第7話 WEST THUMB


『オクトーバ=ライブラ VS バッカーサ』


イチノクニ学院校舎「西の親」。李空らが通う学舎の屋上には、無傷の女神と瀕死の老人の姿があった。


「いい加減諦めたらどうです。貴方は私に敵わない」

「・・・黙れ。小童」


傷だらけのバッカーサは、ライブラをキッと睨みつけた。


二人の相性は、最悪であった。

ライブラの才、それは『テンビン』。あらゆるモノのバランスを取り、力が加われば、自分に降りかかる前に全く同じ力を相手に浴びせることができる。


圧倒的パワーを誇るバッカーサであるが、この能力故に、ライブラには届かない。それどころか、人のモノとは思えない強力なエネルギーが丸々自分に返ってくるのだから、まるで手も足も出ない状況であった。


「・・・アリア」


首に下げた金色のペンダントを持ち上げ、バッカーサが呟く。

優しく力を込めると、ペンダントの表面がスライドした。どうやら、中に何かが入っているようだ。


「・・一つ尋ねる・・・アリアを見殺しにしたのは何故じゃ」


肩で息をしながら、バッカーサが問う。


「見殺しにしたのではありませんよ」


ライブラは淡白な口調で答えた。


「私が殺したのです」


「・・・・・理由は、なんじゃ」


バッカーサは、不気味なほど落ち着いた声色で問いかけた。


「お告げがあったのです。私はその『声』に従ったまで」


ライブラは、一切悪びれる様子もなく、淡々と告げた。


「よくわかった」


静かな怒りが込められた言葉を吐き、バッカーサがもう一度ペンダントに視線を落とす。

表面をスライドすることで露わとなった中身。そこには、正確に時を刻むアナログ時計があった。


「時間じゃ。過去を清算するまで壊れてくれるなよ」


瞬間。バッカーサの体に異変が生じた。

具体的には、引き締まった肉体が、みるみると肥大化したのだった。


その効果は生み出したのは、彼の才『生涯現役』であった。

10年毎に地力を倍にする能力。10年に一度のその日その時を、たった今迎えたのだ。


「私に向けられたエネルギーは、そっくりそのまま貴方に返される。力の倍増は、自らの首を絞めるだけですよ」

「人は成長するんじゃよ。この歳になってもな」


涼しい顔を続けるライブラに、バッカーサが迫る。

そのまま繰り出される拳。猛スピードの右ストレートは、例の如くライブラの眼前で急停止した。


「成長は無意味だったようですね」


ライブラが掌を向ける。それに合わせてエネルギーが放射されるが、


「阿呆を抜かせ、小童」


バッカーサはソレを封じ込めるように、左拳を打ち込んだ。


そのままエネルギーを押さえ込むことに成功。

バッカーサの言葉通り、彼の拳は闘いの中で成長したのだ。


「成長の物差しは、過去の自分じゃ」


返ってくるエネルギーを、より強いエネルギーで封じ込める。

その威力は数を増す毎に強まり、アッパー気味のバッカーサの連撃に合わせ、二人の体は宙に浮いた。


そのまま高度はグングンと上がり、地上からの見た目は只の点となった。


「成程。努力は認めますが、そろそろ限界でしょう」


高所となっても余裕は崩れず、ライブラが薄く笑う。


そう、この我慢比べは平等では無い。

一つ前の自分より威力を上げねばならないバッカーサに対し、ライブラには制約がない。完全にライブラ有利の条件なのだ。


「確かにそうかものう・・」


バッカーサは最後に一撃を打ち込むと、素早く背後に回り、全てのエネルギーを内に封じ込めるように、ライブラを羽交い締めにした。


「な、何をする気ですか」


ライブラの顔に初めて焦りの色が浮かぶ。


「天秤がゼロに戻る前に、全てを終わりにするんじゃよ」


バッカーサが押し返した分だけ、次のエネルギー放射までの間隔は長くなっていた。

それは、天秤がオモリで傾いた分、元の位置に戻る距離が伸びるイメージと同じであった。


「共に地獄に堕ちようぞ」


バッカーサはライブラを羽交い締めにしたまま、地上の校舎へと落下していった。


落下の衝撃で、校舎「西の親」が倒壊する。

形あるモノが壊れる音の後、籠もった爆発音が地上を揺らした。




「何がどうなってやがる・・・」


巻き起こる砂埃の中、イチノクニ学院校舎「西の親」が建っていた場所の直ぐ近くには、伍ノ国代表シンの姿があった。


「ばっかじいじ・・」


その隣には、同じく伍ノ国代表アーチヤの姿も。

二人は、アーチヤの才『コーディネート』を駆使して、この場所までやってきたのだった。


校舎があった場所には、大きな穴が開いていた。

そこに在ったものは、全て穴に呑み込まれてしまったものと思われる。


「これは・・・」


シンは穴の直ぐ側にある物を見つけ、拾い上げた。

それというのは、ペンダント。バッカーサが身に付けていた金色のペンダントであった。


「・・・・・」


砂を払い、表面をスライドさせる。

中の時計は、全ての針が真上に重なった状態で止まっていた。


"ワシが現役を引退するのは、死ぬ時だけじゃ"


かつてのバッカーサの言葉が、シンの脳裏に蘇る。


と、ペンダントが落ちていた場所に、穴の中から細い手が伸びた。


「あの老いぼれめ・・危うく命を落とすところだった・・・」


穴の中から煤のおかげで黒ずんだ顔を見せたライブラと、穴の上のシンの視線が交差する。

シンは感情を表に出さず、携帯していたピストルを抜き出した。


「お、お辞めください。命だけは──」

「ジジイの引退試合に水差すんじゃねえ」


ライブラの言葉を待たず、シンは引き金を引いた。

乾いた破裂音の後。彼女の体は、再び暗い穴底へと落ちていった。


「ばっかじいじ・・・・」


シンの隣で、アーチヤが静かに涙を流している。


「泣くんじゃねえ。バカジイジが化けて出るぞ」


シンはアーチヤの視線の高さに屈み、涙を拭いてやった。

それから、バッカーサの形見となったペンダントを、アーチヤの小さな首にかけた。


「お前が持ってろ」

「・・・・・うん」


アーチヤの頭を優しく撫で、立ち上がる。

それから、ポケットからタバコを一本取り出し、口に咥えた。


慣れた手つきでライターを取り出す。そのまま咥えたタバコに火を点けようとするも、上手いこと着火しなかった。


「・・ったく。わかったよ」


シンは困ったように笑うと、火の点いてない真っ白なタバコを穴底に落とした。


「じゃあな。俺の目標(ターゲット)」


最後に言い残し、シンはアーチヤの手を引いて、静かにその場から立ち去った。



『ドゥオデキム』オクトーバ=ライブラ、攻略完了。

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