第12話 EAST RING


イチノクニ学院校舎「東の薬」屋上。


その場所では、1組の男女が向かい合っていた。


「約束通り剣士の選抜者、さわら。対戦楽しみ、しらす」


男が携える刀に視線を向けて、女の方が言葉を漏らす。


(さわら? しらす?)


対する男。伍ノ国代表セイは、女の語尾に違和感を覚えながらも、その外見から情報をインプットしていた。


女は、発言とは裏腹に凛々しい見た目をしていた。

白を基調とした、弓道着のような衣装に身を包んでいる。長い黒髪を後ろで一本に括っており、露わとなったうなじが男の視線を引きつける。


そして何より、彼女の腰には立派な刀が。鞘にきっちりと収められた状態で携えられていた。


「私は参ノ国『知の王』。マーチ=ピスケス。同じ道を志す者同士、鎬を削りましょう、ほうぼう」


ピスケスは、鞘に手を添えた。




『マーチ=ピスケス VS セイ』


「まずはお手並み拝見といこうか」


セイは『残雪』を抜き取り、自分の体の前で振った。

合わせて黒い「斬像」が生まれる。『飛斬像』だ。


続いて『残雪』で突きを入れると、『飛斬像』は真っ直ぐにピスケスに向かった。


「しらす」


しかし、『飛斬像』がピスケスに到達することはなかった。

一刀両断といった言葉がぴったりの様子で、『飛斬像』はピスケスを避けるようにして、真っ二つに裂けたのだ。


(早すぎて見えなかった、だと・・)


顔には出さないものの、セイは驚いていた。

というのも、ピスケスが刀を抜く瞬間を、セイは捉えることができなかったのだ。


居合を得意とする敵と相対した経験もあったが、全く目で追えなかったのは初めての経験であった。


「いや、先入観は最大の敵、だな」


セイは剣士であると同時に、優秀な才の使い手だ。

そしてその事実は、おそらく相手にも当てはまる。


この世界においての武器の選択は、才との相性によって決められるのが普通だ。


(これで確かめるのが最善か)


