第15話 NEGOTIATION


各所で起きる闘いを背に、ゆっくりと回転を続けていた大陸が、止まった。


ゴゴゴゴゴ


それと同時に、大陸の一所に動きがあった。


地下に眠りし心臓と、地上に開かれし瞳。

この二つが重なり、真の闘いは始まる。


始まりと終わりの地で、世界は真の王を待つ。




───「央」跡地付近。


七菜が突然倒れたかと思えば、美波が慌てた様子で離脱。

異常事態が続くその地は、不自然な静けさで満ちていた。


「揺れが、止まった・・・」


混沌とした地で、翼は空を見上げた。

青を隠す黒い雲は、時の流れを否定しているように見えた。


「これって・・」

「ああ。『鍵』の通りだ」


翼を間に挟み、三上と六下が短い会話を交わす。


調査班が各国を回り、見つけ出した石版。

それを解読班が解読し、できあがった一つの『鍵』。


”胴ニ血ガ廻リ心臓ニ達シ時、選バレシ眼ニ命ハ宿リ、脳ハ目覚メル”


『鍵』は『鍵穴』に差し込まれ、解錠が施錠か、人は選択を迫られる。




───「円卓の間」。


(どうなってるんだ・・・)


円卓の中央。薄暗い空間の一点に煌っていた、強くも淡い一つの灯はふっと消え、闇に包まれた空間の一席に、透灰李空の姿はあった。

闇のおかげで視認することは叶わないが、他の席にあった人物たちの気配は感じられない。


どうやら李空は一人、この空間に取り残されたようである。


『貴様が真の選抜者か』


闇に包まれた空間に、聞き覚えのない声が響く。


「誰だ!?」


声を荒げる李空。

どうやら、発声を禁じていた制約は、いつの間にやら解除されていたようだ。


『まあ、そう慌てるな。場所を移そう』


瞬間。李空の身体は移動した。




「ここは・・・」


気がつくと、見覚えのある景色が広がっていた。

それは、李空らが通うイチノクニ学院の風景に違いなかった。


どうやら李空は、職員棟を含めれば全部で十二ある校舎のいずれかの屋上に移動したようだ。


「・・京夜!?」


その場所に、うつ伏せに横たわる幼馴染の姿を見つけ、李空は慌てた様子で駆け寄った。


「・・李空」


身体を反転させると、京夜の朧げな眼が李空の顔を捉えた。


「俺は大丈夫だ。それより美波さんを・・」


京夜の言葉を受け、李空は気づく。

同じ校舎の屋上にもう二人、横たわる人物がいることに。


それというのは、美波とカプリコーンだ。


「わかった。俺に任せろ」


李空は京夜を安心させるように言い放つと、美波に向かって腕を伸ばした。


それに合わせて、美波を光の球体が包み込む。

李空の才『オートネゴシエーション』は、美波の才と相違ない能力を発動したのだ。


『目的地ハ借倉架純ニ設定シマス』


程なくして美波は別の場所に飛び立った。


「お前も運ぶぞ」


続いて京夜のことも運ぼうとする李空。


「・・待て」


京夜は李空の腕を掴み、それを制止した。


「俺は不器用だから、今の俺の声がどこまで届くのか分からない」

「・・・・・・」


続く言葉を促すように、李空は黙っている。


「だから、これは我儘だ。この箱を、世界を守ってくれ」


京夜の言葉を咀嚼するように、李空は深く頷いた。


「ああ。任された」


程なくして、京夜を光の球体が包み込む。


「ありがとう」


感謝の言葉を残し、京夜も飛び立った。


「別れの挨拶は済んだか」


再び一人になった李空の背に、例の声が投げかけられる。


「ああ、済んだよ」


李空はゆっくりと振り返り、男を真っ直ぐと見据えた。


「再会の約束を、な」


「夢で見たままの男だな」


男の無表情な顔に、僅かに感情の色が浮かんだように見えた。


さて、この男であるが、立派な衣服を着込んでいた。

異様に整ったその服装は、どこか歪に映る。


背丈は李空と同じ程か。

年齢は不詳。幼き子どもにも、成熟した大人にも見える。


はたまた人間を超越した存在にも見えてくるから不思議だ。


「名乗るのが遅れたな。我はN王。アムダだ」


思わずごくりと唾を飲む李空。


アムダが発する圧は、不自然な程に自然体であった。

絶対王者セウズが発する圧とはまた違う、まるで李空を下の種としか見ていないような、恐ろしく冷たい圧であった。


「貴様の動向は夢で見ていた。成果には褒美を与えなければ零にならない。願いを一つ叶えてやろう」


淡々とアムダが語ると、屋上に二つの球体が出現した。

先程の光の球体とは違う。闇の球体だ。


その内の片方から姿を見せた人物に、李空は目を見張った。


「七菜!?」


見間違いようがない。その人物は、妹の七菜であった。


「・・・くうにいさま」

「危ない!」


どうやら意識がはっきりとしていないようで、そのまま倒れそうになる七菜を、李空が素早く移動して支える。


「妹の光を取り戻す、か。随分と立派な兄だな」


