第11話 EAST LITTLE


イチノクニ学院校舎「東の小」屋上。


才を授かったばかりの幼き子ども達が通う校舎の屋上では、二人の男性が向かい合っていた。


「久しぶりだな」


その一人。三仙人ら協力のもと、繰り上がり解除の儀式を終え、力を取り戻した剛堂盛貴が口を開く。


「久しぶり?はて、どこかでお会いしましたか?」


一方の片眼鏡の男。肆ノ国『知の王』エイプリル=アリエスは、とぼけた顔で答えた。


アリエスが覚えていないのも無理はない。


剛堂がアリエスの姿を目にしたのは、『TEENAGE STRUGGLE』決勝の日のこと。

黒い杖でセウズの全知を奪ったアリエスの姿を、剛堂は一方的に見ていたのだ。


その光景は、剛堂にとってひどくショックなものだった。


現役時代。剛堂は、ナンバーツープレイヤーとしてセウズの背を追っていた。しかし、その背中にはとうとう手が届かなかった。セウズという存在は、剛堂にとって唯一の超えられなかった壁として刻まれたのだ。


しかし、いま目の前にいるこの男は、そのセウズをいとも簡単にねじ伏せた。

試合の直後であったとはいえ、まるで赤子の手をひねるように、絶対王者セウズを無力化し、力の半分を奪ったのだ。


アリエスの存在は、剛堂の闘志に火をつけると同時に、圧倒的な無力感を植え付けた。


しかし、流れる時のなかで状況は目まぐるしく変化した。


繰り上がり解除の儀式を終えて力を取り戻したかと思えば、円卓の怪しい場所に移動。今度は見慣れた学院の校舎の屋上に立っている。

一体全体何がどうなっているのかは分からないが、闘いたいと願った男の前に、闘える状況で自分がいる。剛堂にとってはそれが全てだった。


「覚えていようがいまいがどちらでもいい。さあ、始めようか」


アリエスの余裕な表情を見据え、剛堂は笑った。




『エイプリル=アリエス VS 剛堂盛貴』


「真の闘いを始める前に、少々お時間をいただいてもいいですか?」


今にも闘いを始めようとしていた剛堂に、アリエスが待ったをかける。


「なにをするつもりだ?」


怪訝な顔で剛堂が尋ねる。


「才の説明ですよ。私の才は大きく分けると能力の付与と剥奪の二つなのですが、この内の付与を行使するには、対象者とその能力の影響範囲に在る者に、能力の概要と制約を開示しなければならないのです。正式な拒否があった場合はその限りではありませんが」


アリエスは剛堂の返答を待つような沈黙をつくった。


才の発動条件が情報の開示であるパターンは多い。己の才の性質上、多くの才と向き合ってきた剛堂は、誰よりもそのことを把握していた。


しかし、アリエスの罠という線もある。制約は全く別のモノであり、時間稼ぎの為に口から出任せを言っている等のケースだ。

が、黒い杖からも分かるように、アリエスの才は非常に強力であり、全くの未知数だ。ここで才の開示を拒否する行動は、敗北を決定的にする致命的なミスになりかねない。


「いいだろう。聞いてやる」


一瞬の内に思考し、剛堂は答えた。

普段は頭の切れる印象の薄い剛堂であるが、こと闘いとなると別だ。ナンバーツーの称号は伊達ではない。


「わかりました。まずは剥奪について軽く話しましょう」


そう言うと、アリエスは右手に例の黒い杖を握った。


「この『剥奪の杖』で触れることで、対象の能力を剥奪することができます。対象はあくまで才の一部であり、才そのものを剥奪することはできません。それから──」


今度は、左手の前にタブレットのようなモノが出現した。右手の杖は消滅している。


「剥奪した能力はこのタブレットに保存され、リスト化された能力の内、選択されたモノが付与の対象となります。同時に選択できる能力の数は3つ。一つでも能力を付与している時、剥奪の能力は扱えません」


「つまり、あの杖は戦闘中も自由に取り出せるわけではないわけか」と、剛堂は頭の中で情報を整理していく。


「付与する能力は剥奪した時の制約を引き継ぐ為、強い順に能力を選択するというわけにはいきません。強力な能力には強い制約が付き物ですからね。肆ノ国の大会で剥奪した門も能力は面白そうでしたが、今回は見送りです」


