第14話 EAST INDEX
イチノクニ学院校舎「東の人」屋上。
「これは何の真似だ」
その場所に呼び出された男は、厳しい声色で尋ねた。
「貴方が最後の選抜者というわけですよ。墨桜京夜さん」
片眼鏡を掛けた男。ジャヌアリ=カプリコーンは、淡々とした口調で答えた。
現在この屋上に居るのは、壱ノ国『知の王』を名乗るジャヌアリ=カプリコーンと、壱ノ国代表が一人、墨桜京夜の二人である。
つまり、先刻「円卓の間」に居た京夜は、『ドゥオデキム』側ではなく、選抜者の一人として数えられていたわけだ。
「貴方が私たちの元にやってきたのは、内情を探るため。そうと知りつつも、私とよく似た貴方なら、いつしかN王の考えに賛同すると、そう考えていました」
カプリコーンは、悲しげな表情で語り始めた。
「だが、貴方の意思は変わらなかった。どうやら貴方の黒い箱は、私の想像以上に強固だったようです」
「・・・・・・」
京夜は何も答えない。
代わりに、カプリコーンを睨み付けるように見ている。
「分かり合えないのなら、闘うしかない。似た者同士、私が相手をしましょう」
カプリコーンの目が鋭く光る。
「それ以外の道はないようだな」
京夜の右の掌で、黒箱が踊る。
不器用な二人の男が、一つの空の下で対峙した。
『ジャヌアリ=カプリコーン VS 墨桜京夜』
「最初から全力でいかせてもらうぞ」
京夜は黒を鎧のように身に纏った。『TEENAGE STRUGGLE』 決勝戦でも見せた『ブラックアームド』だ。
さらに鎧の一部は形を変えた。右手に黒い剣。左手に黒い盾。
京夜の姿は、さながら黒い剣士となった。
「これはなかなかの速さですね」
黒い剣を振りながら迫る京夜を涼しい顔で避けながら、カプリコーンが言葉を吐く。
「まだまだだ」
『ブラックアームド』は、京夜の身体能力を底上げする役を担い、そのスピードは徐々に増していった。
人の動きを超越した身のこなしに、カプリコーンの顔が段々と険しくなっていく。
そして今、黒い剣の切っ先がカプリコーンの身に到達した、かと思われたが。
「残念でしたね」
カプリコーンは一瞬の内に姿を消し、それを躱した。
まるで、彼だけ別空間を移動したかのような、俄には信じがたい現象であった。
「やはり、侮れんな」
しかし、京夜の顔に焦りはない。
まるで、カプリコーンの実力を知っているかのような態度だ。
姿を消したカプリコーンは、次いで京夜の背後に現れた。
意表を突いたカプリコーンの拳が、京夜の背中に迫る。
「読み通りだ」
それに、京夜は左手の黒い盾を背後に回すことで対応。
カプリコーンは拳を寸止め。察した京夜が体をくるりと反転させて回し蹴り。迫る爪先。カプリコーンは足を曲げ、足の裏で受け止める。
衝撃の波が、二人を中心に拡がった。
サッと距離を取り、二人の視線が交差する。
その後、カプリコーンは異変を察知し、視線を落とした。
「これは・・」
「もう逃さない。この鎖がある限りな」
京夜とカプリコーン。二人の足は、黒い鎖で繋がれていた。
それは、以前伍ノ国戦でバッカーサ相手に見せた『ブラックチェーン』。
これで、京夜は鎧と剣と盾と鎖。4つの形態変化を同時に発動していることになる。
”最初から全力でいかせてもらうぞ”
その言葉を体現するように、今の京夜は完全装備だ。
「ふっ。いい目ですね」
鋭く切り込む京夜に、カプリコーンが薄く笑う。
「余裕でいられるのも今のうちだ」
黒い剣による襲撃を避けるカプリコーンであったが、繋がれた鎖によって動きは制限される。
やがて、京夜の一振りはカプリコーンを確実に捉えた。
「どうなってる・・」
