第3話 WEST INDEX


「ここは何処あ〜る」

「なんだか見覚えある気がするえ〜る」


みちるの両手に宿る「ある」と「える」が、揃って疑問の声を漏らす。


陸獣戦を目前に控え、どういう原理か「円卓の間」に強制的に移動させられた犬飼みちる。

調査班の面々も集められていたその場所に、『TEENAGE STRUGGLE』決勝後に会場を襲った片眼鏡の男達が姿を見せたかと思うと、今度はまた別の場所に飛ばされたのだった。


位置を確認する為、キョロキョロと辺りを見渡す。

どうやら高所らしいこの場所に、みちるは見覚えがあった。


「イチノクニ学院、だな」


みちるが飛ばされた場所。それは、イチノクニ学院の校舎の屋上であった。


イチノクニ学院には、校門から続く一本道を挟むように、平屋建ての校舎が左右に5つずつ並んでいる。

それぞれの校舎には両の手の指をイメージした名が付けられており、右端から「東の子」「東の薬」「東の中」「東の人」「東の親」、道を挟んで「西の親」・・・といった順に並んでいる。


みちる本人は知る由もないが、彼が飛ばされた校舎は、この内の「西の人」であった。


「こないだの子供なのなの」

「私たちの相手じゃないぴこぴこ」


と、戸惑うみちるの目前に、二人組の女の子が忽然と姿を見せた。


「お前たちは・・・」


みちるがポツリと呟く。


仲良く手を繋ぎ、みちるに試すような視線を寄越すのは、壱ノ国『信の王』を名乗るジュン=ジェミニであった。


みちるとジェミニは軽くであるが面識があった。

それは調査班が石版調査に赴いた時のこと。壱ノ国の教会を訪れた彼らのもとに、ジェミニはカプリコーンと共に姿を現したのだ。


そこでみちるはジェミニと手合わせをしたのだが、軽くあしらわれた経験があった。

未知の力によって近づくことすらままならず、触れることすらできなかった。故に、彼女の力量は未だ未知数である。


「闘え、と。そういうことあ〜るか」

「あの時と同じと思ったら、痛い目見るえ〜る」


みちるが戦闘対戦をとる。


「神ノ手足として、命に逆らうことはできないなのなの」

「ドゥオデキムの力を見せつけるぴこぴこ」


仲良く手を繋いだ状態で、ジェミニも構える。


『リ・エンジニアリング』第二の試練、『真』。


人類の存続をかけた闘いが、今始まる。




『ジュン=ジェミニ VS 犬飼みちる』


イチノクニ学院校舎「西の人」屋上にて、『真』の闘いが始まった。


「頼んだよ。ある。える」


まず動いたのはみちるであった。

例の如く両手に嵌めた人形を外すと、影犬の「ある」と「える」が顔を出した。


「任せるあ〜る」

「速攻で決めるえ〜る」


みちるの右と左から二つの影がそれぞれ伸び、ジェミニに迫る。


「前回と同じは面白くないなのなの」

「せっかくだから、今回はちょっと遊んであげるぴこぴこ」


迫りくる二匹の影犬を前に、ジェミニは繋いでいた手を離すと、そのまま「ある」と「える」に向けた。


「!」「!」


それを合図に、「ある」と「える」を異変が襲った。


これまで一定の距離を保って綺麗に並走していた二匹が、まるで足が絡まったかのように歩幅を乱したかと思うと、そのまま接触。


「・・・無理え〜る」

「離れないあ〜る・・・」


当然二匹は離れようと踠くが、見えざる力によって叶わない様子だ。


「プラスとマイナスの力は絶対なのなの」

「抗うことは不可能ぴこぴこ」


くっついて離れない「ある」と「える」を眺め、ジェミニの二人が嬉しそうに声を弾ませる。


壱ノ国『信の王』ジュン=ジェミニ。

彼女らの才は『プラスマイナス』。相反する力を操る能力だ。


前回、みちるを吹っ飛ばしたのが「斥力」なれば、今回「ある」と「える」をくっつけたのは「引力」というわけだ。


まさに、二人で一つ。

双子のジュン=ジェミニにぴったりの性質といえるだろう。


「・・・俺が行く」


みちるの顔が影に呑まれ、「みちる」が顔を出す。


そのまま全身に影を纏わせ、影の四足歩行となった「みちる」は、ジェミニを食らわんと駆けた。



「なかなかの速さなのなの」

「でも私たちには触れられないぴこぴこ」


「みちる」の猛攻を、ジェミニは奇天烈な動きで躱した。


反発し合うように大きく二手に分かれたかと思うと、「みちる」を翻弄するようにデタラメな動きを見せる。