それは肆ノ国で行われた大会でのこと。ハテスの渾身の技である『冥府の扉』を剥奪したアリエスだが、「死を感じる」という発動条件から、今回の闘いにおいては付与の対象にエントリーはされなかったようだ。


「才は使い方で零にも百にもなる。組み合わせることで無数の可能性を生み出すことができるというわけです」


アリエスの言葉に、剛堂は心の中で深く頷いた。


「それでは今回使用する能力を一つずつ紹介していきましょう」


アリエスがタブレットを操作すると、タブレットの下部から3枚の紙が順番に出てきた。


「一つ目の能力は『迷える仔羊(ストレイシープ)』です。これはぬいぐるみ遣いの才『ドール』の一部の能力で、羊のぬいぐるみを大量に生成することができます。同時生成可能数は99匹。一番の特徴は、という点です」

「拒むと爆発、だと?」

「ええ。この才の持ち主であった少女は、ぬいぐるみが大好きでした。その中でも羊のぬいぐるみは大のお気に入り。その愛情は大きく、才として授かるほどでしたが、成長と共に少女とぬいぐるみの心の距離は段々と離れていきました」


昔話をするように、アリエスは話を始めた。


「そんなある日、少女の心は遂にぬいぐるみから完全に離れた。その瞬間、『迷える仔羊』の秘められし制約が発動。少女は爆発に巻き込まれ、死亡したのでした」


語り終えると、アリエスは紙の一枚を自分の体に貼り付けた。

まるでシールのようにペタっと張り付くと、その紙はアリエスの体に溶け込むようにして消えた。


「二つ目の能力は『闘う執事(バトラーバトラー)』。命を持たざるモノに命を吹き込み、従順な戦士とする能力です」


何事もなかったように、アリエスの説明は続く。


「『付与の杖』と呼ばれる白い杖で触れることで、従順な戦士には必要ない感覚は完全に除去されたバトラーを生み出すことができます」


2枚目の紙がアリエスの体内に取り込まれる。

彼の右手に、白い杖が握られた。


「まるで私の為に生まれた能力のようでしょう?見つけた瞬間に一目惚れして、奪っておいたのですよ」


オリジナルである『剥奪の杖』と違い、『付与の杖』は奪った能力の一つ。

故に、付与対象の能力の一つとして扱えるようだ。


既に二つの能力を有したアリエスは、動きを見せた。


『迷える仔羊』で羊のぬいぐるみを1匹生成。両手サイズの可愛らしいぬいぐるみに、『闘う執事』の「付与の杖」を当てる。

程なくして、羊は剛堂を目標にゆっくりと歩き始めた。


(『迷える仔羊』の制約は「拒むと爆発」する、だったな)


次々と語られる情報を整理する剛堂に、命を吹き込まれた羊のぬいぐるみがゆっくりと近づく。


「それから3つ目の能力。『嘘つきの末路(フールプルーフ)』。この能力は、対象を片目で捉え、もう片方の目を3秒以上瞑ることで、能力の制約の一部を書き換えることができます。しかし、変更後の制約と書き換え前の制約は同等のレベルでなくてはなりません。二撃必殺を一撃必殺にしたり、命がないモノに限るという条件を命あるモノも可といった変更は不可能です」


アリエスは淡々と語ると、3枚目の紙も取り込んだ。


時を同じくして、羊が剛堂の元に到着。

『迷える仔羊』の制約に従い、拒まずに受け入れたことで爆発は回避したように思われたが。


「なんだ・・・」


チッチッチッ、と羊から怪しい音が。

数秒後。剛堂を巻き添えに羊は爆発した。



「・・・なるほど。『迷える仔羊』の制約を、『嘘つきの末路』で書き換えたというわけか」


剛堂は無事だった。

爆発をものともしていない様子で、推理を述べている。


「ご名答。爆発の条件である『拒む』を『受け入れる』に書き換えました」


対するアリエスも、相手が羊1匹分の爆発では傷一つ負わないことを想定していたのだろう。特に動揺した様子を見せずに解説している。


その言葉の通り、アリエスは『嘘つきの末路』を宿すと同時に片眼鏡を掛けていない方の目を閉じ、羊に対して能力を発動していたのだった。


「説明は以上です。それでは、真の闘いを始めましょう」


そう口にすると、アリエスは羊の生成を次々と行った。

『迷える仔羊』でぬいぐるみをつくり、『闘う執事』でバトラーとする。繰り返されるこの作業のなかで、アリエスは幾つかの羊に対して『嘘つきの末路』を発動する素振りを見せた。