確実に捉えた。にも関わらず、京夜は手応えを感じていなかった。
まるで、カプリコーンでありながらカプリコーンでないモノを斬ったような、そんな不思議な感覚が京夜を襲う。
「きっと想像している通りですよ」
京夜の耳元で声が鳴る。
「貴方が斬ったのは、私の『クローン』です」
「っ!」
次いで襲う衝撃に、京夜の体は派手に吹っ飛んだ。
それは、空間が京夜の存在を拒絶したかのような、理不尽で強力な衝撃であった。
仰向けに倒れる京夜の視界に、余裕綽綽といった態度のカプリコーンが映り込む。
「納得がいかないという顔ですね」
カプリコーンは哀れみの色を含んだ表情で、説明を始めた。
「私の才は『クウカン』を司るモノ。空間とはすなわち世界。世界が空間を生み、空間が世界を創る。この屋上には今、二つの世界が存在するのですよ」
カプリコーンの説明は以下の通りであった。
闘いが始まるより前、カプリコーンは己の才により、「東の人」屋上という空間を複製していた。
して、先ほどまで二人が闘っていたのは、複製された「クウカン」。京夜が黒い剣で斬ったのは、カプリコーンの『クローン』の方であったのだ。
そこに居たのは、カプリコーンでありながら、カプリコーンではない。
カプリコーン本体は、本来の空間に身を隠しており、全くの無傷であった。
「空間を司るということは、世界の理に触れるということ。例えばこんなことも可能という訳です」
カプリコーンの片腕が、仰向けの京夜の首を掴む。
黒を纏った京夜の首を、だ。
全ての物質を吸収する『ブラックボックス』。
ソレを纏った状態の京夜の首を掴むことは本来不可能である筈だが、『クウカン』を操るカプリコーンにとっては簡単なこと。
具体的には、黒に触れる直前にオリジナルの空間に腕を移動させ、黒の内側で再び複製の「クウカン」に戻しているのだ。
文字に起こすと難しいことのように思えるが、『クウカン』の支配者であるカプリコーンにとっては大したことではなかった。
そのまま京夜の体を持ち上げるカプリコーン。
「はな・・せ・・・」
首を掴むカプリコーンの腕を掴み、苦しげな表情を浮かべる京夜。
京夜の限界が近いことを示すように、身に纏っていた黒が霧散する。
「終わりですかね」
カプリコーンはそのまま京夜の体を投げ飛ばし、京夜はうつ伏せの状態で倒れ込んだ。
「何です、その目は」
見上げるようにして睨む京夜に向かって、カプリコーンが口を開く。
「分かっているのですか?仮に貴方が私に勝ったとて、貴方が帰る空間は存在しないのですよ」
「・・・・」
カプリコーンの言葉に、京夜の目が僅かに泳ぐ。
「貴方はスパイの道を選んだが、目的を果たすことはなかった。結果だけ見れば、貴方は私たちドゥオデキムを裏切り、六国の者たちをも裏切ったのです。貴方のことを待つ世界は、もう何処にもないのですよ」
「黙れ・・」
京夜は残された力を振り絞るようにして、小さくなった黒箱を放った。
京夜の手元を離れた黒箱は、転がりながら段々と巨大化。カプリコーンの元に到達すると、その体をすっぽりと内側に収めた。
「だから無駄だと言ったでしょ」
無情に響くカプリコーンの声。
まるで漫画の登場人物が、自分が登場するコマを蹴破るようにして、カプリコーンは忽然と姿を現した。
黒箱の面影はすっかりない。
次いで、空間に異変が生じた。
まるで生物が脱皮でもするかのように、「東の人」屋上の「クウカン」が剥がれ、同じ景色の空間が露わになったのだ。
カプリコーンは黒箱に収められたタイミングで、自分の『クローン』と『ブラックボックス』を複製の「クウカン」に残し、京夜を連れてオリジナルへと脱した。
