・・うん」
「なんか、大丈夫か?いつもより声の調子が落ちてるけど」
「え?うん。大丈夫だよ。三組は何をやるんだっけ」
久しぶりに理人と二人きりで話したけど、会話が弾む。
「縁日」
「へえ、良いね。縁日は私のクラスでも候補として出てたよ。やっぱ人気なんだね」
「そうだな。鈴音のクラスは喫茶店だろ?しかも執事とメイド」
「うん。ていうか思ったんだけど、なんでみんなそこに注目するわけ」
「なに言ってんだよ!注目するに決まってるだろ!?ただでさえ今年は喫茶店がお前のところしかやってないんだぜ?それに加えて執事とメイド。男子も女子もめっちゃ来るんじゃね?大変だな」
「はあ・・・」
頭の中で、たくさんお客が来る図を想像して嫌になる。
「まあ、俺も鈴音のメイド姿、楽しみにしとくわ」
理人に言われ、胸がきゅうと締め付けられるような感覚を覚える。けど、さすがに理人に見られるのは恥ずかしい。
「彼女いるのに、他の女の子にそんなこと言ったら駄目でしょ」
「いやいや、男子高校生として、女子のメイド姿を見たいと思うのは普通だろ」
ということは、理人はどんな女の子でも、メイド姿が見られれば良いってことか。少し気分が下がる。
「でも、やっぱり一番見たいのは愛衣のメイド姿でしょ」
私は、その下がった気分を悟られないようにとりあえず思いついた話題を口に出す。
「あー・・・まあ、な」
そう言った理人は歯切れが悪い。てっきり、めっちゃ笑顔で「当たり前だろ」って言うのかと思ってたのに。
その時、三組の人が理人を呼んだ。
「あ、ごめん。結構話し込んじゃったね。まだ残ってやるんでしょ?頑張ってね」
「おう、鈴音もな」
理人が三組に入るのを見送って、私も自分の教室に入る。
「みんな帰っちゃったのなら、自分一人が残ってやってもなあ・・・」
私は、何気なく机の上にほったらかしにしてあった衣装を手に取った。よく見ると、所々糸がほつれている。
他のものも同様だった。一度見ると放っておけない。
「これだけでもやって帰るか」
すぐにロッカーから裁縫道具を取り出して始めた。といっても、授業で少し教えてもらったっていう程度だから、完璧にやってやるぜ!みたいな意気込みはないけれど。
「いてっ・・・」
さっそく指に刺したし。赤い血がゆっくりと湧き出てくる。本当に女子力ないなあ。
料理も出来ない。裁縫も出来ない。もしかしたら洗濯が出来るかも危うい。
じゃあ女として何が出来るんだよって感じ。どうせなら、男に生まれたかった。
それでも、私は止めずに再開した。その後も何回か指を刺したけど。
何分か経って、急に視界が暗くなった。後ろを振り向くと、
「鈴音さんだけですか?」
「千翔・・・。まだいたんだ」
理人が見に来たのかと思ったから、びっくりした。
「帰っててほしかったんですか」
「いや、そういうつもりで言ったんじゃないよ」
「ふふっ、分かってますよ。今まで顧問の所に行ってたんです」
千翔が微笑を浮かべた。その表情に、目を奪われた。
男だけど、天使の微笑みみたい。そんなこと言ったら怒られるだろうけど。
「顧問の?何で」
「なんか、レギュラーの話で・・・」
「レギュラー!?千翔、選ばれたの!?」
「えっと、はい」
その途端、自分でも分かるくらい嬉しくて頬が緩んだ。
「凄いじゃん!おめでとう!」
「ありがとうございます」
「ふふふっ、嬉しい」
「僕より喜んでますけど・・・」
「当たり前じゃん!レギュラーだよ、レギュラー!しかもあんたまだ一年だよ!?三年生が引退したからと言って、二年もいる中で選ばれたんだよ!?凄いことだよ!」
「そんなに喜んでくれると、僕も嬉しいです」
「理人は・・・」
千翔が選ばれてるんだから心配はないけど、一応聞いてみる。
「選ばれてましたよ。顧問が言っていました」
「そっかあ。二人とも凄いね。これからも一緒に頑張ろう!」
「はい。ところで、鈴音さんは何をしていたんですか?」
「ああ・・・衣装の糸が、所々ほつれていたから直してたの」
「自分からやろうと思ったってことは、裁縫は出来るんですね」
酷い勘違いをされ、慌てて訂正する。
「いや、全然」
「はい?」
「出来ないけど、やってたの」
「・・・とりあえず行動してみることは良いことだと思います」
フォローになっていないフォローをされ、少し心が傷ついた。
「で、他の皆さんは?」
痛いところを衝かれ、目が泳ぐ。
「あー・・・帰っちゃった」
「帰った?」