無論、その全てが必ずしも制約の書き換えを行ったとは限らず、爆発の条件が「拒む」と「受け入れる」以外のモノに書き換えられる可能性もある。

また、書き換えた後にもう一度別のモノに書き換えることも恐らく可能であり、羊の制約を完璧に把握することは不可能に近い。


「いやらしい組み合わせだな」


剛堂は苦笑を浮かべると、パチンと指を鳴らした。

それと同時に、剛堂の眼前にアタッシュケースが出現。慣れた手つきで開くと、幾つかのメモリが露わになった。


さて、剛堂の才『チーミング』であるが、メモリとして保存した才の情報を食らうことで一時的に才を借りることができる、といった代物である。

メモリの数の分、無限の選択肢を得ることができるのが強みの才であるが、今現在、剛堂のアタッシュケースの中には十数個のメモリしかない。


それらのメモリというのは、剛堂が自分で用意したモノではない。

というのも、繰り上がりの日までに保存しておいたメモリの全てを、剛堂は李空との修行にて消費したのだ。


それなら、今現在アタッシュケースの中にあるメモリは、一体どこから湧いたのか。


結論を述べると、このメモリというのは、エンちゃんが生成したサイアイテムである。

六下の依頼に文句を垂れていたエンちゃんであるが、きっちりと仕事をこなしていたのだ。


しかし、期限が短かったこともあり、その数は十二個が限界であった。複製されたサイアイテムということで、オリジナルよりも一回り大きいのが特徴だ。

精度も本物通りとはいかず、才の性質によっては保存できないモノもあった。


して、コレを受け取った六下は、各国の代表に二つずつ配った。

狙いは勿論、強力な才の情報を保存してもらうことだ。


同盟を結んだ各国の代表はこの要請に応じ、それぞれ才の情報を提供してくれたのだった。


そうして、今。剛堂の手元には、各国代表の強力な才が集められている。


「先ずは羊を近づけないことだな」


剛堂はアタッシュケースから二つのメモリを取り出し、口に放った。『チーミング』の同時発動可能数は二つだ。


サイアイテムであるメモリには丁寧にラベリングがされており、どの才の情報が保存されているのか判るようになっている。


今回剛堂が食らった二つのメモリには、それぞれ『フロウ』『スパイラル』と書かれていた。



『フロウ』。それは、参ノ国代表フィート・ミ・アイデーの才。音の波を操る能力だ。

『スパイラル』。それは代表選手ではなく、三仙人の一人である空仙人の才だ。


どうして三仙人の才が混ざっているのか。その理由は、メモリがオリジナルではなくサイアイテムであることにあった。


六下は六国の代表たちに二つずつメモリを渡したが、この内の肆ノ国代表に関しては、誰一人として才の情報を保存することができなかった。

この報告を受け、余ったメモリをどう割り振るか考えていた六下に、三仙人が名乗りを上げたのだった。


彼らの才は繰り上がりを繰り返したことで質が落ちているが、元は強力な才である。

して、メモリに保存するのはあくまで情報であるため、繰り上がりは関係ない。まさに適任というわけだ。


