~キャプテンとは~
「明日から夏休みに入るが、俺たちに休む暇はない。八月の頭にはもうインターハイが始まる。全国だ。俺たち三年にとっても初めての舞台。ということで、前から言っていたが明日から合宿になる。朝六時には学校に集合してくれ」
県大会から早二か月。
谷先輩の言葉で分かるように、私たちは全国への切符を手に入れた。
それにしても、インターハイかあ・・・。何だろう、このぐわあああと何かが湧き上がってくる気持ちは。
合宿も、練習はきつそうだけど楽しみだな。だって、みんなと数日間一緒に居れるんだよ?絶対面白い。
それにしても、六時か・・・。早い。どうしよ、起きれないかも。
「じゃあ、今日は終了!明日、遅刻してくるなよ!」
うわあ、遅刻したら谷先輩になんか言われそう。よし、絶対遅刻しない!
*
「いやあああ!遅刻しそおおおおお!」
もう!お母さん起こしてって言ったのに!
私は、家から学校までの道のりを全速力で走る。
ちなみに今の時刻は五時五十六分。もう、十分前行動とかの話じゃないよね。
別にさ、遅刻するのはいいんだよ。いや、良くないけどさ。ただ、谷先輩に何を言われるか、はたまた何をされるか。それだけが今私を走らせてる理由。
「おっ・・・おはよう、ございますっ!」
まあ、どんなに頑張っても四分で着けるはずがなく、結局到着したのは六時五分。その五分のオーバーでも谷先輩は許さない。
「お前、何で遅刻した」
「えっと、ただの寝坊です・・・」
「正直でよろしい。後で覚えとけよ」
そう言って、バスに乗れと指示を出し始めた谷先輩。
え、待って。呼び出し系?だったらここで怒鳴られた方がまだいい!いや、逆に褒めてほしいよ!普通家から学校まで、走っても十五分はかかるんだから!十分で来れた私って凄いと思う。
「ほら、お前も早く乗れ」
気づくともうみんなバスに乗っていて、私も急いで駆け込む。
「あ、鈴音ちゃん千翔の隣な」
「え?席決まってるんですか?」
「ああ」
一人で一番後ろの座席に座ろうと思ったが、それなら仕方ない。千翔を探し、隣に失礼する。
「えっと、よろしく」
「何か谷先輩に言われたんですか?」
「今日は席決まってて、隣は千翔だよって」
すると、千翔は少しだけ目を見開いた。
「ど、どうかしたの?」
「それ、嘘ですよ」
「はあ!?」
私は思わず立ち上がったが、それと同時にバスが出発し、反動で千翔に倒れ掛かってしまった。
「・・・っ!ご、ごめん!」
「いえ。危ないので、座ってください」
私は少なからずどきりとしたのに、千翔は悔しいほど普通の反応だった。かといって、顔を赤らめてたらそれはそれで驚いてたと思うけど。でもまあ、隣に座っていいという許しが出たので、大人しく座る。
「この間、テストの順位表返ってきたけど、私が二位ということはまた千翔が一位なんだよね」
「そうですね」
この間のテストというのは、第二期考査のこと。ついでにいうと、今回も勉強会を開いたおかげで、理人は欠点を取らなかった。ギリギリなことに変わりはないけど。
「やっぱ、オール満点取らないと千翔は抜かせないね。次の三期考査は本気で狙おう」
そう言うと、千翔はあの時と同じように苦しそうに微笑んだ。けど、私は何も言わなかった。この時、少しでも声を掛けていたら何か変わっていたかもしれないのに。
「そういや、なんかごめんね。遅刻しちゃって。出発する時間、遅くなっちゃったし」
「五分十分の問題ですし、みなさんそんなに気にしていませんよ。でも、謝る相手は僕ではないと思います」
「・・・そうだね。後でちゃんと謝るよ」
「言っておきますけど、一番心配してたのは谷先輩なんですよ」
え。あの先輩が?
「本当に?」
「はい。校門の外に出て周りを見渡していたり、知らないと言っているのに何度も鈴音さんの携帯番号を聞いていたり・・・。あんなに取り乱したところを見たのは、鈴音さんが二週間も休んでた時以来です」
「そんなに?」
「はい」
「へえ・・・」
びっくりだ。谷先輩がそんなに心配してくれてたなんて・・・。取り乱したところ、見てみたいな。
それからは、千翔からお馴染みのレモンの飴を貰ったり、世間話をしたりした。
*
「よし!荷物を置いたら、ここに集合な!」
学校から約五時間。合宿所に到着した。
ここからは部員とマネージャーは別行動。千翔と別れて美奈先輩についていこうとした時、谷先輩に呼ばれた。今ですか・・・。
「遅刻したことですよね。すいませんでした」
「めちゃくちゃ心配したんだぞ。鈴音ちゃん、普段真面目だから遅刻するはずがないと思ってたのに全然来ないから、途中で事故でも遭ったのかと・・・」
そこまで・・・。
「心配かけてすいませんでした。私、朝は苦手なんですよ。ほんっとに起きれなくて」
「なんだ。じゃあ、この合宿中も寝坊するのか?」
「いや、みなさんに迷惑はかけられないので、頑張って起きます」
「そっか、頑張れ。あと、お前今携帯持ってねえ?」
「いや、ありますけど・・・」
まさか・・・。
「番号、教えろ」
「やっぱり」
「やっぱりって?」
「いえ、何でもありません」
「知ってて損することはないし、今日みたいなことがあったら困るだろ?」
「はあ。そうですね」
ということで、私は谷先輩と連絡先を交換した。なんか、初めて。男の人と交換とか。そもそも私の携帯には家族の番号しか登録してなかったし。
「じゃ、マネージャーも頑張れよ」
「先輩も、頑張ってください」
私は、ようやく美奈先輩のところに行くことを許された。
「美奈先輩!遅れてすいません!」
「お、やっと漣から解放されたん?」
「解放って・・・」
「鈴音って、なぜか谷先輩に目つけられてるよね」
今更かと思うけど、愛衣が指摘した。
「そうなんだよ・・・。いろいろあってね」
「まあ、どんまい!」
「よし、あいつらも頑張ってるから、うちらも頑張ろっか!」
美奈先輩の明るい声掛けに、仕事を開始した。
合宿ともなれば、いつもの仕事にプラスして走り込みのタイムを計ったり、ご飯も作らないといけない。
まあ、料理は愛衣がいるし味のほうは大丈夫だと思う。マネージャーの仕事も大変だけど、きっとみんなの方が辛いし苦しいはず。
だから、こんなことでへこたれてはいられない。私たちは、三人で分担しながら一日目の仕事を終えた。
「みなさん!ご飯出来たんで、温かいうちに食べちゃってください!」
私は、夕ご飯ができたので体育館にみんなを呼びに行った。見ると、汗びっしょり。今までずっと動いていたことが手に取るように分かった。
「お、じゃあ今日の練習は終わり!飯食って、風呂入った奴から寝ろよ!」
谷先輩のその言葉で、みんなの口から疲労感の塊のようなため息が出てくる。結構ハードだったのかも。
「飯は誰が作ったの?」
「愛衣と美奈先輩ですけど」
「鈴音ちゃんはー?」
「作れないんです!わざわざ言わせないでください!私だって二人にやらせるの本当に申し訳なかったんですから!」
「はいはい。だからって何もしてなかったわけじゃないんだろ?」
「まあ、そうですけど・・・」
「ならよろしい」
そう言って、谷先輩は私の頭に手を置いた。久しぶりだな。
全員が食堂に向かったのを確認して、私も戻った。
*
愛衣と美奈先輩の美味しい美味しい夕飯を食べた後、お風呂に入ってもう寝るだけになった。
「よーし、やるぞ!」
部屋に戻り布団の中に入った途端、美奈先輩が場違いと言えるほどの大きな声を出した。
「隣の男子たちに聞こえますよ・・・」
「気にしない気にしなーい!」
「で、何をやるんですか?」
「決まってるやん!恋バナや、恋バナ!」
あー、美奈先輩の女の子の部分が出た。
「一人でやってください」
「恋バナをどうやって一人でやるのよ!鈴音ちゃん、本当に女子高生!?」
「失礼ですね、恋バナに興味がない女子高生もいるんです」
「まあまあ、鈴音は誰か好きな人はいないの?」
「えっ!?い、いや、それは、な、なんでも・・・」
まさか愛衣から言われるとは思ってなかったので、挙動不審になる。
「その反応、いるのね!」
「誰や!?」
いやいやいや、愛衣がいる前で言えるわけないでしょ!
「えっと、トイレに行ってきます!」
「ちょっ・・・!」
私は、滑るような速さで部屋の外に出る。
はあ・・・しばらく入れないな。寝たであろう時間になったら戻ってくるか。
あー、明日起きれるかな。
仕方なくトイレに行き、この後どうしようかとうろうろしていると、体育館の蛍光灯がついていることに気づいた。
「消し忘れかな・・・」
私は、当然のごとく消しに行こうとした。が、体育館に近づく度に何か音がする。それが、ボールがリバウンドする音だと分かるのに時間がかかった。
体育館に顔を出すと、その音を出していたのは意外な人物だった。
「た、谷先輩!?」
私が大きな声を出すと、先輩はびっくりしたようでゴールを外した。
「鈴音ちゃん!?」
「あ、ごめんなさい。先輩、まだやっていたんですか?」
「鈴音ちゃんこそ、こんな時間まで起きてて大丈夫なのか?明日寝坊すんなよ」
あー・・・。そうなんだよねえ。
「ちょっと寝付けなくて。夜風にあたってたら、電気がついてるのを見たので」
「そっか。俺が練習してるとは思わなかっただろ」
「まあ、意外だとは思いましたけど」
「恥ずかしいな。キャプテンなのに、夜中にこっそり練習してる所を見られるなんてさ」
「良いじゃないですか。努力するのは」
そう言うと、谷先輩は一人練習を再開した。
根は良い人なんだよなあ。
私は、部屋に戻るまでの時間をここで潰そうと思い、体育館の壁に背をつけ座った。
そしてそのまま、谷先輩の練習をぼーっと見ていた。
しばらくして、谷先輩が隣に来て私と同じように座り込んだ。
時刻は零時三十分。さすがに美奈先輩と愛衣は寝たかな。私もそろそろ寝床に着かないと。
「もう寝ませんか?」
「ん・・・」
先輩は頷きながらも、全然立ち上がらない。どうかしたのかなと若干心配していると、
「鈴音ちゃん」
弱々しくてか細い声だった。聞こえるか聞こえないかぐらいだったけど、確かに私の名を呼んだ。
「はい?」
「俺さ、不安なんだよなあ」
「不安?」
そういえば、谷先輩がこんなことを言うのは初めてかも。
「ああ。インターハイまで来れたけど、正直まだ実感がない。時々手が震えるんだよ。キャプテンなのに、情けねえ」
「それは、キャプテンだからじゃないですか?」
「え・・・」
そんなに変なことを言ったつもりはないのに、先輩は虚を衝かれたような顔をした。
「先輩、さっきからキャプテンなのに、キャプテンなのにって言ってますけど、それはたぶん逆です。キャプテンだから人よりも練習するし、不安になるんだと私は思います」
「・・・っ!」
「あ、なんかすいません。上から目線みたいになってしまって・・・」
「いや、お前すげえな。そんな風に考えたことなかったわ」
「ふふん。見直しましたかー?」
「ああ。びっくりした」
・・・。いや、こっちがびっくりだわ!私は適当に返すかと思って言ったのに、真面目に、しかも肯定されるからさ!
私は立ち上がり、扉の方に向かう。
「まあ、先輩は肩に力を入れすぎなんじゃないですか?みんなを上手くまとめようとするのは良いことです。けど、一年でキャプテンという立場に板につく人なんて、そんなにいないと思います。その前に時間が過ぎて、引退していくんじゃないかな、と」
先輩も立ち上がって、ボールを片付けながら私の話に耳を傾けていた。
「でも、それでも俺はこの一年はキャプテンだ」
私は振り返って谷先輩の顔を見る。谷先輩もまた、私を見ていた。
目と目が交錯する。
谷先輩の目には、とても強い責任感があった。けど、それと同時に迷いもあるような気がした。今のまとめ方でいいのかという迷いが。
「なんか、重く考えてません?適当でとまでは言いませんけど、社会に出て上の立場になった時の練習だと思うくらいで良いと思います」
「・・・やっぱ、お前すげえよ」
「ははっ、楽観的に考えてるだけですよ。さあ、そろそろ寝ましょう、明日も早いですし。またきついメニューにするんでしょう?ちゃんと定期的に休憩取ってくださいよ」
「マネージャーも大変だろ。いっつもありがとな」
先輩は優しい笑顔を向けてくれた。
「何言ってるんですか。みなさんが頑張っているから、私たちマネージャーもしっかりサポートしようと思えるんです。それに、そうやってお礼を言われるのが、何より嬉しいんですよ。はいはい、部屋に戻りましょう」
私は、まだ何か言いたげな先輩の背中を押して、体育館を後にした。
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