第6話 WEST LITTLE


イチノクニ学院校舎「西の小」屋上。


卒業を間近に控えた者達が通う校舎の屋上では、二人の女性が向かい合っていた。


「ボクの相手は騎士ちゃんか。これは楽しめそうだニャー」


選抜者を前にし、ドゥオデキムの一人である、肆ノ国『信の王』。セプテンバ=ヴァルゴは、言葉を弾ませた。


彼女は、野生的な見た目をしていた。下着のような面積の衣装に、健康的な小麦色の肌。白い髪の一部は盛り上がり、さながらケモミミのようになっている。


いや、実際に耳が生えているのか。

傍から見ただけでは、真偽の程は判らない。


「肆ノ国代表マテナです。お手柔らかに願います」


向き合うは、肆ノ国代表。闘いの女神こと、女騎士マテナ。

一礼と共に「ランス」を呼び出し、右手でしっかりと握る。


「肆ノ国・・・。そうか、君、ボクの神殿に勝手に住んでる人達の一人だニャー」


ヴァルゴは呟くように言うと、手の甲で自らの頬を撫でた。

猫のような動作の直後。ヴァルゴの両手が変化した。


「猫の手を借りて、突っ込むニャー」


彼女の両の手は、大きな猫の手のようになっていた。掌には、猫と同様、肉球が付いている。

ヴァルゴはそのままマテナの懐に潜り込むと、左拳を打ち込んだ。


「猫騙しニャー」

「っ!」


ヴァルゴの左拳をランスで打ち払うマテナであったが、ヴァルゴの真の狙いは別にあった。それは右拳。ヴァルゴの右手の肉球は、マテナの左腕に触れた。


「お花のプレゼントニャー」


素早く身を退いたマテナに向けて、ヴァルゴが含みのある笑みを浮かべる。

ヴァルゴに触れられた、マテナの左腕の肘辺り。そこには、一輪の「花」が咲いていた。


「『花占い』。全ての花弁が散る刻、それは貴様の命が終わる刻ニャー」


ヴァルゴの言葉に、自分の左肘に咲いた「花」に目をやるマテナ。命をカウントダウンするように、一枚の花弁がひらりと落ちた。


「それなら──」

「やめておいた方が身の為ニャー」


花を切り落とそうとランスを握ったマテナを、ヴァルゴが制す。


「花が咲いた時点で根が張ってる。花を取り除いても無駄ニャー」


ヴァルゴの言葉を裏付けるように、マテナの左腕では、血管を上書きするように、根が侵食を始めていた。


「抵抗は無意味。無茶をして花弁が散れば、只でさえ短い寿命が早まるだけニャー」

「そうですか──」


マテナは静かに頷くと、右手でランスを掲げた。


「ご忠告、感謝します」


迷いのない、滑らかな動き。

真っ白な円錐の槍は、マテナの左腕を切り落とした。




『セプテンバ=ヴァルゴ VS マテナ』


「これはたまげたニャー」


顔を覆うようにした指の隙間から、ヴァルゴがマテナの様子を眺めている。


「ボクが言うのも変だけど、ボクの説明が全て事実とは限らないニャー。そんな簡単に信じて良かったニャ?」

「ええ。相手を信じることが、騎士の道の第一歩ですから」


マテナは、右手で器用にマントを脱ぎ、左腕の傷口を塞ぐようにして結んだ。

