第9話 EAST LEG


イチノクニ学院校舎「東の足」。東の学生の担当教師が利用する職員棟の屋上で、一人の女は佇んでいた。


その女性は、背丈が非常に高かった。真っ黒のドレスで全身を隠し、頭部にも黒を基調とした装飾が施されている為、素顔は判らない。

とにかく背丈が高い。女性の見た目から得られる情報は、それと片手に鞭のような紐を持っていることくらいである。


「来たわね」


見た目から想像するよりも低い声色で、女が呟いた。


「・・なんだか、おんなじ匂いを感じるでありんすね」


その視線の先。他の選抜者と同様に召集された借倉架純は、女性を見上げて感想を述べた。

以前の闘いで見せた、自分を巨大化させる技から既視感を抱いたのかもしれない。


「おんなじ、ね。確かにそうかも」


ドレスの女性は、意味ありげに頷いた。

続いて腕を振り、手に持つ鞭のようなモノをしならせた。


その動きに合わせて、地面から何体かの「傀儡」が湧き出てきた。

材質は泥。それとも木だろうか。ヒトを模した10体の人形は、よちよちと幼稚な格好で歩き始めた。


恐るるに足りない。「傀儡」の動きにそんな感想を抱いた架純であったが、短い時間の中で印象は一変した。

総勢10体の「傀儡」は、それぞれ別々の「才」のようなモノを宿したのだ。


「これは骨が折れそうでありんすね」


その光景に、架純も『ハニーポット』を発動した。

「傀儡」と同じく10体。架純の見た目を模した「囮」が、それぞれ「傀儡」を迎え撃つ。


「さあ、暴れなさい」


ドレスの女性は、「傀儡」を鞭で打ち始めた。

果たしてそのおかげか。「傀儡」達はそれぞれ能力を発揮し、大いに暴れた。


武器を扱うモノに、炎や氷といった系統を操るモノ。

特殊な力を有した「傀儡」に、架純の「囮」は次々と殺られていった。


「まあ。不甲斐ないこと」


頭数を減らす「囮」に、ドレスの女性が嘲笑を浮かべる。


「その感想は早計でありんすよ」


余裕を絶やさず、架純が答える。

「囮」の数が遂にゼロとなった時、屋上に明確な変化が訪れた。


「力を借りるでありんす」


「傀儡」を前に、ポンっと弾けて消えた「囮」。

その場所に、平吉や李空といった六国同盟『サイコロ』のメンバー達が、新たに姿を見せたのだった。



無論、それらは本人ではない。

架純を模した「囮」が、「傀儡」一人一人の情報をトレースし、生み出したモノだ。


「囮」のモチーフとなっているのは、『サイコロ』のメンバー。

各国の猛者や、調査班として共に旅した者達が勢揃いしている。


勿論「囮」に本人程の力は無いが、力の一端を有している。

相性の良さもあり、「囮」と「傀儡」の闘いは「囮」優勢に傾き始めた。


「あちきも動くでありんすか・・」


「囮」と「傀儡」。総勢20名がそれぞれタイマンを繰り広げる中、架純は一点を見据えていた。

視線の先。そこに居るのは、例のドレスの女性である。


「マテナちゃん!」


架純は、「囮」の一人に向けて声を掛けた。その「囮」は、マテナの見た目をしていた。

マテナをモチーフとした「囮」は頷き、手に握る「ランス」を架純に向けて放った。


「少し借りるでありんす」


架純は「ランス」をキャッチし、ドレスの女性に向かった。

勢いそのままに地面を蹴って跳び、ドレスの腹部を「ランス」で突き刺す。


「・・どういうわけでありんす」


が、手応えがない。

疑問から視線を上げた架純。そこに見た光景に、架純の心臓がドクンと跳ねた。


「気付くのが遅かったね。天使ちゃん」

「っ!」


ドレスの女性とは別の女の声。

架純の左足に鋭い痛みが走る。


と、同時に。「囮」を相手にしていた「傀儡」が、一斉に爆発した。




『ノーベンバ=スコーピオ VS 借倉架純』


ドレスの女性。その正体もまた「傀儡」であった。

それらを操る才の持ち主。ドゥオデキムの一人であるノーベンバ=スコーピオは、ドレスの中に隠れていたのだ。


ドレスの女性は、スコーピオが特に気に入っている「傀儡」。「ドレス」という名前まで付いている。


「苦悶に歪む天使ちゃんの顔は絶景だな」


10体の「傀儡」の爆発による硝煙の中、スコーピオは小悪魔的な表情を架純に向けた。


架純の左足を襲った痛みだが、スコーピオが尾を刺したのだ。

彼女の背にはサソリの様な尾があった。先端には鋭い針が付いている。


「・・・・」


何も答えない架純。


足の痛みに悶えているようにも見えるが、何かに気を取られている様にも見えた。

それは、架純の心臓が跳ねた理由と関係があった。架純は、「ドレス」の目に、ある人物の影を見たのだ。


その人物とは、架純の父親であった。


いつも穏やかで優しかった父。

立派な医者だと尊敬していた父。

事故以降、抜け殻の様になった父。


見ていられなくて飛び出した頃の父は、それこそ傀儡の様だった。


そんな父の姿と「ドレス」の姿が、架純には重なって見えたのだ。


「さあ、ドレス。残念な天使ちゃんと『ドレスコード』で遊んであげな」


嘲笑うような口調で、スコーピオがドレスに命令する。

ドレスは手に持つ鞭。「ドレスコード」をしならせ、パチンと乾いた音を響かせた。


「天使はとっくに卒業した。あちきは堕天使でありんす」


架純は姿を晦ませた。



硝煙がすっかり晴れた頃。

スコーピオの目前には、全く別のモノがあった。


「なんだ?このヘンテコなおもちゃは」


それというのは「木馬」であった。

以前、マテナとの共闘で用いた、あの「木馬」と同じモノである。


「ヒヒイイイン!!」


「木馬」は、暴れ馬の如くスコーピオに向けて猪突猛進。


「ドレス!」


スコーピオが声を張り上げ、背後のドレスが木馬の突進を止めた。


「どうせおもちゃの中にでも隠れてるんだろ!さっさと出てこいよ!」


木馬に向けて、スコーピオが挑発する。


「残念でありんす」


何処からか声が聞こえる。


「女の秘密はドレスの中に、でありんすよ」


と、次の瞬間。

ドレスは、軽快な身のこなしで木馬に跨った。


「・・・どうなってる」


突然の出来事に唖然とするスコーピオ。

彼女の目前。木馬に跨ったドレスの顔は、



「ランス」で「ドレス」を突き刺し違和感を覚えた時、架純は「囮」を準備していた。

それというのは、以前マテナとの闘いで用いた、自分の見た目そのままに巨大化させたモノだ。


これを「ドレス」の内部で発動したことで、操縦権を奪った。

これにより、ドレスを纏った巨大な架純、という新たな「囮」が完成した訳だ。


後は頃合いを見て、最適なタイミングでスコーピオを出し抜いたという訳だ。


「甘い罠には飴と鞭が必要でありんす」


ドレスを纏った巨大な架純が、「木馬」に「ドレスコード」で鞭を打つ。


「ヒヒイイイィィィン!!!!」


「木馬」は狂ったように、スコーピオを襲った。


「お、おい。ちょっとタンマ・・」


抵抗虚しく、程なくしてスコーピオの悲鳴が響き渡った。



スコーピオの声が途絶えた頃、巨大な架純が弾け、ドレスが舞った。

等身大に戻った架純が、すっかり気絶したスコーピオを見下ろす。


「躾がなっていなかったみたいでありんすね」


「ドレス」のドレスが、架純の後方にふわりと着地する。

架純は振り返り、真っ黒なドレスに目を向けた。


「ウエディングドレスを見せるまでは死ねないでありんす」


純粋無垢な少女のように、架純はうふふと笑った。



『ドゥオデキム』ノーベンバ=スコーピオ、攻略完了。

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