この提案を受け、六下は一つ余っていた壱ノ国の分を合わせた3つのメモリを、それぞれ三仙人に割り当てた。


この内の一つである『スパイラル』。その能力は、風を操るというモノだ。


『フロウ』と『スパイラル』の合わせ技。

波と風による大嵐は、羊の大群を追い払うには十分であった。


段々と勢力を増す嵐に、次々と呑み込まれていく羊たち。

アリエスは、その光景をで眺めていた。


剛堂は嵐を操作し、羊を全て回収した。

この時には、アリエスは限界値に近い数の羊を生成していた。


羊の回収を終えたことで、自分に爆発の被害がおよぶことはない。そのままアリエスも巻き込もうと、剛堂が嵐を操作する。

メリーゴーランドのように回る、羊を乗せた嵐がアリエスの眼前まで迫った、その時。


羊の大群が一斉に爆発。

大嵐は、アリエスに到達する前に消滅した。


「上手くいきましたね」


晴れ渡った屋上で、アリエスが薄く笑う。


アリエスは大嵐を認めると同時に、『嘘つきの末路』で羊の爆発の条件を「受け入れる」に統一した。

嵐に呑み込むという行為は「拒む」に当たる。羊の爆発条件は「受け入れる」である為、嵐に呑まれた時点で羊が爆発することはなかった。


して、羊の回収が終わった頃。アリエスは羊の爆発条件を、今度は「拒む」に統一した。

これにより全ての羊が発動条件をクリア。内部で起きた大爆発により、嵐は綺麗さっぱり消滅したというわけだ。


「時間か・・」


剛堂の才『チーミング』には制限時間がある。

もう一度「大嵐」を生成し、アリエスを追い詰めたいところだが、どうやらそれは叶わない。


剛堂は新たなメモリを手にし、口に入れた。



剛堂が次に選んだのは、参ノ国代表ロス・ファ・ルーマの才『パンチライン』であった。


指を鳴らし、羊に対して『パンチライン』を発動。

これによって剛堂が得た、羊の弱点を突く武器。それは、見た目同じの羊のぬいぐるみであった。


「・・・なるほど。そういうことか」


才の意図を理解し、剛堂がもう一つのメモリを手に取る。

そこには『フィッシング』とラベリングがされていた。


海仙人の才『フィッシング』によって釣竿を具現化すると、剛堂は『パンチライン』で得た羊のぬいぐるみを餌として取り付けた。

そのままオーバーヘッドキャスト。釣竿の動きに合わせて羊のぬいぐるみは綺麗な弧を描き、羊の群れのど真ん中に着地した。


剛堂は一体何をしようとしているのか。

そのヒントは、羊の習性にあった。


今回『パンチライン』にて、羊の弱点を突くことができる武器として与えられた、同じ見た目のぬいぐるみ。

この結果から剛堂が導き出した答えは、『迷える仔羊』の羊は動物の羊の習性を引き継いでいる、というものであった。


羊は群れで行動するという習性を持つ。この習性からも分かるように、羊というのは基本的に臆病な動物であるといえるだろう。


この情報を踏まえた上での、全く同じ見た目のぬいぐるみ。

これを羊の群れに投げ込み、ひどく怯えた挙動を演出すれば、羊の群れは統率を乱すはず。この混乱を利用し、羊の群れに逆にアリエスを襲わせる、というのが剛堂の狙いであった。