セイは自分の中に生まれた仮説に従い、再び『飛斬像』を生み出した。

直接斬りつけに行かないのは、相手が剣士であるからだ。確証を持たずに剣士のスペースに入り込むことは、無謀を通り越して自殺行為である。


セイは『飛斬像』を5つほど生み出すと、順々に別々の強さで突いた。

これにより、『飛斬像』はそれぞれの速度でピスケスに迫る。


「さわら」


これも結果は同じ。全ての『飛斬像』はピスケスに到達する前に斬られた。

刀を抜き取る動作も、視界に捉えることはできなかった。


「そういうわけ、だな」


しかし、セイの目は一つの確信をもっていた。



「お前は刀を抜いていない。そうだな?」

「よく判りましたね、ほうぼう」


セイの言い分に、ピスケスは感心したようにうなずいた。


セイは刀を目で追えなかった事実を、ピスケスの抜刀のはやさによるものではなく、才の能力によるものではないかと当たりをつけた。

この仮説にたどり着いたのは、セイが才の闘いに慣れていたことと、己の目に絶対の自信を持っていたことの二つが大きかったと言えるだろう。


速度の違う『飛斬像』は、この仮説を確かめる為のものであった。

いくら居合に自信があろうと、続けて迫る脅威に対して、一度抜いた刀をいちいち鞘に戻すようなマネはしないだろう。


目で追えぬ太刀筋の正体が、才の能力とは関係のない純粋な武術であれば、全ての『飛斬像』を斬る間、刀は鞘から抜かれた状態となる。

これを捉えられないほど、セイの目は腐ってはいない。


セイの仮説は見事的中していたわけだ。


「私の剣は、刀の『ウオゴコロ』と、鞘の『ミズゴコロ』の二つで一つ。剣は私を生かし、相手を死に至らせる、しらす」


鞘に手を添えた状態で、ピスケスが答える。


「様子見は十分、だな」


セイは『残雪』を構えると、ピスケスに向かって駆けた。


剣士のスペースに入り込むことは危険な行為であるが、剣士同士の闘いにおいては避けては通れない道。

ピスケスの才の概要が分かったことで、セイは一気に迫った。


「これはミズだけじゃムリ、さわら」


ピスケスは刀を抜きとった。

彼女曰く、『ウオゴコロ』の全貌が露わとなる。


その見た目は、細く長く、滑らかで美しかった。

大きな特徴としては鍔がない。柄の方でも斬れてしまうような、一種の危うさのようなものを纏っているように感じられた。


程なくして、『残雪』と『ウオゴコロ』がぶつかり合う。


「思っていたより大きい、ほうぼう」


ピスケスが『残雪』を眺めて言葉を溢す中、セイは思考を巡らせていた。


(見えない斬撃は今のところない。刀を抜いた状態では発生しないのか・・)


セイの思考は、ピスケスの才の把握に向いていた。


「ウオは、ミズから顔を出すと存在が曖昧になる、しらす」


故に、とっさの出来事への対処が遅れた。


(っ!?)


