~お人好し~
地区大会当日。学校に行くと、すぐに美奈先輩が気づいた。
「鈴音ちゃん!大丈夫なん!?ずっと休んどったけど・・・」
「はい。もう大丈夫です。すいません、大事な時期に・・・」
「いやいや、元気になったんならええんよ!」
すると、今度は愛衣が話しかけてきた。
「おはよう、鈴音!」
「おはよう」
元気よく挨拶をした愛衣は、次の瞬間顔を近づけてきて、小さな声で喋りだした。
「ありがとね。あの日、理人がわたしの家に来て、なぜかは分からないけど謝ってくれたの。そのおかげで仲直りできたよ!鈴音が何か言ってくれたんでしょ?本当に、ありがとね!」
そう言って、理人の方に向かう愛衣。もう、二人の間に気まずい雰囲気はない。お互い、凄く良い笑顔で喋っている。
これなら、私も協力したかいがある。
その後、点呼を終え、バスに乗り込む。席順は決まってないらしいので、私は会場に着くまで寝ようと思い、一人で一番後ろの座席に座ろうとすると、
「鈴音さん、あの・・・」
千翔が声をかけてきた。少しご立腹の様子。もしかして、理人と愛衣のことかな。
「なに?」
「隣、いいです___」
「鈴音ちゃんは、俺の隣ね」
どこからともなく聞こえてきた声。そして、その直後腕を掴まれる。
「ちょっ・・・!」
「千翔、ごめんけどこいつ借りるわ。帰りは返してやるから」
そう言った谷先輩。ていうか、私を物扱いしないでほしい。
「借りると言われても、僕のではないですけど・・・わかりました。じゃあ、また後で」
“僕のではない”。
そう言われた時、心がちくちく刺されるように痛んだ。
なんで?
それより、千翔も了承しなくていいよ!助けて!
そう祈っても、私の願いが叶うことはなく、千翔は一人で一番後ろの座席に座った。
そして私も谷先輩に連れられ、比較的前の方の席に座らされた。
「あれ、漣の隣、鈴音ちゃん?」
気づいた三年の先輩が聞いてくる。ほら、変に思われたじゃない・・・。
「ああ。こいつ、ずっと休んでたからな。心配だから、酔って気分悪くなる前に、前の方の席に座らせようと思って」
え?じゃあ、先輩はただ私と座りたいわけじゃなくて・・・。
私は、谷先輩が気遣いというものが出来ることに驚いた。
「なんか、すいません。私、誤解してました」
「んー?俺、ただ鈴音ちゃんと一緒に座りたかっただけなんだけど。今のは、口実。さすがに俺たち付き合ってるんだよねー、は言えないし」
「はあ!?もう・・・。やっぱり、先輩は先輩ですね」
呆れた。謝り損じゃないか。
その時、谷先輩が私の手を握った。
な、なに!?