「「「メエエエエェェ!!」」」


効果は覿面であった。

剛堂が器用に操作するぬいぐるみに合わせて、羊の進行方向は180度反転した。


『フィッシング』の本質は騙すことにある。

今回の剛堂の使用用途は、ある意味で本質を捉えているといえるだろう。


「執事が主に牙を剥くとは。これは躾が必要ですね」


自分の方に向かってくる羊の群れが、アリエスの片眼鏡に映り込む。


「これは好機だな」


剛堂は、釣竿を操りながら羊の後ろに続いた。

羊の群れでアリエスの動きを制限し、剛堂自ら攻撃を入れようという考えだ。


が、剛堂の思惑はまたしても阻止された。

アリエスに到達する前に、羊の群れはまたしても爆発したのだ。


「今度はなんだ・・・」


爆発による風で吹き飛ばされた剛堂が呟く。


「貴方の言動の全てが爆発の条件になり得る。羊の爆発は免れませんよ」


アリエスは余裕を崩さない態度で言った。


これまで爆発の条件として設定されていたのは「拒む」と「受け入れる」の二種類。

今回の剛堂の行動はこのどちらにも当てはまらないものであったが、アリエスは『嘘つきの末路』にて三つ目の条件を羊に与えた。


それというのは、「追う」。アリエスに攻撃を入れることを目的とした剛堂の行動であったが、結果として羊を追う形になっていた。

これにより条件をクリア。羊はアリエスに到達する前に爆発したのだった。



「残すはこれだけか・・」


心許なくなってきたアタッシュケースの中身を眺め、剛堂が呟く。

暫く吟味する素振りを見せ、新たに二つのメモリを手に取った。


「コレは・・・」


目の前に起きた異変に、アリエスは羊を生成していた手を止めた。

彼の目前には、新たにもう一人の自分が存在していたのだ。


鏡合わせになった、片眼鏡を逆の目に掛けた自分をしげしげと眺める。

その裏では、羊の爆発音が響いていた。


アリエスの偽物は、剛堂が新たに食らったメモリの内の一つによって生み出されたモノである。

元となった才は『ミラーリング』。陸仙人の才だ。


「どうした?自分に見惚れでもしたか?」


と、そこに羊の群れを掻い潜ったらしい剛堂が。

その手が本物のアリエスの胸を捉えると、花のような紋章が浮かび上がった。


「『立直』。二撃必殺の的だ」


剛堂は短く言い放ち、アリエスから距離をとった。

今回、剛堂が宿したもう一つの才。それは弐ノ国代表ハツの『立直』であった。


「・・・・」


剛堂の言葉を受け、アリエスが警戒を強める。

そんな彼の周りには、『ミラーリング』によるアリエスの虚像が次々と発生し、視界を遮った。


二撃必殺の隙を与えた状態で、相手がいつ仕掛けてくるか分からないという緊張状態。

虚像を払うのも選択肢としてあるが、それが罠である可能性も大いにあるため、アリエスは様子見を続けた。


どのくらいの間そうしていたか。

虚像の奥で響いていた爆発音が止んだ頃、アリエスの視界も晴れた。


「耐えた、のですか・・・」


時を同じくして、『立直』の的も消えた。

虚像が消え去った先には、不敵な笑みを浮かべる剛堂の姿があった。


「いいや。だ」


続け様に、剛堂は二つのメモリを同時に食らった。

それと同時に、剛堂の体が変化した。といっても肥大化したり、凶暴化したわけではない。


剛堂の体は、可愛らしい『ウサギ』になっていた。


「なんだ・・・」


その姿に、アリエスは混乱気味に呟いた。


体は縮み、見た目は完全にウサギだが、剛堂の名残も色濃く残っている。

陸ノ国代表ラビの才を宿した剛堂の見た目は、可愛らしさと逞しさをごちゃ混ぜにした歪なモノであった。


特異な存在を前に、アリエスは警戒を目に宿しながら、羊を向かわせた。

爆発の条件は「拒む」と「受け入れる」が半々。「追う」が発生する可能性は極めて低いという考えのもとの判断だ。


「さあ、羊狩りの時間だ」


ウサギの見た目をした剛堂が、目を鋭く光らせる。

次の瞬間。小さな体の一部。「口」だけが異様に大きく開かれた。


涎を垂らした口は、『ワニ』さながら。

剛堂が食らったもう一つのメモリは、陸ノ国代表ダイルのモノだったのだ。


『ウサギ』と『ワニ』の合成獣。

可愛らしい見た目からは想像できな凶暴な大口は、羊たちを次々と呑み込んでいった。


この行為による羊の爆発は起こらなかった。

羊を「呑み込む」。これは「拒む」と「受け入れる」の両方共に引っかからない行為なのだ。


先ほどの『立直』と『ミラーリング』の組み合わせは、この「呑み込む」という行為を見つけ出す為のものだった。


まず『立直』。これはアリエスの動きを制限する為のブラフであった。

『チーミング』で宿した二撃必殺は、完璧に作動するケースが少ない。故に、一つの罠として消費したのだ。


次に『ミラーリング』。アリエスのミラーでアリエスの視界を塞ぐと同時に、その裏で剛堂は自分のミラーも生成していた。

その思惑は、羊の制約の抜け穴を探すこと。自分のミラーに対しても爆発が起こることを確認した剛堂は、ミラーを使って実験を行っていた。


その成果として、「拒む」と「受け入れる」どちらの判定にもかからない「呑み込む」という行為を発見したのだ。


それとは別の「追う」という条件の詳細を剛堂は把握していなかったが、羊がアリエスを追いかける等の特殊な状況を生み出さなければ、アリエスがその制約を付与する可能性は極めて低い。