交えていた刀から力が抜けたのを感じ取ると、次の瞬間には、眼前にピスケスの刀身が迫っていたのだった。


「あれ?入れ替わった、さわら?」


ピスケスの表情にも疑問が浮かぶ。


セイは自分の「残像」をその場に残し、退避したのだ。


「くっ・・・」


しかし、全くの無傷とはいかなかった。


彼の片目からは、真っ赤な血が流れていた。



ピスケスの刀『ウオゴコロ』は実物ではなく、彼女の才によって具現化されたモノであった。

つまり、その存在はピスケスの支配下にある、というわけだ。


今回ピスケスは、セイと刀を交えるなかで『ウオゴコロ』の存在を一時的に消失させた。

コレにより、『ウオゴコロ』は『残雪』を通り越すようにして、セイに迫ったわけだ。


その行為は、ある意味で『残雪』を受け入れる、ピスケスにとっても危険な行為であったが、突然のことにセイは咄嗟に逃げの手を打った。


その判断は今回に限っては間違いだったかもしれないが、未知の脅威に対する行動としては最善であったといえるだろう。


ともあれ、命取りになりかねなかったピスケスの攻撃を片目だけの被害に抑えられたのは、セイにとって幸運なことであった。


「つまりは攻めるしかない、というわけだな」


片目を押さえ、もう片方の目でピスケスを見据える。


こちらが力を緩めなければ、ピスケスが刀の存在を消すことは自殺行為となる。

相手の才の有効範囲も分からない以上、ここでの最善の選択は攻め続けることだろう。


セイは片目の傷を感じさせない軽やかな動きで、再びピスケスに迫った。



「なかなか手強い、しらす」


セイと刀を交えながら、ピスケスが笑みを浮かべる。

その顔は、闘いを楽しんでいるように見えた。


対するセイは、相手に隙を与えないよう攻め続けた。


二人の純粋な剣の腕は拮抗しているようで、いずれかの刀がいずれかの体に到達することはなかった。


「さわら?」


斬り合いの最中。異変を察知し、ピスケスは素早く身を引いた。

『残雪』の刀身に触れていないのに、ピスケスの衣装の一部に切れ目が入ったのだ。


「当たりどころが悪かったな」


セイは、残念そうに呟いた。


ピスケスがダメージを負ったのは、セイの「斬像」によるものだ。

彼が斬り合いの中で残した透明な「斬像」によって、ピスケスの衣装は斬れたのだ。


ピスケスに存在を気づかせることになる一撃目が、直接的なダメージに繋がらなかったことは、セイにとっては不幸なことであった。


「それならミズを与えるまで、ほうぼう」


ピスケスは未知の脅威の存在を認めると、これまで両手で握っていた『ウオゴコロ』から片手を離し、鞘に添えた。


それを合図に、彼女の周りにあった「斬像」が割れる音がした。

その鞘。『ミズゴコロ』の能力によって斬られたのだ。


彼女はそのまま、片手で『ウオゴコロ』を握り、もう片方の手は腰部の『ミズゴコロ』に添える構えをとった。

鞘に触れることで、『ミズゴコロ』による斬撃が彼女を守るようにして周囲に生まれるのだ。


これにより、彼女の周りに存在する「斬像」は、半自動的に『ミズゴコロ』によって斬られることになる。


「片手で捌けるほど、俺の刀は甘くはない」


対するセイは、「斬像」の存在がバレたことで、それを最大限に活かす方向にシフトした。

具体的には、空中にある「斬像」を足場とし、多方面からピスケスに迫ったのだ。


「これはなかなか厳しい、さわら」


セイの言葉通り、刀を握る手が両手から片手となったことで、ピスケスは押され気味となった。

が、その代わりに、彼女の周りには『ミズゴコロ』による見えざる斬撃が生まれるわけで、『ウオゴコロ』ほどの威力はないにせよ、迂闊に飛び込むわけにもいかない。


セイは「斬像」の足場を移動しながら、『ミズゴコロ』の範囲に入らないよう調整し、彼女を囲むように「飛斬像」を配置した。


「何をする気、しらす?」


移動して「飛斬像」を斬るべきか。ピスケスが結論を出す前に、セイは最後に生み出した「飛斬像」に向かって突きを入れた。


「ピタゴラスだ」


その「飛斬像」は別の「飛斬像」にぶつかり、動きだした「飛斬像」はこれまた別の「飛斬像」に・・といった具合に、配置された「飛斬像」は連鎖した。

して、彼女の周りをぐるぐると回るなかで、段々と彼女に迫っていった。


「こんな小細工、ミズの中では息もできない、ほうぼう」


しかし、ピスケスに到達する前に『ミズゴコロ』によって斬られてしまった。


「そいつらは餌だ」


その声は頭上から。

セイはピスケスが「飛斬像」の連鎖に気を取られている間に、「斬像」の足場を用いて上へ。そこから飛び降り、重力を乗せた一振りが今まさにピスケスに迫っていた。


「これは片手間ではムリ、さわら」


ピスケスは『ミズゴコロ』から手を離し、両手で『ウオゴコロ』を構えた。

避けるという手が一番有効な場面に見えたが、そうさせなかったのはピスケスの剣士の血が騒いだといったところだろうか。


「気に入ったぞ」


『残雪』に力を込め、セイが呟く。


その刀身が『ウオゴコロ』と接触するかと思われた、その時。


「しらす!?」


『残雪』は縮み、『ウオゴコロ』を躱すように、するりとすり抜けた。


いや、縮んだというのは的確ではない。

『残雪』は元のサイズに戻ったのだ。


『残雪』には「伸びる」という特性がある。

セイはこの闘いが始まる前に、『残雪』を少し伸ばした状態にしておいたのだ。