千翔の眉が上がった。
「うん。まあ、たぶん私のせいだよ」
「今日の合唱練習のやつですか」
「そう・・・だと思う。ねえ、私、どうすればいいのかな。もう、みんな私に付いてこなくなるかも」
「あの、鈴音さんの思いを聞かせてくれませんか?」
千翔が、私の目を真っ直ぐ見て言った。
「思い?」
「はい。鈴音さんだって、何も考えずにあんなことを言ったんじゃないでしょう?」
思い・・・。
そっか。私、理由を言ってなかった。ただ、「今の状態でいく」としか・・・。馬鹿だな。
「あのね、私も気づいてたの。男子の声が小さいっていうのと女子の歌は記号を意識していないっていうのには。けどさ、あえて無視していたの」
「無視・・・ですか?」
「うん。言い方は悪いけど、仕方のないことだった。だって、それを完璧にする時間が足りないんだよ。あと一週間しかないの。その期間じゃ、絶対にそれを克服できない。挑戦するだけして、中途半端な結果になってしまう。それだけならまだいいよ。最悪の場合、今まで出来ていたことまで出来なくなってしまうから。そうなると、焦りや緊張、自信の喪失に繋がって、喫茶店の方にも影響が出てしまう。今のみんなの歌声でも充分金賞を取れる。そう思ったから、私は今の状態で勝負しようって・・・。それに、みんなも金賞を取る方を選んだから」
そう言って、しばらく沈黙が流れた。隣のクラスの楽しそうな笑い声が、妙に私の心に響く。
「そうだったんですか・・・。鈴音さんの気持ちは分かりました」
「たぶん、みんなは少しでも上の状態にいきたいっていう思いで、意見を出してくれたんだと思うの。それは私も凄く分かる。でも、今よりももっと酷くなって、クラスの雰囲気が悪くなったらどうしようって・・・。私、クラス委員長とかでまとめる側になったのは初めてでこんなことに直面したこともないから、今、正直言うと怖い」
「・・・初めてなんですか?凄く指示を出すことに手慣れてる感じがあるんですけど・・・」
千翔は、意外だというふうに少し目を大きくさせた。
「まあ、びっくりするよね。私、中学の時は地味だったの。行事でも、準備にはあまり参加せずに、何か指示を出された時しかやらなかった」
今思えば、自分のことを話したのって、千翔だけかも。
「今とは正反対ってことですか」
「そうだね。だから、ちゃんとまとめなきゃって変に力が入ってたんだと思う。それが、偉そうに指示出してるって思われたのかも」
「でも、僕は今日の合唱練習の時のやつは、みんな言い過ぎだと思いました」
「ああ、ありがとね。千翔の鶴の一声で、私はまた救われたよ」
「いえ・・・鈴音さん、大丈夫ですか?」
私は、心配の目で見つめられる。いつも不思議に思う。千翔の目には、何か惹かれるものがあるような気がする。なぜか、逸らせない。
「千翔は、どんな時でも私を助けてくれるよね」
「助けようと思って助けてません。自分のしたいように行動したらそうなってるんですよ」
私は、言葉を失った。
千翔は、計算して動いてない。自分の感じたまま、自分のしたいように行動しているんだ。
「千翔がいるから、大丈夫だよ!本当に、ありがとう」
「はい」
感謝の気持ちを言葉に出すと、千翔は優しく笑いかけてくれた。
「千翔って、最近よく笑うようになったよね」
「えっ、そうですか?」
「自覚ないの?凄く良い笑顔だよ」
「・・・そんなにはっきり言わないでください。恥ずかしいです」
確かに、千翔はほんのり頬が赤くなっていた。ちょうど桃くらいの赤さ。
「ふふっ。私、千翔の笑顔好きだよ」
「なっ・・・!」
すると今度は、リンゴのように真っ赤にした。
可愛いなあ。
「そんな恥ずかしいこと、よく言えますね」
「んー?だって本当の事だもん。ふふっ、顔真っ赤だよ。可愛い。千翔って、なんか一緒にいて楽。何も考えなくていいもん」
「楽?」
「うん」
私がそう言うと、千翔の顔に影が出来た。
「分かってますか?僕だって、男なんですよ」
「っ!」
口調に怒気が混じっていて、千翔が言ったものとは信じ難かった。私は、思わず体が跳ねた。
その表情、口調は正しく“男”だった。
忘れていた。今まで、普通に友達として接していたけど、千翔は男。異性なんだ。今の千翔は、あの時の漣先輩のようで。
「ご・・・ごめん」
声が震える。
千翔が、すぐ傍に近づいてきた。
千翔って、こんなに大きかったっけ。
私と千翔の身長差が、どちらが強いかということを戒めているように思えた。