真っ白なマントが、じんわりと赤に染まっていく。


「たとえ相手が化け猫でもね」


額に滲む汗を爽やかな笑みで上書きし、マテナがランスを握り直す。


「猫は被るものニャー」


ヴァルゴは爪を立てると、マテナに向かって走り出した。


「同じ手は食いませんよ」


マテナは片腕を失ったことを感じさせない槍捌きで、ヴァルゴの拳を捌いていく。

『花占い』の凶悪な能力を知ったことで警戒心が強まったのか、ヴァルゴの拳がマテナにヒットする様子はない。


「それなら他の手を借りるまでニャー」


ヴァルゴはあっさり引き下がると、何者かを招くように、右手をゆっくりと上下に振った。


「『火の鳥』のお出ましニャー」


猫によって招かれた客人は、炎の羽を携えた、大きな鳥であった。

声にならない鳴き声を上げながら、「火の鳥」がマテナに迫る。


「一体どうなって──」


『花占い』とは全く接点がないように思える能力を前に動揺を見せるマテナであったが、すぐに己を律し、気を引き締めるように息を深く吸い込んだ。


「いえ。話は鳥退治を終えてから聞くことにしましょう」


そのままランスを構え、静かに目を閉じた。

御構い無しに迫る「火の鳥」。その図体がマテナの眼前までやってきた時、マテナの全身を風が包み込んだ。


「一思いに、お命頂戴します」


それは以前『TEENAGE STRUGGLE』でも披露した、感情を一度ゼロにし、身体の力みを「無」の状態にし、その後一気に解放することで、爆発的な機動力を手にするというもの。


相手に選択の余地を与えない、電光石火のスピード。

マテナのランスは、「火の鳥」腹部に大きな風穴を開けた。



「お見事ニャー」


素直に感心した、といった様子でヴァルゴが手を叩いている。


「けど残念。火の鳥は不死鳥ニャー」


突然、拍手を止めたヴァルゴ。彼女の手と手の間には、圧縮された空気の球があった。

その球は主人の元を離れ、ぽっかりと開いた「火の鳥」の風穴に収まった。


「『生命の風』ニャー」


と同時に、まるで命が吹き込まれたように「火の鳥」の風穴は塞がり、生を取り戻した。


「不死の鳥。これは厄介ですね」


何度もランスを突き刺すマテナであったが、その度にヴァルゴが風を送り込み、「火の鳥」は再生を繰り返した。


『・・シテ』

「え?」


繰り返される蘇生の中、マテナは声を聞いた。


『コロシテ』


「火の鳥」の声だ。マテナは直感的にそう感じた。


「そういえば、ボクの才について知りたそうだったニャー」


「火の鳥」発動中は身動きが取れないのか、マテナとの闘いを黙って観戦していたヴァルゴが、思い出したように口を開いた。


「暇つぶしに少し話してやるニャ。どうせ知らないだろうから、まずは『才』そのものについてニャー」


「火の鳥」を相手にしながら、マテナが耳を傾ける。


「才とはズバリ死者の力。ボク達が生きる『生の世界』の裏側、『死の世界』には二つの國があるニャー。その内の一つ。『死後ノ國』の住民が貸付し力。それが才の正体ニャー」