見えざる力によって縦に横に。重力をまるで無視した縦横無尽な動きを前に、流石の「みちる」の攻撃も中々ヒットしない。


「馬鹿め。それはフェイントだ」


と、「みちる」の低く唸る声。


電光石火の動きで迫る「みちる」に合わせ、ジェミニは「斥力」と「引力」を自在に操って躱していた。

これは、言い換えれば、ジェミニの動きを決めているのは「みちる」の動きということ。


野生の勘か、よく効く鼻のおかげか。

これに気づいた「みちる」は、ジェミニの動きに法則性を見出し、罠を仕掛けた。


「ぴこ!」


突如、直角に軌道を変えた「みちる」が、ジェミニの片割れに迫る。


「危ないなの!」


相方の危機を察し、「引力」で引き寄せる。

眼前まで迫っていた「みちる」の大口は、虚空を噛んだ。


「今のは少し危なかったなのなの」


「みちる」から適度に距離をとり、改めて二人揃ったジェミニが手を繋ぐ。


「遊びはもう終わりぴこぴこ」


繋がれた二人の手が、「みちる」の方向に向けられる。


「っ!」


回れ右をし、再び駆け始めていた「みちる」が動きを止める。

いや、正確にいうなれば、向かい風のように行く手を阻む「斥力」に抗おうと奮闘する「みちる」だったが、結果的に位置が移動していていないといった状況だ。


どうやら、ジェミニ二人分の「斥力」と「みちる」の力は拮抗しているようである。


「プラスとマイナス、か・・・」


呟くように言うと、「みちる」は身体の力をふっと抜き、身を委ねた。

身を守るように丸めた体にジェミニの「斥力」が働き、「みちる」の体が前転しながら後退する。


「勝負あったなのなの」


吹き飛ばされていく「みちる」を眺め、ジェミニの一人が言う。


「・・ん?暗いぴこ」


もう一人は、異変に気づき空を見上げた。


そこには、空を駆ける二匹の犬の姿があった。



「みちる」の前転は、ジェミニの「斥力」に屈したわけではなく、未だくっついたままの「ある」と「える」を、ジェミニの後方に飛ばすためであった。


「ある」と「える」は、「みちる」から尻尾のように伸びる影と繋がっていた。

この状態で「みちる」が前転すれば、「ある」と「える」は弧を描くようにして放られるというわけだ。


「くっつけたぐらいで封じたと思っていたなら、心外あ〜る」

「和えることで2倍の力え〜る」


「斥力」の範囲を超え、「ある」と「える」がジェミニを飛び越える。

そのままジェミニの後方に着地すると、器用にくるりと半回転した。


「・・・やはりか」


四足を踏ん張り、再び「斥力」に抗い始めた「みちる」が、目前の光景を目に映して呟く。


ジェミニに迫るは、くっついた状態の「ある」と「える」。

その速さは常軌を逸していた。


それは影犬の身体能力故という部分もあったが、それと同時に別の力も働いた結果であった。


「ある」と「える」からジェミニの方向に働く力。

それすなわち「引力」。


「みちる」に「斥力」を放つジェミニの背後には、全く逆向きの「引力」が働いていたのだった。



ジェミニの才『プラスマイナス』は、二人が手を繋ぐことで力が跳ね上がる。

が、この時の力は「プラスマイナスゼロ」にならねばならぬ、という制約がある。


つまり、「みちる」がいる前方には「斥力」。「ある」と「える」がいる後方には「引力」が。共に最大出力で放出されていた訳だ。


「なの!」「ぴこ!」


手を離し、ジェミニの二人が互いに向かって「斥力」を働かせ、左右に緊急脱出。

そのまま追加で器用に力を使い、正方形を描くようにして再集結した。


「誰かに触れられたのは随分と久しぶりなの・・」

「思い出した。これが痛みぴこ・・」


危機を脱したジェミニであるが、無傷ではなかった。


「ある」と「える」に、ジェミニの二人。

四つの力が同じ方向に働いた結果、威力と速さは桁違いであった。


緊急脱出より前に、「ある」と「える」の体当たりはジェミニに到達していたのだ。


「離れたあ〜る」

「もう少し一緒でも良かったえ〜る」


ダメージを受け、ジェミニの集中が切れたのか。

「ある」と「える」をくっつけていた「引力」は解除された。


「三と二。どちらが強いかは火を見るよりも明らかだ」


ジェミニを見据え、「みちる」が言う。

自由を得た「ある」と「える」を含め、三匹の影犬はジェミニを囲むように陣取った。