そこまで思考を巡らせての、この合成獣であった。


「ご馳走さん」


ウサギの機動力とワニの強靭な顎を以って、羊は全て剛堂の胃の中におさまった。


羊は爆発しておらず、剛堂の体内に在る為、アリエスは新たな羊を生み出すことができない。


「これは参りましたね」


片眼鏡を外して目頭を押さえ、アリエスが呟く。


剛堂が羊を体内に呑み込んだことで、アリエスは『嘘つきの末路』の発動条件の一つである「対象を片目で捉える」が難しくなった。

よって、剛堂もろとも盛大に爆発、とはいかないように思えたが。


「なんだ」


見ためウサギ状態の剛堂が、突如もこもこ状態になった。

もこもこの正体は羊の毛。どうやら「ウサギ」兼「ワニ」という不安定な状態に「ヒツジ」まで取り込まれたことで、突然変異を起こしたようだ。


「どうやら、運は私の方に向いているようですね」


羊が体外に溢れ出たことで、『嘘つきの末路』が発動可能に。

アリエスの表情にも余裕が戻った。


「まあ、そう慌てるな」


もこもこのウサギ状態の剛堂が、落ち着き払った声色で言う。

その姿のままアタッシュケースを呼び出すと、短い手で一つのメモリを器用に口に入れた。


「今おれが食べたのは、『ターゲット』という才だ。これでお前の表情をじっくりと観察し、羊の爆発条件が変わるタイミングを正確に把握することができる」


一旦は話を聞いてやると、アリエスが静かに耳を傾ける。


「『嘘つきの末路』発動のための3秒間。その時間は、今の俺がお前のもとにひとっ跳びするには十分すぎるものだ」

「・・つまり、私が羊を爆発させれば私自身も巻き込むことになると。そういうわけですね」


剛堂の話はこうだ。


現在、剛堂が宿している才は、『ウサギ』と『ターゲット』の二つ。『ターゲット』を取り込んだ時点で、『ワニ』は消滅した。

して、アリエスは剛堂が呑み込んだ羊の制約を書き換えることで大爆発を起こすことが可能だが、剛堂は『ターゲット』によってそのタイミングを知ることができ、『ウサギ』の機動力でアリエスを巻き込むこともできる。


アリエスが『嘘つきの末路』発動のために片目を瞑った瞬間。二人の被爆が確定するというわけだ。


「その通りだ」


説明を終えると、剛堂はゆっくりとアリエスに近づいていった。


硬直状態といった言葉がぴったりの状況に思えるが、剛堂には制限時間がある。これを越えれば、アリエスはなんの危機感も覚えずに羊を爆発させることができるわけだ。


故に剛堂は攻めるしかないが、『ターゲット』があるとはいえ、激しい動きは相手の動きを見過ごす隙になり得る。

このジレンマからくる、じりじりと詰め寄る、という剛堂の行動であった。


「いいですね。覚悟の決まった目だ」


アリエスは外していた片眼鏡を掛け直し、剛堂をまっすぐに見据えた。


キリキリと張り詰めた空気が、屋上に静寂を生み出す。

『ターゲット』でアリエスの顔を観察する剛堂だが、片目が閉じられる気配はない。


間合いを詰め、一方的に始末可能な距離をはかる剛堂。

「そろそろ頃合いか」と、いざ攻め入ろうと足に力を込めた、その時。


羊は大爆発を起こした。



なぜ、爆発が起きたのか。

それは他でもない。アリエスが『嘘つきの末路』で羊の発動条件を書き換えたからだ。


しかし、『ターゲット』で観察した限り、アリエスが片目を瞑った様子はなかった。

では、どのようにして『嘘つきの末路』を発動したのか。その秘密は、アリエスの片眼鏡にあった。


一度外し、掛け直した片眼鏡。この時、眼鏡には細工が施されていた。

といっても難しいものではない。レンズに自分の目のシールを貼り付けたのだ。


このシールは、アリエスが事前に用意しておいたモノで、タブレットから生成される紙を用いて作られたモノだ。

あの紙は裏がシールになっており、『付与』意外にもこういった使い方もできるのだ。


これにより、見た目上のアリエスは両目を開いた状態となるが、実際は片眼鏡を掛けていない方だけが見えている状態となる。

片眼鏡の奥の目を瞑れば、剛堂に気づかれずに『嘘つきの末路』の発動条件を満たすことができるというわけだ。


剛堂が偽物の目に気付けなかったのは、単純なトリック故の盲点といったところか。

さらに、これまでアリエスは毎度片眼鏡を掛けてない方の目を閉じて『嘘つきの末路』を発動しており、剛堂は無意識のうちにそちらの目の方に注意を引き付けられていたのだった。