つまり、今ふたりが居るのはオリジナルの空間であり、京夜の『ブラックボックス』は複製の「クウカン」に幽閉されたことになる。
「貴方ごと閉じ込めても良かったのですが、それだと貴方は永久に救われないまま。せめてもの情けに私がひと思いにトドメを刺してあげましょう」
カプリコーンは剥いだ「クウカン」を自身の手中に収束させた。
バチバチとエネルギーを放つ「クウカン」は、鋭く長いエモノとなって、カプリコーンの手に握られた。
「・・・っ」
カプリコーンが一歩を踏み出すと、京夜はよろよろと立ち上がった。
「無駄な足掻きはお辞めなさい」
一歩ずつ近づきながら、カプリコーンが口を開く。
「貴方の目、死んでますよ」
「・・・・・・」
その言葉に京夜の身体は固まった。
体重を預ける床の存在が曖昧になったような、言いようのない不安が全身を駆け巡る。
カプリコーンが言うように、自分は独断でドゥオデキムに潜入し、何か功績を挙げこともなく、今に至る。
六国の者たちから見れば、自分の真意など黒い箱の中というわけだ。
それに、真意が六国の為だったと、京夜は自分自身でも断言ができなかった。
カプリコーンに誘われたあの時。少なからず、京夜の心は確かに動いたのだ。
結局、幼少の頃から。あの立方体の部屋に居た時から、自分の本質は何一つ変わっていない。
李空や真夏に出会って変わった気でいたが、墨桜京夜はずっと箱の中だ。
(俺は、誰のために闘っているんだ・・・・)
京夜の目から、光が消えた。
「今度こそ終わりですね」
カプリコーンが京夜の目前に到達。
エモノを握る手に一層力が込められる。
「・・・・」
迫るエモノを受け入れるように、京夜はなんら抵抗をしない。
そのままエモノが身体を貫き、京夜の命が潰えると思われた、その時。
「なん・・だ・・・」
京夜を光の球体が包み込んだ。
「よかった。京夜くんが無事で・・・」
次に京夜の耳に届いたのは、聞き覚えのある声だった。
「なん・・で・・・」
光のベールが剥がれ、目の前に広がる空間。
そこには、エモノに体を貫かれた、堀川美波の姿があった。
彼女は、首だけ捻って後方の京夜の安全を確認し、何処までも優しい笑みを浮かべていた。
よっぽど慌ててきたのだろう、彼女は下着姿であった。
美波は、己の才『ウォードライビング』が発した想い人の危険信号を受け、こうして文字通り飛んできたのだ。
「なにやら邪魔が入ったようですね」
カプリコーンがエモノを抜き取る。
その拍子に美波が背中から倒れる。
京夜の足が自然と動き、倒れる美波の身体を支える。
自然と座り込む彼の両腕に、彼女の体温がじわじわと伝わってきた。
「なんで・・なんで俺なんかの為に・・・」
京夜は絞り出すように声を出した。
「そんなの、決まってるじゃん」
京夜の腕の中で美波が笑う。
「君のことが”好き”だからだよ」
「・・・・」
京夜は言葉に詰まった。
美波の言葉が、京夜の鼓膜を、脳を、黒い箱を揺らす。
真っ暗な水面に一雫の水滴が垂れたような、優しい波紋が拡がった。
同時に記憶がフラッシュバックする。
それは「円卓の間」でのこと。
貴重な発言の好機を与えられた李空は、京夜に対してこう言ったのだ。
”京夜。俺はお前を信じてるからな”
(・・・そうか。そうだったな)
自分のことを信じてくれる人がいる。
自分のことを好いてくれる人がいる。
闘う理由は、それだけで充分だ。
「なに、泣いてるの」
気づくと京夜は涙を流していた。
美波が弱々しく手を伸ばし、京夜の頬に触れる。
京夜はゆっくりと、美波の手に自分の手を重ねた。
「えへへ。京夜くんの手、温かいや・・・」
