~試練~
二日目の試合も終わり、私たちバスケ部は落ち着きを取り戻した。だが、気を抜かしてはいけない。
なぜなら、
「ひとまず、地区大会は突破した。次は県大会だ!だが、俺たち二、三年もここからは未知の領域」
そう。地区大会突破。しかし、県大会までそんなに時間はない。その中で、どれだけ個々の能力、チームワークが上がるかが勝負のカギになってくるだろう。
「なんだけど、その前に俺たちには試練がある。はい、鈴音ちゃん、何だと思う?」
「え!?えー・・・っと、もしかしてテストですか?」
テスト。私たちの学校では、第一期考査と呼んでいる。
先輩が何を言いたいのか分かった。
「そうだ。だが、運が悪いことにその追試と大会の日が被っている」
その瞬間、げっという蛙の呻き声のような声が何か所から上がった。
「先に言っとくが、追試の方が優先だからな」
まあ、そりゃそうだ。
学生の本業は勉強だ。それに、追試になりたくないなら欠点を取らなければいいんだから。
「毎年、何人か欠点を取る奴が出てるから、ある程度予想はしてるが、まず数を把握しておきたい。欠点取りそうな奴、手上げろ」
先輩がそう言って、ちらほらと手が上がった。その中には二、三年生もいたが、私たちが注目したのは一人。
「理人!お前もかあああああ!」
*
「どうする?」
「いや、どうするも何も、勉強するしかないだろ・・・」
「というか、さすがに欠点は取らないでしょう」
「うん。だって、欠点って三十点以下だよ?そんな点数、取ったことないわ」
「お前ら、頭良いからって・・・」
久しぶりに四人で一緒に帰っているが、話題はやはりテストのこと。
あの後、理人は誰かに教えてもらうということになり、その役目は学年でトップの千翔に任された。
双子だから家も同じで、一緒にいることは一番多いだろうし、適任だと私も思った。
思ったんだけど、その千翔に道連れにされた。まあ、教えること自体は自分も勉強になるから良いけど。
「で、明日から土日で休みだけど」
「もちろん、勉強する!」
「どこで」
「あー・・・」
「理人の家は?」
「いや、ごめんけどそれは無理だ」
愛衣が提案したが、理人はそれを拒んだ。不思議に思って私は千翔を見たが、千翔もばつが悪そうに、下を向いていた。
まあ、別に理人と千翔の家じゃないと駄目ってわけじゃないし。
「じゃあ、私の家にする?」
「えっ!?いいの!?」
「いいよ。この土日は誰もいないし。ていうか、愛衣も欠点取りそうなの?」
「いや、わたしはただ不安なだけ。でも学年一位と二位に教えられたら、絶対自信がつくじゃん!」
「あ、そうなんだ。で、他の二人は?」
「俺も賛成」
「はい。それでいいと思います」
場所が決まれば時間はすぐ決まった。朝の十時からということになり、その日は別れた。
*
やっぱり十時は早い。部屋を綺麗にしなきゃいけなかったから九時起き。
いつも休日は午後まで寝てた私にとって、その時間に起きるのは酷だった。目を開くのにどれだけかかったことか。
傍から見たら、冬眠から覚めた熊のようだったと思う。
しかも、どの服を着るかで手間取って、部屋の片付けは出来ていない。まあ、もともとそんなに汚くはなかったし、良いんだけど。
だって、仕方ないじゃん?愛衣だけならまだしも、理人と千翔も来るんだから。少しはオシャレしようかなーと思ったんだけど、結局見慣れなくて変ということで断念。
いつもと変わらぬ格好になってしまった。愛衣はそういうのも気にしてるんだろうな。
まあ、何はともあれあとは待つだけ・・・と思っていると、チャイムが鳴った。
私はすぐに玄関を開け、出迎えた。
「おはよう、鈴音!」
と一番最初に声を掛けてきたのは愛衣。
朝っぱらから元気ですこと。
愛衣はやっぱり思ってた通り、可愛い恰好をしていた。
スカート・・・私は穿かないな。
理人も流行を取り入れてる服装で、かっこいい。そして、千翔は無難にTシャツとジーンズ。