アムダの冷たい声色が、李空の耳に届く。


そして、もう一つの闇の球体が開かれる。

そこから顔を出したのは、カプリコーンとは反対の目に片眼鏡を掛ける、アリエスであった。


こちらも意識がはっきりとしていない様子。外傷も酷く、瀕死状態だ。

そのまま、横たわるカプリコーンのすぐ横に、力尽きたように倒れ込んだ。


「神ノ手足として、最後まで働いてもらうぞ」


瀕死のアリエスとカプリコーンに、アムダがそっと触れる。

するとどうだろう。二人は操り人間のように、虚な目で立ち上がった。


「N王として命じる。あの小娘の目を治せ」

「「御意」」


二人は頭を垂れると、李空と七菜の元に歩んでいった。


「何だ!何をするつもりだ!?」

「取り乱すな。妹の光を取り戻したいんだろ」


声を荒げる李空を宥めるように、アムダが言葉を吐く。

その言葉に嘘がないことを直感で悟り、李空は七菜を抱く腕を緩めた。


「「・・」」


七菜の目前に到達し、二人が跪く。

カプリコーンが目を瞑る。それから徐に、アリエスが片手をカプリコーンの額に、片手を七菜の額に当てた。


「・・!」

「七菜!」


それから暫くして、七菜に反応があった。

身体がビクッと跳ね、何やら苦しそうにしている。


「心配はない。直に目を覚ます」


取り乱す李空に、アムダが言う。


「よし。戻っていいぞ」

「「御意」」


続けてアムダが声を掛けると、カプリコーンとアリエスはアムダの両端に戻った。


「最後の命令だ」


それからアムダは、二人の眼前に共通のモノを創造した。


「命を零に」


ソレというのは、短刀であった。


カプリコーンとアリエスの二人は、一切の迷いを見せずに短刀を抜き取ると、自らの腹部に切先を向けた。


「「全てはN王の望みのままに・・」」


そのまま切腹。

二人の王の目から、光が消えた。


「なんて奴だ・・」


異様な光景に、李空の表情が曇る。


「・・くうにいさま」


その時。イチノクニ学院上空を覆っていた雲が波紋状に開け、その隙間から太陽の光が差した。


「七菜」


俗にいう「天使の梯子」は、透灰兄妹の元へと真っ直ぐに伸びた。




『お姉ちゃん。久しぶりだね』

『そうだね。本当に久しぶり』

『またこっちの世界で再会するなんて、皮肉な運命だね』

『・・ごめんね。結局、巻き込んでしまって』

『ううん。お姉ちゃんのせいじゃないよ。誰のせいでもない』

『でも、こうして百年後の主人達にまで枷を掛けたのは事実だよ』

『それを言うなら私も同罪。ううん、私の方が重罪だ』

『あの制約のことだね。でも、それも今解き放たれた』

『うん。初めて開かれた眼は、全てを見通す何よりも清き瞳。きっと、明るい未来を映してくれるはず』

『そうだと良いね』

『長い眠りから覚めることが出来たのも、全部お姉ちゃんのおかげだよ。あの日の嘘が、今に繋がってる』

『それを言うなら、アズのおかげだよ。アズが繋いだ命が、受け継がれた血が。きっと世界を、あの人を救ってくれる』

『そうだね。泣いても笑ってもこれで最後。後は主人達に任せよう』

『きっと大丈夫。私達の主人は強いから』




「成功したようだな」


太陽の光が差す兄妹の姿を見据え、アムダが呟く。


「七菜・・」


兄の腕の中。

生まれてこの方、ずっと閉ざされたままだった七菜の瞳がゆっくりと開く。


「くうにいさま・・」


瞳に映るは、李空の顔。

その奥には青い空。周囲に浮かぶは、白い雲と黒い雲。


隙間から届く、眩しいくらいに明るい太陽の光。


色づいた景色の一つ一つが、七菜の瞳に小さな世界を創造する。


二つの小さな瞳は一巡し、李空の目と重なった。


「これは・・」


そして、リンクする。


李空の世界と七菜の世界。

二つの世界は混じり、接続され、共有される。


李空の瞳に光が宿った。


「・・視える。全てが視える」


李空は不思議な感覚に襲われた。


まるで世界の時間がゆっくりに、自分の体内時計だけが速やかに、それぞれ変化したような感覚だ。

自分の鼓動に合わせて世界が流れているような、妙な一体感が李空を包んだ。


「さて、褒美は与えた。ここから先は、真の選抜者以外立ち入り禁止だ」


アムダの冷たい声色が、透灰兄妹に向けられる。

その言葉は、李空と七菜が引き剥がされる未来を意味していた。


「七菜。ここで見届けてくれるね」

「はい。くうにいさまを信じています」


二人は簡単に受け入れた。

それはアムダに抗議の声は通らないことを察したことと、今の二人の目はたとえ離れていようが繋がっているためであった。



立ち上がり、アムダと向き合う李空。


「場所を変えようか。始まりと終わりの地に」


アムダは顔色一つ変えず、最終決戦の開幕を告げた。

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