「鈴音さん」
声を掛けられ、思わず下を向く。すると、視界に彼の手が映り、体に触れそうになる瞬間、またびくりと跳ねた。
「・・・怖い、ですか?」
そう聞かれても、何も答えることが出来なかった。
「・・・すみません」
千翔は、今にも泣き出しそうな声を出し、私から離れた。そして、机の上にあったカバンを手に取り、何も言わずに教室から出て行った。その途端、私は膝から崩れ落ちた。足が震えている。
「こわ、かった・・・」
初めて、千翔に“怖い”と感じた。目頭が熱くなり、目を閉じる。けど、瞼の裏に涙が溜まっていき、蓋をしているのにもかかわらず、そんなのお構いなしというように線を引いて涙が零れた。
次第に洪水状態になっていき、拭いても拭いても止まらない。
「さいていだっ・・・」
私、最低だ。千翔を傷つけてしまった。
確かに男に可愛いなんて、無神経なことを言ってしまった。どうしよう。このまま千翔と気まずい関係になるなんて、嫌だ。
その時、
「鈴音っ!?」
大きな声で名を呼ばれ顔を上げると、隣のクラスで準備をしているはずの理人がそこにいた。私が倒れこんでいたからか、焦りと心配の表情を浮かべていた。そして、傍に駆け寄ってきた。
「お前、どうした!体調でも悪いのか!?」
理人は、優しく背中をさすってくれ、逆にこっちが戸惑ってしまう。
「ち、違うよ・・・。ていうか、理人はなんで?」
「トイレに行こうとしたらお前が倒れこんでるから・・・じゃなくて、どうしたんだ!どっか悪いのか?」
「そうじゃなくて___」
「じゃあ誰かに泣かされたのか!?誰だ!」
さっきまでめちゃくちゃ涙が出てたのに、焦っている理人を見ると、涙は引っ込んでいく。
「お、落ち着いて。私は大丈夫だから・・・」
「大丈夫じゃねえだろ。前から思ってたけど、お前一人で抱え込み過ぎだぞ。ちゃんと俺らを頼れ」
「っ!」
千翔にも同じようなこと言われたな・・・。
「俺じゃなくても、千翔と一番仲良いだろ。話せよ」
「・・・それが、その千翔とたった今喧嘩して」
私がもごもごと話すと、理人は耳のそばで大砲を打たれたように驚いた。
「千翔と喧嘩!?」
「喧嘩って言っていいのか分かんないけど・・・」
「何があったんだよ」
「それが・・・」
私は、理人に今までの事を話した。
「ははあー、なるほどねえ」
「ねえ、どうしよう。私、千翔に嫌われちゃったかな」
「いや、それはねえんじゃないの。それにしても、千翔が怒るなんてなあ・・・」
「やっぱり、珍しいよね。私、一度も見たことなかったから・・・っていうか、千翔が怒ることなんてないと思ってた」
「はははっ、それはないだろ。千翔だって人間だ。でも、良いことだぞ」
「えっ?」
理人にそう言われたが、どういうことか全く理解が出来なかった。
「千翔が感情を人に見せるのなんて、滅多にない。つまり、お前に心を開いてるってことだ」
「心を・・・」
思い返してみると、確かにそうかもしれない。敬語で話すのは変わらないけど、一緒に話してて温もりを感じるようになったし、何より笑顔を見せてくれるようになった。
「そっか。でも、私もだよ。なんかもう、隣に千翔がいて当たり前になっちゃってるもん。千翔がいないと、落ち着かない。もう口きいてくれないかもしれないけど、千翔と一緒にいたい」
自分で言っといてびっくりした。いつの間にか、こんなにも私の中で千翔という存在が大きくなっていたなんて・・・。
「・・・へえ。相思相愛ってわけだ」
「へっ!?そ、そそそそういうわけじゃないと、思うけど」
理人が爆弾発言をし、私は言葉が絡まる。
「はははっ!まあ、話を聞く限り、千翔が怒るのは当たり前だろうな」
「私も、無神経だったと思う」
「男に可愛いっていうのもおかしいけど、たぶん俺は、男として見られてないっていうところに怒りを感じたんだと思うよ」
男として見られてない・・・。
「そっか。私、馬鹿だね。そこまで考えてなかった」
「ま、何とかなるだろ。鈴音が、俺と愛衣の仲直りのきっかけを作ってくれたんだ。鈴音と千翔も、仲直りできるって!」
理人の明るい言葉に、私の心も軽くなる。
「うん。ありがとう、理人」
「ん」
すると、何回か優しく私の頭を叩いた。彼女いるのになあとも思いながら、抵抗はせずにされるがままになっておいた。
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