ジェミニ二人分の「斥力」と「みちる」の力はほぼ同じ。

つまり、「みちる」の猛攻を防ぐには、ジェミニは最大出力の「斥力」を放出する必要があるが、そうすれば逆方向に「引力」が働いてしまう。


それを「ある」と「える」に利用されるのは、ジェミニとしては非常に厄介というわけだ。


「少し勘違いをしているみたいぴこぴこ」


追い込まれた状況であるはずなのに、ジェミニの声色には余裕が含まれているように感じられた。


「言ったはずなの。プラスとマイナスの力は絶対なのなの」


手を繋いだ二人が、もう片方の手をそれぞれ「ある」と「える」に向ける。


次の瞬間。


「!!」「!!」


「ある」と「える」の二匹が、声にならない悲鳴と共に、ピタリと動きを止めた。



「プラスとマイナスは一つじゃないなのなの」

「ゼロの可能性は無限大ぴこぴこ」


ジェミニが「ある」と「える」に放出したモノ。

それは「引力」でも「斥力」でもなく。「電気」であった。


ソレは雷を思わせるほどの電力で、「ある」と「える」は焼け焦げ、二匹の体からは煙が立ち昇っていた。


「お前たち・・・」


微動だにしない二匹を眺め、「みちる」が呟く。


「ある」や「える」と違い、「みちる」は無事であった。

被害が二匹に収まった裏には、「ある」と「える」の漢気溢れる一瞬の判断があった。


ジェミニを取り囲んだ「みちる」と「ある」と「える」の三匹は、影で繋がっていた。

詰まるところ、本来ならば「電気」は「みちる」まで到達するはずなのだ。


しかも、二方向からの「電気」であるため威力は2倍。

「電気」が到達していれば、「みちる」は無事では済まなかったことだろう。


しかし、「みちる」は無傷であった。

それは主人の危機をいち早く察した「ある」と「える」が、一瞬の内に影を断ち切ったからだ。


「主人を庇って健気なのなの」

「でも、それも全部無意味。まさに犬死ぴこぴこ」


ぴょんぴょんと跳ねながら発せられたジェミニの言葉に、「みちる」が目つきを鋭くさせた。



さて、現在の戦況であるが、「みちる」は随分と追い込まれていた。


最大出力の「斥力」を三匹で取り囲むことで攻略したかと思えば、二匹を戦闘不能に追いやられてしまった。

このままでは「斥力」に対応できないうえに、「電気」にも警戒しないといけない。


そのうえ、ジェミニの言い分を借りるなら、『プラスマイナス』の可能性は無限大。他にも未知の力を有しているかもしれない。


「みちる」の反逆の道は限りなく細いといえるだろう。



「何やら考えているみたいだけど意味ないなのなの」


「みちる」の思考を遮るように、ジェミニが声を弾ませる。


「わんちゃんを閉じ込める犬小屋。ゼロのお部屋はできてるぴこぴこ」


ジェミニが、繋いだ手を「みちる」に向ける。

放出された力は「斥力」ではなく、「引力」であった。


「なんだ!?」


予想していなかった力に困惑する「みちる」。

考えが纏まらぬまま、「引力」に従いジェミニに近づく「みちる」であったが、突如見えざる壁にぶつかったように動きを止めた。


「・・・」


何も言葉を発さず、見えざる糸が絡まったように動かない。

「引力」によって運ばれた「みちる」の立ち位置は、少し前にジェミニが「ある」と「える」の攻撃を躱すために描いた正方形の中であった。


ジェミニはその場所に、罠を用意しておいたのだ。


「その部屋は、あらゆる方向から力が働く絶対領域なのなの」

「プラスマイナスゼロの力が身動きを封じる。『ゼログラビティルーム』ぴこぴこ」


ジェミニの目前に、「みちる」を閉じ込めるようにして、透明な立方体が浮かび上がる。

その内側には、中央の「みちる」を刺すように、無数の矢印が伸びていた。


中央の「みちる」で相殺されるように、二対で伸びる無数の矢印。

赤みを帯びたドス黒い色の矢印は、「みちる」を亡き者にするかのように圧縮している。


「存在を保つことすら難しい、ゼロのお部屋。いつまでもつか楽しみなのなの」

「仮に耐え切っても、犬のタイムリミットが待ってるだけぴこぴこ」


そう、「みちる」が主導権を握る状態には時間制限がある。

万が一『ゼログラビティルーム』を突破できたところで、みちるに残された時間は少ないことを、『ドゥオデキム』の一員であるジェミニはお見通しであった。


(ここまで、か・・・)