二人の頭上を、分厚くて黒い雲が覆う。
やがて一粒の水滴が二人の手に落ち、次いで激しい雨が降り始めた。
「少しの間、待っててください」
眠るように目を閉じた美波をゆっくりと寝かせて、京夜は静かに立ち上がった。
「今、終わらせますから」
カプリコーンを見据えて、京夜が口を開く。
「光を取り戻しましたか」
京夜の目を見据えて、カプリコーンは薄く笑った。
「闘う意志を取り戻したようですが、今の貴方に何ができるのですか?」
挑発するようにカプリコーンが言う。
『ブラックボックス』は今やカプリコーンの手中にあり、京夜は無防備も同然の状態だ。
対して、カプリコーンは高濃度のエネルギーを放つエモノを手にしており、『クウカン』の能力も未知数な状態。
京夜に残された逆転の道は、限りなく狭いと言えるだろう。
『「ヨル」ノ名ヲ継グ者ヨ』
その時。声が聞こえた。
脳に直接語りかけられているような、不思議な声だ。
「誰だ、お前は」
『オ前ノ源ダ』
「俺の源?」
『アア。オ前ガコレマデニ使ッテイタ能力ハ、才ノホンノ一部ニ過ギナイ。黒箱ノ一部ヲ知ッタ今ナラ、別ノ色モ描ケルダロウ』
「───なんです、その箱は」
京夜の掌に現れたモノに、カプリコーンは目を見張った。
そこにあったのは、これまでの真っ黒な箱ではない。
「『ホワイトボックス』だ」
真っ白な箱であった。
京夜が白箱を転がす。
と、次の瞬間には「東の人」屋上を真っ白な空間が包み込んだ。
「どうなっているのですか・・」
疑問の声を漏らすのはカプリコーン。
その理由は、空間が未知の「白」に包まれたためでもあったが、彼が握っていたエモノが突如消滅したことが大きかった。
加えてカプリコーンが『クウカン』を行使しようとするも、真っ白の空間はそれを拒んだ。
「N王直下の私の才を押さえつけるなんて・・・」
驚愕するカプリコーン。
「手短に済ませるぞ」
京夜は端的に告げると、勢いよく駆けた。
と同時に、白箱内部は目まぐるしく変化した。
ある面は凹み、ある面は凸み、またある面からは無数の「白」が、カプリコーンに牙を剥いた。
白箱は、まるで京夜の手足であるように、明確な意思を持って自由自在に変化した。
「これが、他人が支配する空間ですか」
初めは抵抗を見せたカプリコーンであったが、やがてピタリと足を止め、全てを受け入れた。
無数の「白」がカプリコーンの体を縛り上げる。
カプリコーンの体は、箱の中心に吊るされた状態となった。
「これで終わりだ」
下面の足場が沈みこみ、次いでゴムのように反発すると、京夜の体は一直線にカプリコーンの元へ。
「白」が京夜の拳に収束し、渾身の一撃がカプリコーンの土手っ腹に命中した。
「うおおおぉぉぉ!!!」
勢いは止まらず、二人はそのまま白箱を突き破り、箱の外へと飛び出した。
「ぐっ!」
曇天の下、「東の人」屋上に背中から打ち付けられるカプリコーン。
その衝撃を以って、彼の片眼鏡にヒビが入った。
「限界、か・・・・」
遅れて着地した京夜が膝から崩れ落ちる。
先ほどまで屋上を覆っていた『ホワイトボックス』も、綺麗さっぱり消滅した。
「・・いい天気ですね」
カプリコーンのヒビが入った片眼鏡に、雨足が弱まった雨が落ちる。
力が抜けたように開かれた手。右手の人差し指がピクリと動く。
無表情で空を見上げ、カプリコーンはゆっくりと口を開いた。
「手足がもがれ、胴が止まれば、脳が動く。真はこれからですよ・・」
『ドゥオデキム』ジャヌアリ=カプリコーン、攻略完了。
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