~気づかぬ思いと憂鬱な家族~

最近の僕は、なんかおかしい。

あの日からだ。

藤宮さんと初めて一緒に帰った日。

僕のことを優しいと言ったのは藤宮さんが初めてだったから、あの時は本当にびっくりした。






人を簡単に信用して、しかも疑うことなんてできない___。






あの言葉に、僕は少し興味が湧いた。

それからだ。不思議な行動ばかりとっていたのは。

理人の彼女である愛衣さんと話すこと自体珍しいのに、藤宮さんには自分から話しかけたり、昼食を一緒に食べようと誘ったり。

挙句の果て、抱き上げてしまった。あの時は必死で、無意識だった。

藤宮さんには、人を惹きつける力を持っているのかもしれない。

自分でも、びっくりだ。

「呼び捨てで呼んでほしい」なんて、気づいたらそんなことを言ってて。

本当、どうしちゃったんだ、自分。

極めつけは、藤宮さんは理人が好きだと知った時。

なぜか、胸がもやもやした。

これが、どういう気持ちなのか、僕は知らない。

でも、これだけは言える。






藤宮さんの笑顔は、とても安らぐ。






藤宮さんを見送って、自分の家に帰る。

大っ嫌いな家に。






「ただいま」






しばらくして近づいてくる足音。






僕の家には、僕と理人と母さんの三人が住んでいる。

父さんはおらず、今ではもう顔も覚えていない。でも、嫌いではなかったと思う。

確か、僕と理人が小学校六年の時に、出張から帰ってくる途中交通事故で亡くなった。

それからだ。母さんが別人のようになったのは。

何もないところを見て楽しそうに喋ったり、夕飯も父さんの分まで作っていたり・・・。

まるで、父さんが家にいるかのように日々を過ごしていた。

それ自体は別に気にしていない。こっちに迷惑は掛かってないから。

ただ一つ、大っ嫌いなのは、






「あら、お帰りなさい。さっそく、勉強しなさいよ」

「わかってます」






こういうところだ。

僕は、勉強は好きでやっているんじゃなくて、母さんから強制的にやらされている。

今となっては大人しく従っているが、父さんがいなくなってすぐの頃は、僕だって反抗していた。

けど、僕の言葉は聞いてもらえず、暴力となって返ってきた。

それから僕は抵抗することが怖くなり、母さんだけでなく他の人たちにまで恐怖心を抱くようになってしまい、いつの間にか敬語で話すようになった。






理人のことも、藤宮さんには憧れと言ったけど、それと同時に妬んでいる。

しかも、理人はそれにうすうす気づいてるだろう。

気づいていて普通に接してくるから、タチが悪い。






「母さん、その前に聞いてほしいことがあります」

「しょうもないことなら許さないわよ」






そう言われ、気圧されそうになったが踏ん張った。






「部活、バスケ部に入らせてください」






僕がそう言った瞬間、誰の目から見てもわかるくらい、母さんは不機嫌になった。






「はあ・・・何を言い出すのかと思えば・・・。ダメに決まってるでしょう!?何のために辞めさせたと思ってるの!あなたにバスケで一番が取れるって言うの!?無理でしょう!一番が取れなきゃ、やる意味なんてないのよ!」






母さんはひとしきり怒鳴った後、息を落ち着かせながら静かに言った。






「あなたには、勉強があるじゃない・・・。勉強で一番取って、母さんを喜ばせて。ね?」

「じゃあ___」






その時、後ろからドアが開く音がした。






「たでーまー・・・って、何してんの?」






理人・・・。






「あら、部活体験?」

「うん。明日から仮入部で遅くなる。・・・で、千翔はどうしたんだ?」

「部活の話よ。あんたと同じ部活に入りたいんだって」

「・・・ふーん」






理人は僕をチラ見しただけで、この重い空気から逃れるように自分の部屋に行ってしまった。

理人からしたら、僕はその程度の存在ってことか・・・。






「母さん。テストではちゃんと一位を取ります。バスケをしても、成績はキープしてみせます。だから___」

「もういいわ。好きにしなさい。けど、あんたのわがままを聞くのも、これが最後だからね。あと、もし一位を取れなかったら、即辞めてもらうから」






それだけ言うと、母さんは“僕”という存在自体に興味がなくなったかのように、キッチンの方へ去っていった。

久しぶりに、あんなに怒鳴ったところを見た。

僕がバスケを辞めて、勉強をしろと言ってきた日以来だから、三年ぶりくらいか。

まあ、一応許可はとれたし。

僕も、勉強をしようと自分の部屋に向かう。

けど、一番話したくない奴に待ち伏せされていた。






「お前、母さんになんて言われた?」






理人は壁にすがって腕を組んでいた。

そんなふうにかっこつけても絵になるから羨ましい。






「一番になれないならやる意味ないと言われました」

「やっぱりな」

「そんなの・・・あの時からわかってます。バスケで一番は理人だということは」

「ふん。よくわかってんじゃねえか」






そんなふうに、自分に自信があるのも・・・。






「ま、母さんの“やるなら一番”っていう理念は、俺も嫌いだけどな」






僕は、理人のその言葉にどうしようもない怒りが込み上げてきた。






「でも、理人はまだいいじゃないですか!自分の好きなことで一番が取れてるんですから!僕なんて、テストで一位取ってますけど、本当は勉強なんて・・・!」






“嫌い”。






そう言いたいのに、その言葉を言ってしまったら、本当に僕の存在意義がなくなるような気がして、言えなかった。






「・・・そーかよ。で、今になってまたバスケやるって、どういう風の吹き回しだ。母さんに従って、あの時スパッと辞めたんじゃなかったのかよ」

「それは・・・」






言葉に詰まった。

その時、頭の中に藤宮さんの笑顔が浮かんだ。

なんで・・・今、藤宮さんが・・・。






「けど、母さんには許可を取りました」

「・・・ま、いーや。それより、お前、できるのかよ。辞めてから三年経ってるんだぞ。ついてこれるのか?」

「練習にはついていけます。それに、理人に勝てなくても、他の皆さんには勝てます」

「すっげー自信だな。中学三年間、勉強しかしてこなかった奴が。体力も落ちてんだろ」

「そもそも、バスケはチームプレイです」

「・・・」






とんとん拍子で続いていた会話が、急に止まった。






「・・・チームプレイ、か。案外、そうでもないぞ」






理人はそれだけ言って、自分の部屋に入ろうとした。

が、途中振り返って、






「まあ、またお前とやれるのはすげー嬉しい」






そう言った理人は、今までで一番と言えるほどの笑顔で、無邪気な子供のようだった。


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