明確な「死」のイメージが、「みちる」の脳裏を過った。




───3日前。


「時間か・・・・」


すっかり元気をなくした弟子を前に、ハテスは上がった息を整えるように長い息を吐いた。


場所は肆ノ国神殿前。

調査班を抜けた犬飼みちるは、師となるハテスに指南を受けながら修行を行っていた。


「また間に合わなかったか・・・」


弱り切ったみちるが、その場に座り込む。


「みちる」に主導権を渡した状態で組み手を行っていたが、ハテスに有効な一撃を与える前に、制限時間を迎えたのだった。


「・・ところで犬飼。三匹目が表に出ている時、お前はどういう状態なんだ?」


大分息が整ってきたハテスが、みちるに問いかける。


「記憶はあやふやだけど、夢を見ている感覚かな」

「夢?眠っているイメージということか?」

「うん。近いと思う」


みちるの答えに、ハテスが何やら考え込む。


「確か犬は二匹だったな」

「え?」

「飼っていた犬だ。才を授かる前に旅立ったという」

「うん、そうだよ。あるとえる」


みちるが頷いてみせる。

「なるほどな」と呟き、ハテスは改めてみちるの目を見据えた。


「犬飼の才は俺のと逆なのかもしれないな」

「どういうことあ〜る?」


右手に被せ直した人形が、ハテスに向けて口を開く。


「『冥府への道』のトリガーが死を感じることなら、お前の『ケルベロス』は死を受け入れることがそうかもしれない、という話だ」

「・・・」


左手に被せ直した人形が、みちるを向いて口を噤む。


「死を受け入れる、か・・・・」


師の言葉を復唱し、みちるは首を上げ、空を見上げた。




『コウヤッテ話スノハ初メテダナ』

「そうだね。対話できて嬉しいよ」

『俺ニ耳ヲ傾ケタトイウコトハ、覚悟ガ決マッタトイウコトダナ』

「ううん。覚悟なんて全然だよ」

『ハ?ジャアナンデダヨ』

「満ちたからだよ」

『満チタ?ドウイウコトダ?』

「時間が来たんだ。向き合うべき刻が」

『向キ合ウダト?忘レルノ間違イダロ』

「それは違うよ。師匠が言っていたように、受け入れるんだ」

『・・ソウカ。ドチラニセヨ、俺ノ出番ハモウ終ワリダナ』

「みちる?」

『ソウ、俺ハ「みちる」。ソシテオ前モ「ミチル」。ツマリ俺達ハ本来一人デアルハズノ存在。コウシテ話スノハ、コレガ最初デ最後トイウワケダ』

「・・確かに話すのは最後かもしれない。だけど消えてなくなるわけじゃないよ」

『ドウイウ意味ダ?』

「みちるはこれまでもこれからも心の中にずっと居る。あるもえるも、僕の中でずっと生きていくんだ」

『フッ。ソウイウ綺麗事ハ、コノ部屋カラ生還シテ言ウンダナ』

「それもそうだね。鎖を外して一緒に行こうか。限界のその先に」




「そろそろ時間なのなの」

「そのまま消えて無くなるぴこぴこ」


あらゆる方向から働くプラスマイナスゼロの力が、対象の身動きを封じる部屋。『ゼログラビティルーム』にそれぞれ両手を伸ばし、ジェミニが不吉な言葉を口にする。


「・・・」


部屋の中には、囚われた影犬の姿が。

彼の体を構成する影は、伸びくる無数の矢印に段々と圧縮され、今まさに消滅しようとしていた。


「あれ?消えたなの?」


ジェミニが戸惑いの声を漏らす。

その視線の先。『ゼログラビティルーム』の内部では、2対の矢印が1組ずつ、影犬の抵抗を打ち破っている様があった。