「一体どういうわけですか・・・」


が、爆発に巻き込まれたのはであった。

細工を施した片眼鏡が、爆発の衝撃で割れ、地面に転がっている。


「野生の勘って奴かな」


無傷の剛堂は、飄々と答えた。


意識的に意識を逸らされていた剛堂であるが、深い意識のなかでは、微かな違和感を覚えていた。

それは「瞬きをしない」「目に生を感じられない」などの断片的な情報からくるものであったと、ことが起きた後の今では推察できるが、剛堂が爆発から逃れられたのは熟練の戦士としての勘といったところだろうか。


さて、剛堂がどうやって羊から脱出したのかであるが、これは新たなメモリによるものであった。

そのメモリに保存されていた才は『コーディネート』。伍ノ国代表アーチヤが持つ、座標を操作する能力だ。


剛堂はとっさにこのメモリを食らい、自分とアリエスの座標を入れ替えたのだ。


体内にある羊を相手に移すようにして、位置を入れ替える。

このような操作は本来熟練の者にしか扱えない芸当であるが、極限まで追い詰められた剛堂は、これを可能にした。


「これは少々、想定外ですね・・・」


よろよろと立ち上がったアリエスが、片目を押さえながら呟く。


現在、羊は1匹もおらず、アリエスはボロボロの状態。

形勢は一気に剛堂に傾いたと思われたが、アリエスの顔にはまだ余裕の色が残っていた。


「貴方は一つ、重大な過ちを犯した──」

「ハッタリはよせ」


アリエスの言動は時間稼ぎであると判断し、剛堂がメモリを一つ口にする。

その中身は『平和』。弐ノ国代表ハクが持つ、迫り来る悪意に神の鉄槌を下す能力だ。


防具であり武器でもあるこの力だけを宿し、見た目も元に戻った剛堂が、トドメを刺さんとアリエスに向かう。


「ハッタリではありません。事実です」


そんな彼の動きを、アリエスは一瞬で止めた。

その右手には、あの『剥奪の杖』が握られていた。


「しまっ──」


気づいた時には遅かった。

剛堂は、『平和』の能力が体から抜けていくのを感じ取った。


本来、『剥奪の杖』は「才」そのモノを奪うことはできないが、剛堂が使用するのは才の情報であり、それは能力の一部と認識されるため、「剥奪」は可能である。


考えてみれば単純な話だ。「付与」の一部である羊を操る能力を維持していないのなら、今のアリエスは「剥奪」の力を使える状態にあるということだ。


「今のは過ちの二つ目。一つ目はですよ」


しかし、ことはそう単純な話ではなかった。

アリエスはタブレットを呼び出し、『平和』を「付与」した。


『平和』の元の持ち主は剛堂という判定であるため、才の概要及び制約の開示は省略可能だ。


と、問題はそこではない。『平和』を「付与」したにも関わらず、アリエスの右手には『剥奪の杖』が握られたままなのだ。


このトリックは、剛堂がアリエスのミラーを生成した時、既に仕込まれていた。

自分のミラーに対し、アリエスは『嘘つきの末路』を発動していたのだ。


その内容というのは、自分自身の才について。

『剥奪の杖』を「剥奪」することで、「付与」の対象の一つとしたのだ。


つまり、アリエスは『剥奪の杖』を扱える状態で、二つの能力を付与できるようになったのだ。


「それからもう一つ。とっておきをお見せしましょう」


そう言うと、アリエスは左手に『付与の杖』を握った。

つまり、現在のアリエスは『剥奪の杖』と『平和』と『闘う執事』を「付与」していることになる。


して、アリエスは「付与の杖」を自分の胸に当てた。

それを合図に巨大化。アリエスは、自分自身を「闘う執事」としたのだ。


「・・・おいおい。『闘う執事』は、命を持たないモノに命を吹き込むという話だっただろ」


低い声色で剛堂が呟く。


確かに、アリエスは『闘う執事』を


”命を持たざるモノに命を吹き込み、従順な戦士とする能力”