ヴァルゴの話はこうだった。


央や零ノ国を含めなければ、六つの国からなる表の世界。ヴァルゴ曰く「生の世界」とは別に、死者が送られる世界「死の世界」が存在する。


「死の世界」には二つの國があり、「生の世界」から脱落した者は、この内の一つである『死後ノ國』に先ず送られる。

その後、生前残した柵から解放された者から、もう一つの國へと移動を開始する。


後悔や怨念。『死後ノ國』に留まる理由となる柵は、その大きさに比例して、強い力となる。

この力を必要とする「生の世界」の若き者の元へ。


これが『才』の概要だ。


「お喋りはおしまい。さっさとくたばるニャー」


例の風で「火の鳥」の風穴を塞ぎ、ヴァルゴが薄く笑う。


『殺シテ』

「また・・・」


「火の鳥」の声が、またしてもマテナの耳に届いた。


「分かりました。今、楽にしてあげます」


そう言うと、マテナはランスを上空に放った。


「兄達の愛槍で」


ボンっと消えたランスの代わり。

マテナの両腕には、ハテスとポセイドゥン愛用の、「バイデント」と「トライデント」がそれぞれ握られていた。


二又の槍と三又の槍に、それぞれ「闇」と「青」が宿る。


「少しの間、お借りしますよ」


勢いよく駆けるマテナ。

二種の槍が、「火の鳥」の体を真っ二つに切り裂いた。


「ニャンでニャ!?」


すかさず「風」を送るヴァルゴであったが、「火の鳥」の体が再生することはなかった。

「不死鳥・火の鳥」。二種の槍に宿し「死」と「水」は、彼の鳥の狭い二つの弱点を確実に突いたのだった。


「・・・・」


消え行く「火の鳥」を眺め、マテナは複雑な表情を浮かべた。


「もういいニャ!実力行使ニャー」


ヴァルゴは「火の鳥」への興味を直ぐになくし、攻撃の姿勢を取った。

構える猫の手に、風のグローブがまとわりつく。


どうやら「風」は「火の鳥」の能力の一部ではなく、独立した一つの能力だったようだ。


「『ニャン風拳』。最大威力の猫パンチニャー」


素早い身のこなしでマテナに迫り、ヴァルゴが拳を打ち付ける。


「ようやく認めていただいたようですね」


余裕の態度でマテナが言う。


「にゃんニャ・・」


ヴァルゴの一撃は、マテナの目前に展開された『パラスの盾』によって防がれたのだった。



親友のパラスから受け継いだ、絶対防御の盾。『パラスの盾』。

その発動条件は、相手が自分を疑い、自分は相手を信じること。


ヴァルゴがマテナの左腕に触れ、『花占い』を成功させることができた裏には、マテナのことを舐めていた、という事実があった。

詰まるところ、相手を疑う必要すらない、と思い込んでいたのだ。


それが、これまでの闘いでマテナの実力と覚悟を知り、ヴァルゴは認めざるを得なかった。相手は強者であると。


これにより、『パラスの盾』の発動条件が満たされた、というわけだった。


「ダメにゃ・・」


風を纏った、強烈な猫パンチを連発するヴァルゴであったが、盾はびくともしなかった。


「こうなったらアイツを呼び出すニャー」


ヴァルゴはマテナから少し距離を取った。


「そういえば、肝心のボクの才について話すのを忘れてたニャー」


話題を変えるように、ヴァルゴが言う。

時間を稼ぐ為か?と疑いの考えがマテナの脳裏を一瞬掠めたが、それを取り払うように頭を振った。


「『死の世界』には、二つの國があるところまでは話したニャー。この内、才という形で『生の世界』と関わるのは、本来『死後ノ國』だけニャー」


話しながら、ヴァルゴは背中を丸め、猫が威嚇するようなポーズを取り始めた。


「せど、ボクのは違う。ボクの才は、もう一つの國。柵から解き放たれた死者を、『黄泉ノ國』から強制的に呼び出す代物ニャー」


ヴァルゴの瞳が、怪しく煌めく。


「今度の新入りは、騎士ちゃんとも縁がある人物ニャ。少しの間、人格を共有するから、話してみると良いニャー」


不敵な言葉と共に、辺りに暗がりが広がった。

靄がかかったような屋上。二人の上空に、まん丸な「月」が浮かぶ。


「『月の化猫』。バトンタッチニャー」


ヴァルゴは、みるみると形を変えた。

月光に照らされた姿は、まさに獣。化け猫となったヴァルゴは低い声で唸り、次いで「シャー!」と鳴き聲を上げながら、毛を逆立てた。


「遂に本性を現しましたね」


ランスを呼び戻し、マテナも応じる。


マテナを襲うヴァルゴ。先程よりも更にスピードを上げた突進を、『パラスの盾』が食い止めた。


「・・・助ケテ」


その時。ヴァルゴの口から、彼女のモノとは思えない声が漏れた。



「誰、ですか?」


聞き慣れない声に、盾越しにマテナが尋ねる。


「僕ハ、君達ノ将ニ殺サレタ神父ノ子ドモダヨ」


ヴァルゴに憑依した者の言い分はこうだった。