が、影犬に到達すると同時に、矢印は影に呑まれるようにして消えていた。

対象の存在をゼロとする筈の矢印は、形を細める影犬に次々と吸収され、遂にその数はゼロとなった。


「まさか。ゼロを受け入れたぴこ?」


呟くジェミニの目前。

『ゼログラビティルーム』の中には、かろうじて形を保った犬が一匹。


「・・・」


一体、何がどうなったのか。

異様な沈黙が屋上を包んだかと思うと。


「わオおオおオぉォぉォぉォん!!!」


影犬が遠吠えを上げ、それを合図に吸収した矢印が解き放たれた。


四方八方に飛び散った矢印は、『ゼログラビティルーム』を作り上げていた立方体を打ち破り、その一部はジェミニにも迫った。


「なの!」「ぴこ!」


これを後ろに飛び退いて躱すジェミニであったが、それとは逆に影犬に近づく影があった。


「ワン!」「ワン!」


その正体を「ある」と「える」は、そのまま主人と合流。

影は一つとなり、次いでみるみるとカタチを変えた。


「・・どうして、なのなの」

「・・タイムリミットのはず、ぴこぴこ」


いちど萎縮した影犬は、再び肥大化。

一回り大きく成長し、浮かび上がりしシルエットは、三つ首の猛犬。


『ケルベロス』であった。


「限界を超えた時間、『オーバーラップ』。これから1分間。ここは俺たちの庭だ」


完全体となった『みちる』は、説明も程々に、トップスピードで駆けた。



「来ないでなのなの!」


手を繋いだジェミニが、『みちる』に「斥力」を放出する。


「無駄だ」


しかし、『みちる』は止まるどころか、スピードを緩める気配すら見せない。


「それならコレぴこぴこ!」


次いで、「電気」が放たれる。


「わオん!」「ワおン!」


と同時に、『みちる』の左右の首から影の息が吐かれた。


影は迫り来る「電気」を真正面から受け止め、そのまま消し去った。


「マズいなのなの!」

「緊急脱出ぴこぴこ!」


たまらず互いに向けて「斥力」を放ち、ジェミニが回避を図る。


「遅い」


が、その先に左右の首がそれぞれ伸び、ジェミニの首根っこを咥えた。


「な、何するなのなの!」

「は、離すぴこぴこ!」


じたばたと暴れるジェミニを咥えたまま、『みちる』の左右の首がゆっくりと動く。


「安心しろ。痛くないように、丸呑みにしてやる」


そこには大口を開けた中央の首が。

左右の首がさらに移動し、ジェミニの体が大口に近づいていく。


「・・・と、少しやり過ぎたか」


口を閉じた首が、やれやれと呟く。


「なの、なの・・」「ぴこ、ぴこ・・」


左右の首に吊り下げられた状態のジェミニは、二人とも目を回して気絶していた。



やがて『みちる』の影は引き、気絶したジェミニが打ち付けられた。


生身となった犬飼みちるは、最後の力を振り絞るようにゆったりとした足取りで歩み、いつも両手に嵌めている人形を拾い上げると、二つ纏めて空に放った。


「壱は負けないよ。ゼロに一番近くて、一番遠いから」


力尽き、仰向けに倒れたみちるの視界には、どこまでも澄み切った空が広がっていた。



『ドゥオデキム』ジュン=ジェミニ、攻略完了。

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