第5話 WEST RING


イチノクニ学院校舎「西の薬」屋上。


卓男とキャンサーが熱戦を繰り広げた「西の中」のそのまた隣の校舎屋上では、二人の男が対峙していた。


「遂に始まったな。『真』の闘いが」


片方。ピシッと着こなしたスーツと、光沢を携えた金髪が印象的な男。その正体を、参ノ国『信の王』。オーガスト=レオは、闘いの相手を見据えて挑発的な笑みを浮かべた。


「また、勝率50パーセント。できるなら、闘いたくないけど──」


相対するは、参ノ国代表の問題児、兼天才児。テー・シ・デルタ。

レオとは対照的に冴えない表情を浮かべ、デルタは呟いた。


「もう逃げるわけにもいかない・・よね」


デルタは構えをとった。


その構えは、物珍しいものであった。

踵を上げ、全体重を爪先に預け、トントンと小刻みに小さくジャンプをしている。


「成程。少しは楽しめそうだな」


デルタの言動に、レオは笑みを一層深くした。




『オーガスト=レオ VS テー・シ・デルタ』


「勿体ぶっても仕方がない。儀式に移ろうか」


レオは、両の手をゆっくりと体の前で合わせ、その後ゆっくりと開いた。


「『祭の儀・オヒガン』」


開放された二つの掌には、黒の「拳銃」が二丁、それぞれ握られていた。


「普通の拳銃・・ではないか」


爪先でリズムをとりながら、デルタが呟く。

レオは笑みを絶やさずに、二丁の拳銃を掌で弄んでいる。


「勿論だ。といっても、さほど特殊でもないがな」


レオは、二丁の拳銃を連射した。

四方八方に放たれた銃弾は、屋上を覆う『サイゲン』に跳ね返り、デタラメな弾道を生む。


いや、それは決してテキトーなものではなかった。

というのも、跳弾の全ては、まるで自らの意思でそう動いているかのように、最終的にデルタを襲う形に終結したのだ。


トン、トトン、トントン。


しかし、跳弾がデルタに命中することはなかった。

彼は、爪先立ちの状態で独特のリズムを刻み、まるで踊るようにして、次々と襲いくる跳弾を容易く躱すのであった。


そんな彼の動きに誘われるように、跳弾は空中でぶつかり合い、その数を段々と減らしていった。

やがて全ての銃弾は地に伏し、デルタも跳躍を止めた。


「僕に小細工は無駄だよ」

「そう、みたいだな」


レオは苦笑を浮かべると、再び合掌をした。両手に握られていた拳銃は、いつの間にか無くなっている。

して、レオは次に、左右の掌をくっつけたまま上向きに開いた。水を掬う時のようなポーズである。


「『葬の儀・ゴリンジュウ』」


次の瞬間には、掌の真上に新たな武器が出現した。それは、これまた黒の「銃」であった。大きさは前回と違って両手サイズで、数は一つ。

ゆっくりと降下する銃をキャッチし、レオは両手に馴染ませた。


「さっきと違ってコイツはシンプルだ。小細工なしに、相手の命を一直線に狙う」


レオは銃を構えた。すぐさま慣れた手つきで操作し、発砲。

音が鳴る頃には、銃弾はデルタのすぐそこまで迫っていた。


「ちっ。外したか・・」


が、デルタには命中せず、銃弾はそのまま後方へ。『サイゲン』を貫通し、屋上の外まで飛んでいった。

先ほどの拳銃「オヒガン」の弾が跳ね返りを武器とする「跳弾」なれば、今度の銃「ゴリンジュウ」は貫通力を武器とする「貫通弾」なのであった。


「狙いは完璧だったはずだが──」


レオは納得がいかない顔で、再度銃を構えた。

左手が前、右手が後ろ。右目を瞑って、左目で狙いを澄ます。慣れた手つきで標準を合わせ、引き金を引いた。


トントン、トン、トトン。


が、またしても銃弾は外れた。それはデルタが避けたというよりは、銃弾が自ら逸れたように見えた。


「今度は僕からいくよ」


妙な違和感に首を捻るレオに向かって、デルタは距離を詰めるように走り出した。



「またか」


距離を詰められるのは本意ではないと、レオは今一度発砲するも、銃弾はデルタを庇うようにして逸れるのだった。


トトン、トントン、トン。


デルタは銃弾を物ともせず、レオの懐に潜り込むと、手に持つ銃「オヒガン」を蹴り上げた。


「成程。面白い能力だな」


何かを察したらしいレオが、素早く身を引く。

二人の間にデルタが蹴り上げた銃「ゴリンジュウ」が落ち、消滅した。


さて、どうやらレオが勘付いた様子のデルタの才。

その名を『絶対音感』は「リズム」を操る能力である。


自分の動き、相手の動き、それから物体の動き。

あらゆるモノに無意識に宿る「リズム」を、ある程度操作、強制できるといった代物だ。


レオが「ゴリンジュウ」発砲時に抱いた違和感の正体はこれであった。

デルタの才『絶対音感』によって、レオはいつものリズムを犯され、手元が狂ったのだ。


「よく気づいたね。やっぱり強い人だ。でも──」


デルタは素直に感服の意を見せた。


一見、地味に思えるこの才であるが、派手でない分、相手からするとタチが悪い。

まず能力の存在に気づくのに一苦労。たとえ理解したとて、対応策は少なく、策を講じたとしても、効力が曖昧であるため、絶対の自信はなかなか得られないというわけだ。


それでいて、闘いにおける影響力は大きい。


闘いに身を置く者なら、自分のリズムを多少は持っているものだ。

それは、経験の分。それも「勝利」という成功体験の分。より大きく、強固になる。