「いらっしゃい」
みんなを部屋に案内し、適当に座らせる。
「よし、始めよっか!」
「よろしくお願いしまーす」
そして、勉強会は始まった。
「で、何が出来ないの」
「数学と理科だな」
理数系か・・・。私はどっちかというと文系なんだけどな。
「国語とかは大丈夫なの?」
「まあ、そこそこ・・・」
「じゃあ、時間はないから国語は自力でどうにかして。この土日で、数学と理科を徹底的に教えるよ」
「うぇ・・・」
「ちょっと、千翔もちゃんとやってよ」
私は、千翔が参加していないことに気づき、声を掛ける。
「聞かれたら答えます」
「・・・はぁ」
私はため息をつく。こいつ、最初から教える気なかったな。
愛衣も、一人で黙々とやってるし。
「じゃあ、とりあえず数学から。問題集のここ、解いて」
理人に指示を出し、私も自分の勉強に取り掛かる。
何分か経って、名前を呼ばれたので出来たのかと思い、採点をする。
「ねえ、ふざけてんの?」
「決してそんな!」
「ちなみに聞くけど、授業中何してる?」
まさか、寝てるとか言わないよね。
「・・・てる」
「ん?」
「寝てる!」
「・・・」
お互いが黙り込んだ。
「まず、理人はちゃんと授業を聞くところからだね」
「・・・はい」
それから私は、時々千翔に手伝ってもらいながら理人の解らないところを一つ一つ消していった。
そして気づくと、時計の針は十三時を指していた。
「あ、もう昼過ぎてるじゃん」
「本当だ。昼ご飯、どうする?」
「言っておくけど、私作れないよ。あ、でもカップラーメンくらいなら!」
「・・・わたしが作るよ。キッチンと、冷蔵庫にあるやつ使っていいなら」
お、さすが愛衣!女の子だなあ。
「全然いいよ!どんどん使っちゃって!」
「じゃあ、作ってきまーす」
そう言って、愛衣は部屋から出て行った。
瞬間、ぷつんと会話が途切れる。いつもはよく喋る理人も、ここではあまり自分から話題を出さない。千翔はもとから無口だから仕方ないんだけど。
嫌だな・・・この空気。
黙っていると、変に意識してしまう。ああ・・・あの時私も愛衣と一緒に部屋を出ていれば良かったな。
何か、何か言わないと。でも、何を?
「鈴音さん、あのお手洗いはどこですか?」
私がおろおろしていると、千翔が急に声を出した。今まで全然喋ってなかったから、少しびくっとなり、体が跳ねた。
「あ、ああ・・・部屋を出て、右に行くと突き当たりにあるよ」
「ありがとうございます」
千翔まで出て行ってしまった。まじで二人きり。
ど、どうする?ねえ、どうすればいい?
「鈴音、ありがとな」
今度は理人が声を出した。そのお礼が、この勉強会のことなのか、この間の愛衣とのことなのか分からなかったけど、どっちにしても私にとってはお礼を言われるようなことではない。
「ううん。そんな大したことはしてないよ」
むしろ、あまりお礼を言ってほしくなかった。せっかく忘れようとしてたのに、また思い出しちゃったじゃないか。でも、理人の前では絶対に泣かない。
「鈴音に教えてもらったから、俺、欠点免れそう」
「当たり前でしょ。そうしてくれないと、私が教えた意味ないじゃない」
「ははっ!まあ、そうだな。鈴音の勉強時間、削っちゃってるし」
「いや、それは全然大丈夫だけど・・・」
その時、千翔がトイレから戻って来て、会話は終わった。その後すぐに愛衣も入って来た。
愛衣が作ってくれたのは、ぱぱっと食べれるオムライス。
「うわあ!美味しそう!凄いよ、愛衣!これならいつでもお嫁に行けるね!」
私が言うと、愛衣は顔が熟れすぎたトマトみたいな色になった。
私たちは、愛衣が作ってくれたオムライスを食べ、また勉強を再開した。
*
「今日はありがとね!」
「また明日もよろしくな」
「お邪魔しました」
一八時になり、外も暗くなってきたので、さすがにもう終わろうかということでみんな帰ることになった。