「でも、心配なのは本当だぞ?」
「え・・・」
「最初の数日は風邪かなって思ってたけど、さすがに二週間も休むからさ」
その真剣な表情を見ると、申し訳ない気持ちになる。
「それは・・・その・・・すいませんでした。でも、もう大丈夫ですよ」
「本当に?」
「はい」
私がそう言うと、やっと安心したようでほっと息をついた。そんなに心配させてたんだなあ。
すると、急に谷先輩が私の髪を撫ではじめた。
「あの・・・何を?」
「いや、お前って照れることあんのかなあって」
「照れることくらいありますよ」
「そうか?でも、俺が見た限り今も好きな人がいるって言った時ぐらいしか照れたところ見てないぞ」
「まあ、そりゃそうでしょう。私、好きな人から何かされた時しか照れませんから」
「ふーん。見てみてえなあ」
何でだよ・・・。やっぱり、谷先輩とは居るだけで疲れる。いつ何をしてくるか分からないから、落ち着かない。
バスに乗って小一時間やっと会場に着き、谷先輩の隣の席から解放された。
アップをとり、気合いを入れる。
「よし!まずは初戦突破だ!目の前の試合を着実に進んでいこう!」
円陣を組み、キャプテンの谷先輩がみんなを鼓舞する。
そして、試合は始まった。
*
「おめでとう!みんな、かっこよかったやん!」
美奈先輩がさっそく感想を言う。
今日の試合は、全て終わった。結果は全勝。
やはり理人と千翔の力が大きく、ほとんど二人のゴールだった。
私たちはもう用はないのだけど、まだ試合が終わっていないところを見るため、もう少し残ることになった。
途中トイレに行き、出て戻ろうとすると、反対側から千翔が歩いてきた。
千翔もトイレかなと思ったけど、どうやら違うみたいで私の前で止まった。
「どうかした?」
「ちょっと来てください」
そう言われ、私は千翔に腕を引かれながら外に連れ出された。
え、怖い。
「えーっと・・・」
「理人と愛衣さんの仲を取り持ったって本当ですか」
あ、かなり怒ってる。疑問形じゃないもん。
「本当だけどなんで知ってるの?」
「愛衣さんと一緒に帰った日です」
「じゃあ、愛衣が喋ったんだね」
「はい。嬉しそうでした」
「そっか」
私たちの間に、お通夜のような重苦しい空気が漂う。そんな中、千翔が叫んだ。
「何やってるんですか!あなたは馬鹿なんですか!?」
千翔は、私が思った通りの言葉を言った。
「馬鹿だよ。今思えば、何てことしたんだろうって。もちろん、あのまま何もしなければ私にもチャンスがあるかもしれないって分かってた。
でもね、耐えられなかったんだと思う。愛衣が、本当に可哀そうだったの。理人のことが大好きっていうのが伝わってきて、なんで愛衣が悲しい思いをしなきゃならないんだろうって」
私がそう言った後、沈黙が重苦しく強固に、壁のように続いた。
しばらくして、千翔が口を開いた。
「鈴音さんは、本当にそれで良いんですか?」
「ふふっ、今の私にとってそれは愚問だね。この二週間、気持ちを切り替えるために休んだの。もう、乗り越えてるよ」
「・・・お人好しですね」
お人好し?違う、怖いだけ。もし、私が告白して断られるのが怖いだけなんだよ。自分が傷つきたくないだけなんだよ。
「無理してないですか?」
「してないよ」
「本当に?」
「本当に」
「本当に本当ですか?」
「本当に本当」
私は、千翔の言ったことをおうむ返しする。でも、どうしよう。だんだん・・・
「本当に本当に本当ですか?」
「・・・ごめっ。ちょっと・・・」
ついに、透明な二粒の水滴が瞬きと一緒にはじき出された。しだいにそれは大粒になり、拭いても拭いても止まらない。
「もっ、やだ・・・。自分がっ・・・情けなくて、いやだあ・・・」
涙がぐっとこみ上げ、言葉が途切れ途切れになる。
この二週間、気持ちを切り替えるために休んでた。私は、乗り越えてると思ってた。なのに、千翔に攻められただけで泣き出しちゃうなんて・・・。本当に、情けない。
「どうして、相談しないんですか」
「だって、みんな忙しいから。地区大会が間近に迫ってるのに、余計なことで迷惑かけたくないと思って」
「そんなんだから駄目なんです。迷惑だなんて思いませんから、せめて僕にはちゃんと相談してください」
その優しい言葉に、私は止まりかけてた涙がまた流れ始めた。
「うぅ・・・なんであんたはそんなに優しいんだよぉ・・・」
「はあ・・・。どうぞ」
そう言って、そっと小さく両手を広げる千翔。
私は、悲しみでいつもの判断が出来なくなっていたからか、周りの目も気にせず千翔の胸に飛び込んだ。
その瞬間、ふわっとレモンの香りが私を包む。どこまでも自然で柔らかで優しい香り。
落ち着く・・・。
千翔は、赤ん坊を泣き止ませる時のように、私の背中をずっと撫でていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます