第8話 WEST LEG


イチノクニ学院校舎「西の足」。西の学生の担当教師が利用する職員棟の屋上で、一人の男は横になっていた。


緑の着物に下駄に笠。「和」を感じる男の頭上では、太陽が眩しいくらいに照りつけている。

各校舎を覆う「サイゲン」はココにも同様に在るようで、見えざるモノに体重を預ける小鳥の姿も確認できた。


「来たか」


赤い長髪を隠すように顔面に被せられていた笠をずらし、鋭い目が来客者を捉える。

一瞬漏れでた「圧」に、「サイゲン」の外に留まっていた小鳥が、慌てて飛び立った。


「これでも気配を隠したつもりやってんけどなあ」


来訪を勘づかれた男。壱ノ国代表将 軒坂平吉が、困ったように苦笑を浮かべる。


「気配は隠せても、存在が消える訳じゃあない。人というのは世界に歪を生むモノだ」


男は笠を完全に外し、余裕の態度で空を眺めた。


「お前、俺と同類だろ」

「同類?何のことや」


男の言葉に、平吉が聞き返す。


「怠惰の大罪人という話だ」


あらよっと、と気怠げな調子で起き上がると、男は笠を被り直し、欠伸を噛み殺した。


「怠惰の星に生まれた奴は、その運命に抗うことができない。自分を偽るのは何の為だ?」

「・・・・・」


男の問いに、平吉は沈黙で答えた。


「まあ、いい。面倒そうだ」


和服の男。ドゥオデキムの一人であるディッセンバ=サジタリアスは、着物から左腕だけを抜き取った。腹に巻いた包帯が露わになる。


「俺は争いが大嫌いだ。他の何よりも面倒だからな。できることなら闘いたくねえが、今回ばかりは仕方がねえ──」


続けてその手に「弓矢」が握られた。見た目が厳つい、白銀の弓矢だ。

程なくして、セットされた矢が眩い光を纏い始めた。


「兄ちゃん。いっぺん死んどくか」


サジタリアスが手を離す。

膨大なエネルギーを放つ巨大な光の矢が、平吉めがけて放たれた。




『ディッセンバ=サジタリアス VS 軒坂平吉』


「矢」の威力は規格外であった。人の大きさを優に超える光の矢は、地を抉るようにして直進し、「サイゲン」を軽々と破壊した。


「いっぺん無視したからいうて殺すことないやろ。怠惰と短気は別物やで」


平吉は無事であった。軽口を叩いているが、その顔は少し強張って見える。

平吉は「矢」の脅威をいち早く察し、素早く身を移していたのだった。


「『ダース』から逃れたか。運の良い奴だ」


サジタリアスは面倒そうに後頭を掻いた。

発動には間隔が必要なのか、「ダース」という名らしい高威力の光の矢を連発する素振りはない。


「ほんなら今度はこっちからいかせて貰うで」


好機と判断し、平吉はサジタリアスに迫った。

『キャッシュポイズニング』を発動するには、相手に触れる必要があるからだ。


「面倒な男だな」


どこか嬉しそうにも見える表情を浮かべ、サジタリアスは腰からピストルを引き抜く動作を、両手同時に行った。

腰には何も携帯していなかったように見えたが、伸ばされた彼の両手には2丁の拳銃がそれぞれ握られていた。


一切の迷いなく、引き金が引かれる。

放たれた弾丸に、平吉は足を止めることを強制された。


「ちっ。相性最悪やな」


平吉にとって、中・長距離戦を得意とする相手は天的であると言えるだろう。


「無駄な抵抗は止めな。お前が進む道は、死へと続く死路だ」


2丁の拳銃による銃撃は、際限なく行なわれた。

それらを避けながらサジタリアスに迫ろうと試みる平吉であったが、その目論見は叶わなかった。


(なんや。この感覚は・・・)


普通の銃撃であれば、掻い潜って相手に触れることも訳無い平吉であるが、何とも言い表し難い違和感が動きを邪魔するのだ。


(ラグ?それも意図的なタイムラグか)


平吉は一つの結論に達した。

サジタリアスの右手と左手にそれぞれ握られた2丁の拳銃。それらは、右と左で放たれる銃弾のスピードがズレているのだ。


サジタリアスはその特性を巧みに操り、平吉の動きを制限している。


(仕組みが分かれば、対策もできるわ)


平吉は銃弾のスピードの把握に努めた。計算から弾道を予測し、動き回って正解を観察する。

これを続け、予測の精度が上がったタイミングで、被弾をしないという計算式の元、サジタリアスに向かって走った。


「残念だが、死路は一本道。抜け道はない」


溜息を溢すサジタリアス。


「なっ!」


と、同時に発砲された銃弾は、平吉の右足に命中した。



「・・・弾が本体いうわけか」

「正解だ。賢者が裏目に出たな」


そう、サジタリアスの才の効果が付与されているのは、銃本体ではなく、装填された弾の方であったのだ。


『死歩(マスターウォーク)』と『死走(マスターラン)』。速度の違う二種の弾は、サジタリアスの意思で、右と左どちらの銃にも自由に装填可能であるのだ。


「異なる二足が向かう先は死だ」


右足に傷を負い、動きを封じられた平吉に向かって、サジタリアスが2丁の拳銃の銃口を向ける。


「矛盾やな」


絶体絶命の状況で、平吉は呟いた。


「何だと?」


銃を構えたまま、サジタリアスが怪訝な表情を浮かべる。


「才は自分を映す鏡や。怠惰の星がどうとか宣いよったが、その能力は怠惰な奴には扱えん。自分を偽っとるのはお前の方って訳や」


「死歩」と「死走」は、繊細な計算が必要となる能力だ。

面倒だ、と怠惰っぷりを披露している癖に、サジタリアスは手間のかかる才を使いこなしている。その事実は、平吉にとって明確な違和感であった。


「ほんまは闘いを楽しんどる。そうやろ?」


平吉の指摘に、サジタリアスは一瞬虚をつかれた表情をし、次いで笑った。


「そうかもな」


拳銃を下ろすと、サジタリアスは「弓矢」を呼び出した。「サイゲン」を軽々と破壊した、光の矢。『ダース』だ。


「百年もあれば、少しばかり性格も歪むさ」


セットされた矢に、高濃度のエネルギーが集まっていく。


(動揺の隙を突くんは無理か・・・)


その場から逃れようとする平吉だか、鈍い痛みがそれを拒む。


「もっぺん死んどけ」


与えられた死の宣告。


矢が放たれるその瞬間。


『兄サン』


スローになった世界に、声がした。




「凶助。すまんな」

『兄サン。ナンデ謝ルノ』

「ワイのミスで、また凶助を危険に晒してしまった。ホンマにすまん」

『・・・違ウヨ兄サン。今ピンチナノハ、兄サンデショ』

「それはそうやが」

『僕ヲ想ッテクレルノハ嬉シイケド、重荷ニナルノハ嬉シクナイ。贖罪ハモウイイヨ』

「贖罪?そんなつもりは──」

『効率ト努力ノ鬼。ソノ道ノ先ニ待ッテイルノハ、破滅ダヨ。努力モイイケド、息抜キモ大事。兄サンノ言葉ダ』

「凶助・・・」

『僕ハ自由二ナリタカッタ。デモ気付イタンダ。アノ日見上ゲタノハ、海二映ッタ空ダッタッテネ』

「どういう意味や」

『僕達ハ自由ダッタンダヨ。初メカラ』

「・・そうか。そうかもしれへんな」




迫りくる「矢」を前に、平吉はニヤリと笑みを浮かべた。


『兄サン。僕ヲ信ジテ、目ヲ瞑ッテ、片手ヲ前ニ出シテ』

「了解や」


聞こえてくる声のまま、平吉がポーズを取る。


「『ポイズンリバース』」


伸ばされた掌。迫る『ダース』は、平吉の手に触れるかといった瀬戸際で、くるりと反転した。


「・・・おいおい。冗談だろ」


その先には、射手であるサジタリアスが。

激しい光を纏った「矢」は、問答無用で撃ち手を襲った。


巻き起こる硝煙。闘いの経過を隠す煙の奥にシルエットが浮かぶ。


「・・・・・我ながら、良い威力だな」


『ダース』が去った跡。佇むサジタリアスは、左半身に大怪我を負っていた。焼け焦げたように真っ黒になっている。


「間違い無いな」


同じく平吉もダメージを負っていた。

『ダース』を反転させた左の掌が、黒く焦げている。


「終わりにしよう。『死着(マスターゴール)』」


サジタリアスは、右手に拳銃を取り出した。

怪我の影響か。ゆっくりとした足取りで、平吉へと迫る。


「・・・・・・」


平吉は、背中を見せる事をしなかった。


それは右足に負った傷の所為でも、『ポイズンリバース』で対応できるだろうという甘い考えからでもない。


サジタリアスの態度から察するに、「死着」は「ポイズンリバース」を何かしらの方法で突破することが出来るのだろう。


「ダース」を反転させながらも、平吉は左手を負傷した。

この事実を観察した上でのサジタリアスの行動であると考えられる為、触れた瞬間に起爆する、といった仕様が「死着」には備わっているのかもしれない。


そこまでの考えを巡らせた平吉が取った行動は、「不動」であった。


「その漢気に免じて、楽に死なせてやるよ」


サジタリアスが銃を構える。その指が引き金に触れた瞬間。


「なんだ・・・・」


サジタリアスの眉間に皺が寄った。



「ようやく『毒』が回ったようやな」


動きを止めたサジタリアスを見据え、平吉がニヤリと笑う。


『ポイズンリバース』。「ダース」を反転させたこの技は、単に相手の攻撃を跳ね返すのではなく、「毒」を付与して返すのだった。

「毒」の効果で体を硬直させたサジタリアスに、負傷した右足を引き摺りながら平吉が近づく。


「頼むで凶助」


指銃をつくり、指先をサジタリアスの眉間に突きつける。銃口となる指先が、光沢のある「黒」に染まっていった。


「怠惰の星とやらに帰るんやな。『キャッシュメモリ』」


放たれた弾丸。

勢いに負け、硬直状態のサジタリアスが倒れる。


『キャッシュメモリ』。その弾丸の効果は、感情の制御。撃ち込まれた者は、その者のこれまでの人生の中で、最も頻度の高い感情にしかアクセスできなくなる。


サジタリアスであれば、それは「怠惰」だ。


倒れ込んだサジタリアスの目から、段々と光が失われていくのが見て取れた。


「ようやくワイのターンやな」


見下ろす平吉が、サジタリアスの頭に手を伸ばす。


「いいや。お前の番は来ない」


その時。「西の足」屋上に、乾いた銃声が響いた。



倒れた拍子。サジタリアスが握る銃の銃口は、丁度自身のこめかみに当てられていた。

サジタリアスは最後の気力を振り絞り、自ら引き金を引いたのだ。


「人生は死へと続く死路だ。その刻まで、精々生き永らえるんだな・・・・」


最後にそんな言葉を残し、サジタリアスは動かなくなった。


「言われんでもそうするわい」


緊張の糸がプツンと切れたように、平吉は大の字に倒れた。

さっと吹く優しい風。視線の先に広がる空に、思わず薄く微笑む。


「なんも考えんと空を眺めるなんて何年振りやろうな」


平吉の頭上。際限の無い空を二羽の鳥が横切った。

そのまま彼方へと消えていった、何処までも自由な飛行を見届け、平吉は静かに目を瞑った。



『ドゥオデキム』ディッセンバ=サジタリアス、攻略完了。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る