~瓢箪から駒が出る 4~
「よし、帰ろっか!」
「はい」
更衣室でジャージから制服に着替え、いつものように千翔と帰ろうとすると、誰かが声をかけてきた。
「鈴音ちゃん、良かったらなんだけど・・・あ、もしかして二人で帰る約束とかしてた?」
谷先輩だった。
「まあ、一緒に帰ろうとはしてましたけど、どうかしましたか?」
「いやー、鈴音ちゃんと帰りたいなーって」
え・・・?
「あの、家の方向一緒ですか?私はこっちなんですけど」
「いや、違うね。逆だ」
「それでも?」
「うん。送るよ」
私は察した。
ドリンクとタオルを渡す時くらいしか話していないのに、一緒に帰ろうなんて急すぎる。しかも、家は反対方向なのにだ。つまり、何か大事な話があるということだろう。
「私は良いですけど・・・」
ちらっと隣にいる千翔を見る。
「僕も大丈夫ですよ」
「あ、ほんとに?」
「わりいな。じゃあ、今日一日だけこいつ借りるわ」
「ばいばい!千翔、また明日ね!」
「はい」
校門の前で千翔と別れ、私は谷先輩と帰路につく。
なんか、隣を見ると千翔じゃないのは違和感でしかない。ずっと、千翔と帰ってたからなあ。
それよりも・・・。
「・・・」
「・・・」
誘っておいて無言か。このままじゃ、話をする前に家に着いちゃうので、私から切り出した。
「あのー、何かありました?」
「あ、やっぱ気づいてくれてたか」
「まあ・・・なんとなく、そう思いました」
「気が回る奴は好きだよ」
「は、はあ・・・?」
何が言いたいのかさっぱりなんだけど。
「ははっ!鈴音ちゃんは冷静だねえ」
「・・・はい?」
「いやー、今までの経験上、“好き”って言っとけば女はみんな照れてたんだけど。君は違うね、面白い」
その言葉を聞いた瞬間、快く流れていた心臓の潮流が鈍る。
「じゃあ、先輩にとっての“好き”は軽い言葉なんですか」
「んー、まあね」
優しくて良い人かと思ってたけど、前言撤回。最低だ。
「そうですか。で、早く要件を言ってください」
「ふはっ!あたりが強くなったな」
「当然です。失望しました。見た目に反して、優しくて努力家なんだなあと思ってたのに・・・」
「はははっ、悪かったなあ」
ニヤニヤニヤニヤ、顔がうるさい。
「その様子じゃあ、今までそうとう女遊びしてきたんでしょうね」
「まあな。自慢じゃねえけど」
・・・なんだろう。すっごく殺意が湧いてくる。先輩だけど。
「先輩は、人を好きになったことはないんですか」
「ないね」
即答だった。まるで、聞かれることをわかってたくらいに。
私は、今までの怒りが嘘のように沈んでいき、代わりにある気持ちが浮かんできた。
「かわいそうな人ですね。十七年間生きてきて、恋というものを知らないなんて」
それは哀れみ。
私の言葉を聞いた谷先輩は、予想通りむっとした。
「じゃあお前は、誰かを好きになったことがあるのかよ」
・・・それは、私が恋するような人に見えないってこと!?
「ありますけど!?」
私がそう言えば、今度は目を見開いて驚いている。
「でも、どうせ幼稚園の時とかだろ」
「・・・あなたは私をなんだと思ってるんですか」
「え!?てことは・・・」
「・・・」
急に恥ずかしくなり、少し下を向く。
もー・・・絶対顔真っ赤だ。
「おーい、鈴音ちゃん?」
すると、谷先輩が顔を覗き込んできた。
「っ!」
「い・・・今も、ですけど」
私は消え入りそうな声でぽつんと呟いた。
「・・・なーに、照れてんの?かーわい___ぶふっ!」
何を言い出すか本能的にわかったので、その言葉を言い終わらせる前に持っていた鞄でしばいた。
「いったいなあ・・・。まあ、照れ隠しってわかってるからな!」
「いい加減その口縫いますよ!?」
「はははっ!」
ほんと、へらへらにやにやして・・・。顔はイケメンだし、話してると面白いし、バスケだって普通に上手いし。モテる要素はたくさん持ってる。けど、女遊びしてるってとこがねー・・・。残念。
「あ」
「何?」
「家に着いちゃったじゃないですか!もう!要件さっさと言ってくださいよ!」
「ああ、いいよ。ていうか、もともと用なんてなかったし」
「・・・はあ!?」
なんなの、この人。
「時間が余ったら今日の理人と愛衣ちゃんのことを聞こうと思ってたけど、鈴音ちゃんのおかげで話尽きなかったし。それに、ただ単に一緒に帰ってみたかっただけだから」
「だったら別に千翔もいても良かったんじゃあ・・・」
「いや、それはだめ」
「何でですか」
「俺の気分」
わがままだな!この人、自分が言ったらなんでも従ってくれるとか思ってんじゃないの!?俺様系か!
「・・・はあ、そうですか。最低な理由ですね。じゃあ、さようなら」
「おー、また明日な!」
すると、去り際にまた私の頭を撫でた。
・・・今日はよく撫でられるな。ていうか、疲れた。
谷先輩は、来た道を引き返していた。背の高いすらりとしたその後ろ姿はなぜか寂しげに見えて、言うつもりはなかったのに、気づくと口走っていた。
「好きっていう気持ちは、とても素晴らしいものですよ!」
すると、谷先輩が振り返ろうとした。私は、相手の目に自分の姿が映る前に、家の中に入った。
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