10年前。肆ノ国代表将セウズは神父を殺めた。

その結果、取り残される結果となった神父の一人息子は、父を殺した者に強い復讐心を抱いた。


が、それが災いし、授かった才が暴走。神父の息子は、不幸なことに10の歳で「生の世界」を去った。


その後、「死の世界」の「死後ノ國」に入国。そこで、神父と再会し、真実を知った。

話したことで、神父の柵は消えた。聞いたことで、息子の柵も消えた。二人は揃って「黄泉ノ國」に移動した。


「恨ミノ感情ハモウナイ。闘ウ理由ハモウナインダ」


ヴァルゴの拳が『パラスの盾』に打ち付けられる。

その顔は、とても苦しそうに見えた。


「少し喋り過ぎ。バトンタッチニャー」


ヴァルゴの口調が明らかに変わった。

人格が元に戻ったようだ。


『パラスの盾』にヴァルゴのパンチが次々と打ち込まれる。


「・・・確認します」


盾の奥で、マテナは涼しい顔で言葉を発した。


「貴女は、闘う意志を持っていない死者を、『黄泉ノ國』なる場所から無理矢理呼び出し、闘わせている。そうですね」

「その通りニャー。魂まで抜けきった腑抜けに、鞭を打ってやってるニャー」


ヴァルゴはそう答えると、パンチを止め、『パラスの盾』を掴んだ。


「押してダメなら、引いてみるニャー」


『月の化猫』の力がそうさせたのか。マテナを守っていた『パラスの盾』は、ヴァルゴによって引き剥がされた。


「ネコババと罵るのはお門違い。盾が騎士ちゃんのモノじゃない事は知ってるニャー」


盾が180度向きを変え、ヴァルゴの身を守るように陣取る。


「鳥の代わりに仲間に加えてやるニャー。これで最強の肆の完成ニャー」


『花占い』の力を有する猫の手。その手をグローブのように包み、パンチの威力とスピードを底上げする『生命の風』。『月の化猫』で得た、獣の身体能力。「火の鳥」の代わりに加わった、無条件で主人の身を守る、絶対防御の『パラスの盾』。


4つの才を同時に纏い、完全体となったヴァルゴが構えを取る。


「よく分かりました」


対するマテナは、動揺を一切見せず、静かに告げた。


「騎士の闘いはここまでです」



マテナの背後に大きな影が浮かぶ。


「どうなってるニャ・・」


その光景に、ヴァルゴは息を呑んだ。


「神殿は既に貴女のモノではない。私達のモノです」


影の正体は、大量の武器であった。

その出処は、肆ノ国神殿の武器庫。これぞ、マテナの才の全容である。


彼女がこれまで闘いに用いてきた「ランス」は、あくまで才の一部であった。

マテナの才の本来は、神殿の武器を自在に操る、といったモノである。


ランスを奪われたとしてもスペアを呼び出せるのは、この性質が故であった。


「貴女が善人でなくてよかった」


彼女が日頃、才を制限しているのは、対戦相手に敬意を払っている為である。

この者は尊敬に値しない。マテナが才の全てを解放するのは、相手への「信」を損なった時である。


それが、大量の武器を呼び出す条件。

『パラスの盾』が奪われた背景には、マテナがヴァルゴを信じることを止めた、といった事実があった。


「貴女にソレの価値は分からない。猫に小判です」


マテナの合図に合わせ、彼女の背後に浮かんでいた大量の武器が、ヴァルゴに一斉に襲いかかった。


「し、しっかりと役目を果たすニャー」


ヴァルゴは盾に身を隠し、武器の嵐を凌ごうとする。


「盾は、逃げる者の背を守ってはくれませんよ」


ヴァルゴの背後。展開された『パラスの盾』の裏側から、マテナはランスを突き刺した。


「ニャー!!」


断末魔と取れる鳴き声を上げながら、ヴァルゴが倒れる。

嵐も止み、大量の武器が音を立てながら降り注いだ。


横たわるヴァルゴの見た目が、獣から元の姿へと変化した。


『アリガトウ』


マテナは声を聞いた。

神父の息子の声だと、脳が直感的に理解した。


「良いのです。騎士の槍は恨みの連鎖を断つ為にあるのですから」


ランスに付いた血を払い、マテナが答える。


『ソレカラ、伝言ダヨ。君ノ親友カラ。「私の想いは全てそっちに残してきた。マテナはそっちの世界で強く生きて」ダッテ』

「・・・・そうですか。言伝、感謝します」


月が消えた空を眺めると、マテナは視線をヴァルゴに戻した。


「パラスの想い、返して頂きます」


マテナの言葉に呼応するように、『パラスの盾』が宙を移動する。

最後には、マテナの失われた左腕を庇うようにして、停止した。


「神殿のオリーブにも、そろそろ実がつく頃ですかね」


親友に語りかけるように、優しい声色で、マテナはそう口にした。



『ドゥオデキム』セプテンバー=ヴァルゴ、攻略完了。

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