故に、本来『絶対音感』は、相手が強者であるほど有効というわけだ。


「もう逃げない。この世界に絶対はないと知ったから」


デルタの心配性な性格は、これまで『絶対音感』の可能性を否定してきた。

が、参ノ国の「三重塔」の一室である無響室に籠っていた5年という歳月の中で、彼の考えは多少変化したようだ。


「絶対はない、か・・・」


対するレオが、デルタの言葉を復唱する。


「その根拠を訊いてもいいか?」

「判断を下すのが人間だからだよ」


デルタは涼しい顔で答えた。


「人が判ずる絶対は、必ず相対的なものだから」


「・・そうか。それは良いことを聞いた」


レオは余裕を崩さずに答えると、再び合掌した。


「『婚の儀・ヒロウエン』」


そのまま自分の右手と左手を繋ぐと、レオとデルタを囲むようにして、白い円が描かれた。


「お前からしてみれば、遠距離での闘いは望むところではない。故に距離を詰めたかったのだろうが、近距離戦は俺も望むところだ」


「ヒロウエン」は、自分と相手の二人の滞在を、その内に強制するモノ。

この範囲に居る限り、互いは互いに己の才を強要できない。


詰まるところ、この円のなかでは、デルタの『絶対音感』でレオの動きを操作することは出来ないというわけだ。


「この円が途切れる刻。それは勝敗が決した刻、というわけだ」


レオは円の中でもう一度合掌し、口を開いた。


「人の一生は、彼の者の信ずるモノによって変わる。これが俺の持論だ──」


それから両手を握り、縦に重ねた。


「最後に問う。お前は何を信じる?」

「僕は何も信じないよ。自分のことすらも」


デルタの答えに満足したのか、レオは笑った。


「『冠の儀・セイジン』」


レオの手中に、立派な刀身の刀が握られる。

刃に太陽の光が反射し、妖しく煌めいた。


トン、トントン、トトン。


デルタも円の中で、軽やかなリズムを刻み始めた。


数秒後。二人はどちらからともなく距離を詰め、円の中心で接触した。



「ヒロウエン」内部での二人の闘いは、一つの演舞のようであった。


レオの剣技を、デルタが独特のリズムで躱し続ける。

時折、デルタも反撃を仕掛けるが、有効打はないように思われた。


『絶対音感』でレオのリズムを狂わす事が出来たなら、幾分デルタ有利で闘いは展開されたことだろうが、「ヒロウエン」の効力でそれは叶わない。


マッチングされた対戦相手が、数少ない『絶対音感』の対応策を保持していた事は、デルタにとって不運であったとしか言えないだろう。


戦況は拮抗。「セイジン」のリーチがある分、ややレオが有利といっところか。


「間違いない。僕にとって君は天敵。それは認めるよ」


振り下ろされる「セイジン」をひらりと躱し、デルタが口を開く。


「でも、それはお互い様。『エン』のリズムは繊細で、少しの歪みが命取りだよ」


少し高めにジャンプしたかと思うと、音も立てずに爪先から着地。

その一点を中心として、心地よい音色と共に波紋が広がる。やがてソレは「ヒロウエン」の円と重なり、同時に消滅した。


「儀を覆して、技を通したわけか・・・」


レオの動きは、あからさまに鈍くなった。

「ヒロウエン」が消えたことで、『絶対音感』のリズム操作が有効となり、無意識の内にいつもと違う動きを強制されている為だと思われる。


「それなら、より強い儀で上書きするまでだ」


「セイジン」を両手で握り直し、レオは型通りに振り始めた。

七・五・三。体に染み付いたリズムで、意識的に「セイジン」を振るう。


「これだから、強い人とは闘いたくない・・」


カードを切る度、有効な手で返してくる強敵に、変わらずリズムを刻みながら、デルタが溜息を漏らす。


トントン、トトン、トン。


レオのリズムに合わせるようにして、デルタが懐に潜り込む。

滑らかな動きで伸ばされた右手が、レオの胸部に静かに触れた。


「なんだ・・・」


と同時に、異変を察知したレオが、素早く身を引いた。

それというのも、彼の体の前面。変化があれば直ぐにでも気づきそうなその場所に、縦一直線に七つの小さな円が浮かんでいたのだ。


「出口のない。レクイエムの入口だよ」


デルタは薄く笑み、一度、手を叩いた。

発生した音の波が、レオの体に浮かんだ七つの円の、真ん中。デルタが最後に触れた、レオの胸部の円に吸い込まれていく。


その他の円も、闘いの中でデルタが触れた箇所であった。

防戦一方に見えたデルタだが、この技を発動する為に、終始動いていたのだ。


「『絶対怨完』」


デルタが口にすれば、レオは途端苦しみ始めた。


『絶対怨完』。それは、無響室の生活の中で、デルタが辿り着いた、一つの極地であった。


精神と肉体を司る、エネルギーの中心。チャクラと呼ばれる七つの小さな円の一つに、「怨」を込めた「音」を打ち込む。


内部に一度侵入した「リズム」は、七つの円を延々と巡回し、対象を内部から侵食する。

独特のリズムは「毒」の如く、対象を深い眠りへと誘うのだった。


「安らかに眠れ。『R.I.P.』」


デルタが手を合わせる。


「ビスケ──・・」


レオは糸が切れた人形のように、パタンと倒れ、動かなくなった。



『ドゥオデキム』オーガスト=レオ、攻略完了。

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