~太陽と暗闇~

「おはようございます!」

「おわっ!す、鈴音ちゃん!?」






元気よく挨拶をしても、返事は返ってこない。

と思っていたのに、広い体育館に私の声が木霊した後、比較的大きめの声が返ってきた。

ただいまの時間は、六時半。朝練が始まる一時間前だから、さすがにまだ誰も来ていないだろうとこの時間を狙ってきたのに・・・。

今一番二人きりになりたくない人となってしまった。






「谷先輩・・・。おはようございます。早いですねえ」

「鈴音ちゃんこそ。びっくりしたんだけど」

「それはこっちの台詞です」

「顔、すごい歪んでるんだけど。俺と二人きりになるのがそんなにいや?」






あ、しまった。顔に出てたか。






「いいえー?そんなことないですよ」

「ほんとかよ」






私は、谷先輩の言葉を適当にあしらいながらドリンクを作り、昨日乾燥機にかけておいたタオルを取りに行き、畳む。






「感心だねえ」






気づくと、谷先輩が傍に座っていた。






「ありがとうございます。でも、先輩もですよ」

「んー?まあ、一応キャプテンだしな。自分ができてないのに、他の奴らに指示出しても聞いてくれるわけないし、面目立たないだろ」






へえ・・・。ちゃんと考えてるんだ。こういうところだけ見ると、女遊びというのが頭の中にちらついて、ため息が出る。

私は時計をちらっと見る。

七時か・・・。そろそろ早い人は来る頃だな。






「本当に、頑張りすぎて倒れないでくださいよ」






私は、谷先輩のドリンクを手に取り、渡そうとすると、






「何?心配してくれてんの?」






突然、目の前が真っ暗になった。顔を上げると、谷先輩が目の前にいて、私に影を作っている。






「当り前じゃないですか。私の知ってる中で、一番努力してるのは谷先輩ですし。もちろん、他の人たちも練習していると思いますけど」






私がそう言うと、何を思ったのか谷先輩は座り込んだ。

その表情は獲物を喰らおうとしているライオンのようで、怖くなった。






「な、なんですか」

「君は、本当によく気が回るね。でも、そういうさりげない言葉が、男を誘うんだよ」

「私、そんなつもりは___」

「無自覚って言いたいんだろ?それが一番タチが悪い」

「・・・」

「ほんと、お前無防備だな。襲うぞ?」

「っ!」






え・・・襲うって、そういうことだよね?

なに、急に。でも、そういう言葉で女の人を落としてきたことは確かだ。






「それも、計算で言ってるんですよね?」

「え・・・」






私が言い返すとは思ってなかったのか、谷先輩は驚いた顔をした。






「ふざけないでください!」

「ぶふっ!」






私は、持っていたドリンクを谷先輩の顔にぶつける。






「どうせ、私を落とそうとしているんでしょ?」

「・・・」






図星か。






「それがわかってて、惚れるわけないじゃないですか」

「ふっ。それはどうかなあ?」






その自信はどっからくるんだ。






「絶対に落としてやるよ」

「はあ・・・。そもそも私、好きな人いるって言ったじゃないですか」

「そんなの知らねえ。俺、そういう奴でも落としてきたから」






うわっ。最低。






「女遊びしてるとこ以外は完璧なのに、もったいないですよ」

「知るか。それよりお前、なんで逃げなかったんだよ。逃げようと思えば逃げれてただろ。そういうところが無防備なんだよ」

「・・・腰が抜けて立てなかったんです」

「腰が抜けたあ!?あっはは!」

「笑い事じゃないです!」






だって、谷先輩の雰囲気がいつもと違って怖かったからさ・・・。






「ま、もうそろそろみんな来る頃だろう。ほらよ」






私の目の前に差し出された手。






「えっと?」






どういう意味かわからず首を傾げると、無理やり手を掴まれ、ぐいっと立たされた。

その反動で私の身体は谷先輩の胸の中に。

お礼を言い、すぐに離れようとしたその時、体育館の扉が開いた。






「おはようござい・・・」

「おー、おはよう。千翔」






え!?千翔!?

私は谷先輩を突き飛ばし、千翔の元に行く。






「おはよう!千翔!」

「おはようございます」






千翔は何か言いたげで私をじっと見る。

後で話すからと目で訴えると、わかってくれたようでシューズを履きだした。

その直後、他の人たちも続々とやってきて、朝練が始まった。






「で、どういうことですか」






ただいま昼休み。目の前には少々怒り気味の千翔。

朝練のことを言ってるんだろう。






「え・・・っと、谷先輩に目をつけられた・・・と思う」

「目をつけられた?」

「んー・・・」






谷先輩が女遊びしてて、今度は私がそのターゲットになってるって、そのまま言うべき?






「ま、まあ、そんなに心配するようなもんじゃないし、大丈夫だよ?」






私が惚れなければいいだけ。何にも心配はない。惚れるわけないし。






「そうですか?」

「うん!」

「まあ、言いたくないのでしたらいいですけど」






別にそういうのでもないんだけどな。






「じゃあ、鈴音さんから抱き着きにいったわけじゃないんですね?」

「そ、そんなわけないでしょ!」

「ならいいんです」






そう言い、弁当を広げて食べ始める千翔。

はあ・・・。入学式から今まで、まだ二週間くらいしか経ってないけど、いろいろなことがあったな。

理人に逢えたし、千翔とはこんなに仲良くなれたし、愛衣も真面目に仕事するようになったし。

でも、良いことばかりじゃない。

理人と愛衣が付き合ってることを知ったり、谷先輩に目をつけられたり。

あ、理人に愛衣のこと聞かないと。

私も弁当を食べ始め、時間が経つのが早いことにしみじみと感じていると、ふわっとあのレモンの匂いがした。






「千翔、また飴食べてるの?」

「ああ、はい。四時間目の時に舐めてました」






どんだけ持ってるの・・・。






「最近、ほとんど毎日千翔からレモンの匂いがするよ」

「嫌ですか?」

「いや、むしろ好き」






そう言うと、千翔はにっこり笑った。

なぜそんなに嬉しそうなの。






「まだたくさん持ってるので、あげます」

「あ、ありがとう。ていうか、どんだけ持ってきてるの?」

「一日十個くらいは・・・」

「そんなに!?」






ほんとに好きなんだなあ。私も好きだし気に入ってるけど。

私は千翔から飴を受け取り、五時間目に舐めようとポケットに入れた。

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