「うん。また明日ね」
見送りをして、私は家に入る。
___『鈴音、ありがとな』
理人はそう言った。ということは、愛衣とうまくいってるということ。私はそれを望んでた。
だから、理人のことはもう忘れて二人の事を見守っていようと、そう思ってたのに・・・。
今更事の重大さに気付いた。私はやっぱり理人の事が・・・。
溢れ出る想いに、私は空白ができたような寂しさを感じたが、それを振り払うように部屋の片付けに没頭した。
*
「じゃあ、順位表返すぞー」
担任のその言葉で、クラス中が酷く落胆する。そして、出席番号順に一枚の紙が渡される。
「藤宮さん」
名前を呼ばれ、私も順位表を貰う。
やはりというか何というか・・・。そこには2という数字が書かれており、物足りないような寂しさを感じた。まあ、千翔が一位なんだろう。
さあ!理人はどうなったかな。
*
「理人!どうだ、欠点は免れたか!?」
部活の時間になり、千翔と体育館に向かうと、谷先輩が凄い剣幕で理人に詰め寄っていた。
「あ、鈴音!」
その理人が私に気付き、傍に寄って来た。そして、薄っぺらい一枚の紙を目の前に突き出された。
順位表だ。
国語54点。数学33点。理科36点。社会43点。英語56点・・・。順位は117人中82位。
「欠点ないじゃん!凄い凄い!頑張ったね!」
「ああ!鈴音のおかげだ」
「まあ、それでも酷い順位だけど」
「そ、そこは言わないでくれ・・・」
あはは。でも、本当に良かった。理人が抜けたらどうなることかと思ったよ。
教えたかいがあった。
「理人、欠点取ってないのか!?」
「はい!これで、心置きなくバスケに集中できる!」
二、三年生も谷先輩が教えていたことで、欠点を取ったのは誰一人としていなかった。後は県大会に向けて、練習するのみ。私も、精一杯サポートしよう。
*
部活も終わり、今日は千翔と帰る。
「なんか、久しぶりだねえ」
「そうですね」
「やっぱり、千翔と帰るのが良いな」
何気なく言ったその言葉に千翔が過敏に反応した。
「そ、それはどういう・・・」
「この間、谷先輩や理人と帰ったけど、なんか違和感があってさ。自然と肩に力が入って疲れるっていうか・・・。だから、千翔とが一番落ち着くなあって」
「・・・それは僕も思ってました」
「え?」
「あの日、僕は愛衣さんと帰りましたが、とても違和感を感じていました」
「そっか。なんか、不思議だね」
「そうですね」
なぜかしんみりとした空気になってしまい、私は話題を変える。
「あ、順位表返されたけど、やっぱり千翔が一位だよね」
「そう、ですけど・・・」
「だよねえ」
私は宣言する。
「よし!いつか、私が千翔を抜かして一位になってやる!」
「ははっ。頑張ってください」
千翔の二回目の笑顔。
それは、心からではなく作っているような、苦しそうな微笑みだった。
*
県大会当日。私たちが出来ることは全部した。ここを突破できれば・・・。
私は、思わず手を胸の前で組んでいた。
「大丈夫ですよ。理人がいるんですから」
顔を上げると、千翔が立っていた。私はその言葉に少しむっとした。
「そうだね。でも、理人だけじゃない。千翔のことも頼りにしてるよ」
「・・・!」
千翔は、きっと自分はバスケに関しては小さな存在だと思ってる。理人というもっと凄い人が身近にいるからだと思うけど、決してそんなことはない。千翔は充分上手いし、強い。
「もう時間だよ。上で応援してる」
マネージャーがコートの傍に居れるのは、一人だけ。だから、それは美奈先輩になる。少し遠いし、試合中は声を掛けてあげられないけど、私は待ってる。
「はい」
千翔は、力強く頷いてくれた。
「いってらっしゃい」
選手を見送り、私は愛衣と二階の応援席に向かった。
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