~不穏な空気、平穏な空気~

あの後一年生が勝ち、谷先輩はすごく悔しがっていたけど、理人と千翔をちゃんと褒めていた。

そして、まだ仮入部だからということで、一年は帰らされた。

私の隣にはやっぱり千翔。なんか、もう当たり前になってきてるな。






「理人は、愛衣と帰ってるんだろうなあ」

「・・・そう、ですね」






特に答えを求めていたわけじゃなかったのに、千翔が遠慮気味に答えてくれた。






「気、遣わなくていいよ。普通に言って」

「・・・はい。あの、やっぱり、一緒にいたいですか?」

「まあ、そうだねえ。でも、愛衣のガードが堅い。ずっとそばにいるんだもん」

「そうですか」

「あ!でもね!今日学校一緒に行ったんだよ!しかも二人きりで!」

「え・・・」






「よかったですね」って言ってくれると思ってたのに、意外にも千翔は一緒に喜んではくれなかった。






「で、なにか進展はありましたか?」






そう言った千翔は少しとげとげしかった。






「えっと、頭、撫でられたの!」

「そうですか、よかったですね」






違う。明らかに違う。

私が期待してたのは、そんな「よかったですね」じゃない。

一緒に笑って、心から優しく笑ってくれる。それを待ってたのに・・・。

私、千翔に何かした?






「え・・・っとさ!千翔、すごかったよ!運動できるとは言ってたけど、あそこまでできるとは思わなかった!」






なんとなく重くなってしまった空気を明るくするため、話題を変える。






「ありがとうございます。でも、また練習しないといけません。やっぱり、シュートの精度や体力が落ちてますね」






千翔は、まるで過去にバスケをしていたような口ぶりで言った。






「落ちたって?」

「ああ・・・言ってませんでしたね。僕、小五の時にバスケをやり始めたんです。あの理人よりも先に」

「えっ!そうだったんだ!だからあんなに・・・。でも中学の時は・・・」

「はい。バスケ部に入っていたのは理人だけです。僕は辞めて、帰宅部でした」

「なんで、辞めたの?」

「・・・」






千翔は、何も答えてくれなかった。

聞いちゃいけなかったのかも。明るくしようとしたのに、逆にもっと暗くなってしまった。

「やっぱりいいや」と言いたいのに、それも許さないくらい空気が重い。

鉛の箱に押し込められて、海の底に沈んでいくような気持ちになった。

でも、千翔がバスケを辞めてしまった理由は、聞かなきゃいけない。なぜかわからないけど、そんな感じがした。

それを知れば、きっと理人の話を出すたびに悲しい顔をしていた理由もわかる気がする。






「ねえ、千翔?」

「放っておいてください」






拒絶された。

千翔は、走り出そうとしていた。






「待って!」






私は間一髪、千翔の腕を掴むことができた。






「放っておけるわけないでしょ!?」

「大丈夫ですから!」

「はあ!?どの口が言ってんの!」






私は、千翔の腕を引っ張ってこっちを向かせた。






「ほら、そんな顔しておいて、大丈夫なわけないでしょ!?馬鹿なの!?」






千翔の顔は、今にも泣きだしそうだった。見ていられないくらいに。






「・・・私ってさ、なぜかいろんな人に嫌われて、小学校の時から友達一人も作ったことないんだよねー」

「えっ・・・」






急に話し出した私の過去に、驚いた顔をする千翔。






「意外だと思うけど、本当なの。だから、千翔が“友達です”って言ってくれた時、すごく嬉しかった。救いになった。あのさ、誰だって辛いことの一つや二つある。でも、それを一緒に乗り越えてくれる人や、解決してくれる人がいると、信じられないくらい気にしなくなるの。千翔がそうしてくれたように、私もそうなりたい。まあ、言いたくないなら無理に言えとは言わないけど」






しばしの沈黙の後、千翔が口を開いた。






「本当に、鈴音さんは不思議な人ですね。安心します。でも、すいません。今はまだ・・・」

「そっか。いいよ!」






やっと穏やかな雰囲気になり、私はほっとする。

今日の帰り道は、千翔との仲が深まった気がする。

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