その企みは、相手から見た『残雪』の基準のサイズを変えることで、実質的な「伸縮」の効果を得るため。

実際には「伸びる」の特性しかないが、基準を誤認させれば、「縮む」の特性も得られるというわけだ。


この発想のヒントとなったのは、肆ノ国で行われた大会であった。

李空との共闘で、彼が生み出した『残雪』と逆の性質を持つ刀『雪解』から着想したモノだ。


もしかすると、セイが『ウオゴコロ』の奇襲を避けきれず、片目に傷を負ったのは、自分の思惑と似た相手の一撃に動揺してしまった部分もあったかもしれない。


「終わりだな」


思惑通り、『ミズゴコロ』が解除された状態のピスケスの眼前に着地したセイは、しゃがんだ状態で『残雪』を一気に伸ばした。

『ウオゴコロ』も、未だセイの頭上に構えられたままであり、邪魔するモノは一切ない。


『残雪』の切っ先が向かう先は、ピスケスの心臓。


伸びる『残雪』の刀身は、ピスケスの心臓部を確かに貫いた。


「どうなってる・・・」


だがしかし、セイの口から漏れたのは困惑の言葉であった。



セイが初めに覚えた違和感は、感触がない、というものだった。

『残雪』は確実にピスケスに届いたはずなのに、貫いた感触がまるでなかったのだ。


その後すぐに、セイは視覚情報から事実を知った。

『残雪』が貫いた彼女の心臓部に。そのピンポイントに、鞘。『ミズゴコロ』が存在していたのだ。


ピスケスの刀『ウオゴコロ』は実物ではなく、彼女の才によって具現化されたモノ。

それはピスケスの鞘『ミズゴコロ』においても同じことであった。


それすなわち、鞘の存在もピスケスの支配下にある、というわけだ。


「浮気は許さない、さわら」


彼女の胸を貫く形で存在する『ミズゴコロ』は、ピンポイントで『残雪』の刀身を呑み込んでいた。

少ない好機を得たセイが心臓を狙ってくることを、ピスケスは勘に近い感覚で予測していたのだった。


「なん、だと・・・」


異変を察知したセイが、ピスケスの体内を貫通するように存在する『ウオゴコロ』から『残雪』を抜くと、呑まれていた部分がすっかり消失していた。


「剣士と刀は一心同体。刀が折れれば、心も折れる、しらす」


さらに生存していた根元の部分も、まるで雪が溶けるように、はたまた命あるものが朽ちるように、段々と腐るように消失していった。


「・・・・・」


柄だけとなった『残雪』を眺めるセイ。

その顔は絶望しているようにも、ようにも見えた。


「せめてもの情け、ほうぼう」


そう言うと、ピスケスは『ミズゴコロ』を片手に収め、並行の状態で体の前へ。

それから、もう片方の手で握る『ウオゴコロ』を、からゆっくりと収めていった。


するとどうだろうか。動きに合わせて『ミズゴコロ』は消失し、『ウオゴコロ』は水を得た魚のように、妖しく光ったではないか。


それと同時に、屋上全体に残っていた「斬像」が一斉に斬られた。

そう、『ウオゴコロ』と『ミズゴコロ』が一つとなったことで、ピスケスは両方の効果を最大威力で放出できる状態となったのだ。


「水中に居るかのような息苦しさ。この感覚ひさしぶり、さわら」


この状態にある時、ピスケスの体には相応の負荷がかかる。

反動が大きく、維持できる時間は限られている。


どうやらピスケスは、ここで勝負を終わらせるつもりのようだ。


「・・・なに、しらす?」


直後。ピスケスは、頭上からキラキラとした物質が降ってくるのを認識した。


「終末の雪だ」


その正体は、溶けぬ雪。白い「斬像」。『雪斬像』であった。

セイは闘いの中で、この『雪斬像』も同時に生成していたのだ。


上空に浮かぶように存在していたこの『雪斬像』が、今回の最大威力の『ミズゴコロ』の効果によって斬られた。

そのカケラが、まるで雪のように二人の間に降り始めたのだ。


「最後の白よ。力を貸してくれ」


柄だけとなった『残雪』を、真上に掲げる。


セイの言葉に応えるように、しんしんと降る『雪斬像』は、『残雪』の元に集まっていった。


「嫌な予感、さわら・・・」


ピンと張り詰めた空気。

ピスケスは、屋上の温度が、心なしか一気に下がったように感じた。


集結した『雪斬像』のカケラは、柄だけとなった『残雪』に、仮の刀身を与えた。カケラが集結し、刀身を象ったのだ。

以前よりも長く、恐ろしいほどに滑らかな刀身は、見る者の背筋を凍らせるに十分であった。


「せめてもの情けだ。一瞬で終わらせてやる」


白い息と共に、セイが言葉を吐く。


腰を落とした状態で切っ先を体の後ろに向け、半身の構え。

一切のムダがないその構えに、ピスケスは身体が凍りつくような錯覚を覚えた。


「『終末の雪・忘れ形見』」


空気を斬り裂くような一閃は、遅れて衝撃の波を生んだ。


ピスケスも刀を振るうよう脳内信号を送ったが、その腕が動き始めるよりも前に、勝敗は決していた。


役目は終えたと、『残雪』の刀身を象っていたカケラがきらきらと砕けて消えていく。


「・・ありがとう。父さん、母さん」


ふと空を見上げるセイ。

彼を労うように、負傷した片目に最後のカケラが落ちた。


「レオ──・・」


凍りついたピスケスは、最後に最愛の者の名前を口にした。



『ドゥオデキム』マーチ=ピスケス、攻略完了。

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