と説明していた。


「命を持つモノには発動できない、などとは一言もいっていませんが」


アリエスは、とぼけた声色で返した。


確かに嘘はいっていない。


よく考えれば、


”従順な戦士には必要ない感覚は完全に除去されたバトラー”


という説明は、対象に感覚があることを前提としたものであるとも捉えられる。


何にせよ、一つだけ確かなことは、形勢が一気にアリエスに傾いたということだ。


『闘う執事』で、痛みや恐れを完全になくしたバトラーとなったアリエス。

右手には能力を奪う『剥奪の杖』が握られており、侵入を拒む『平和』のおまけつき。


「残りはコレだけ、か・・」


対する剛堂の手には、一つのメモリだけが残っていた。

ラベリングされた文言は、『ケルベロス』。壱ノ国代表、犬飼みちるの才だ。


剛堂は『ケルベロス』の情報が保存されたメモリの存在を認知しながら、ここまで使用するのを躊躇ってきた。

それは、この才の凶暴さを身に染みて理解しているからだ。


この凶暴な獣を飼い慣らす自信を、剛堂は生憎持ち合わせていなかった。


「・・・・ん?」


手中のメモリを眺める視界の隅に、剛堂はあるモノを捉えた。

その場所というのは、開かれたアタッシュケースの角。


オリジナルより一回り大きい、えんちゃん製のサイアイテムであるメモリに隠れるようにして、そのオリジナルのメモリは突然湧いて出たように存在していた。


それこそ、箱の中の存在を曖昧なモノとする『ブラックボックス』のように。



「お前らは次の『壱』を背負う者達だと、俺は今でもそう思ってるよ」


剛堂はそう口にし、二つのメモリを口にした。

一つは、犬飼みちるの『ケルベロス』。もう一つは、墨桜京夜の『ブラックボックス』だ。


「探り合いはもう十分だ。泣いても笑っても、残された時間は3分間。ここらで決着をつけようや」


アリエスを見据えて、剛堂が言う。


「いいでしょう。執事と忠犬。主に忠誠を誓う身どうし、どちらが上位か決めましょう」


剛堂を見据えて、アリエスが言う。


程なくして、剛堂が才を発動した。


暴走気味の『ケルベロス』を、剛堂は一体どのようにして飼い慣らす気なのか。

剛堂が取った選択肢は、『ブラックボックス』を用いる、というものだった。


これまで「ブラックウォール」や「ブラックシールド」など、『ブラックボックス』を用いた様々な技を披露してきた京夜。

その内の一つである「ブラックチェーン」に、剛堂は目をつけた。


伍ノ国戦で使用したこの技で、『ケルベロス』に首輪をつけようというのだ。


剛堂が生み出す「黒い鎖」は多少歪であったが、首輪の体を成していた。

今にも暴れ出しそうな猛犬を、かっちりと制御している。


三つ首の影犬はみるみると大きくなり、巨大化したアリエスと肩を並べた。


「地獄の番犬」と「闘う執事」は互いに睨み合い、どちらからともなく動き出し、ぶつかり合った。




───3分後。


「東の小」屋上では、二人の男性が仰向けに寝転んでいた。


「えぬ、おぅ・・」


アリエスは瀕死状態であった。

うわごとを言うように、主の名前を口にしている。


死闘の末、二人の闘いは剛堂に軍配が上がったのだ。


「今度こそ終わりだな・・・」


少し前にも味わった感覚。

力が段々と失われていくのを肌で感じながら、剛堂がぼやく。


しかし、この時の剛堂の胸中を支配していたのは、喪失感よりも満足感の方だった。

彼は今、一つの闘いにピリオドを打ったのだ。


「後は任せたぞ」


吹き抜けた風に目を閉じた剛堂の顔は、ひどく晴れやかであった。



『ドゥオデキム』エイプリル=アリエス、攻略完了。

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