非日常が常ならばそれが日常
「いかがでしたか、地面の下の景勝地巡りは」
「うん、予想以上に楽しめたよ」
テーブルに着いた私はすっかり空腹だった。ランチが出てくるのを待ちながら先ほど終わったばかりの2時間ほどの小旅行を思い出す。驚きの連続だった。
「まずは蟻の巣神社寺でございます」
最初から度肝を抜かれた。高さ数百メートルはあろうかと思われる巨大な山門。その後ろに立つ鳥居も同じく巨大だ。狛犬とお狐様が数千体並ぶ参道を抜けると大仏殿と神楽殿が我々を出迎え、宝物殿の中に入れば仁王像やら御神体の剣やら経典やら神棚やらが飾られている。
「えっと、ここは何を祀っているんだい。神様と仏様がごっちゃになっているみたいだけど」
「何も祀っておりません。重要なのは風景であってその中身ではありませんので。あなたがたもそうでしょう。神や仏を信じていなくてもお参りは欠かさないのですから」
これは痛いところを突かれた。確かに寺や神社の宗派や御神体などはあまり気にしたことはないな。
「次は植物の風景を楽しんでいただきましょう」
連れて来られた峡谷の光景もまたあり得ないものだった。東は桜と梅の花が咲き乱れ、南はハイビスカスのお花畑が広がり、西は黄色く色づいたイチョウやカエデが吹く風に枯葉を散らし、北は猛吹雪の中に立つ枯れ木が樹氷を形成している。これはいつの季節を想定しているのかと訊きたくなったが返って来る答えはおおよそ見当がつくのでやめておいた。
「水辺の風景も良きものでございますよ」
真夏の太陽が照りつける大海原の水平線には入道雲がムクムクと湧き上がっている。海に注ぐ川は夜の闇に包まれ鵜舟の篝火が暗い川面を照らし、シトシトと雨が降り続ける滝の水は逆流し、滝壺から天に向かって水が流れている。その中を一匹の鯉が滝下りしている。
「どうして滝の水は上に向かって流れているんだい」
「そのほうが面白いからです」
地底人の面白さのツボは我々とは少し違っているようだ。
それからも多くの景勝地を回った。洞窟、離島、千枚田、山頂。そのどれもが現実離れしていた。驚きの連続に疲れたころようやく景勝地巡りは終わった。
「そろそろランチの時間です。ご当地料理を是非ご賞味ください」
そうして今、レストランで食事が出てくるのを待っているわけなのである。
「まずは食前酒です」
透明のグラスに注がれた琥珀色の液体。口に含むとワインに似た風味だ。
「これはどうやって作っているんだい」
「蝉です。蝉は逃げる時によくオシッコをひっかけることがあるでしょう。それを発酵させて作りました」
「お、おしっこ!」
「驚かれることはありません。蝉は樹液を吸って成長します。おしっこもまた樹液から作られています。つまりこの食前酒の原料は樹液100%と言ってもいいでしょう。香料や酸味料や醸造アルコールなどが添加された酒に比べれば、よほど安心して飲めるのではないですか」
「言われてみればそうだな」
そう聞かされると蝉のオシッコ酒が美酒に思えてくる。地底人は口も達者なようだ。
「前菜でございます。先に言っておきますとキノコと苔のサラダです。どちらも巣の中で栽培されたものです」
程よい酸味とシャキシャキとした食感が心地良い。すぐに食べ終わってしまった。
「スープは先日収穫したコーン菓子をベースにしてポタージュ風に仕上げました」
これも悪くない。地底人の料理の腕前はかなりのものだ。
「ひとつ訊きたいことがある。どうしてこんなに持て成してくれるんだ。私を楽しませても君たちにメリットなんかないだろう」
「最初に申したはずです。親切にしてくれたお礼だと。あなた様はこの半年間ずっと私たちを見守り、エサを与え、世話をしてくださいました。これだけの恩を受けて黙っていることなどできません。さりとてどんな人間でも巣の中に招き入れるわけではありません。招待するに足るべき相手かどうか見極める必要があります。そのために私は縁側から居間へ入り込むという暴挙を犯したのです。悲鳴をあげる奥様を制し、あなたは私を逃がしてくれました。その時点であなたの招待は決定したのです」
まるで芥川の蜘蛛の糸みたいな話だな。小さな虫だって親切にしてやれば良いことが巡ってくるわけか。
「次はメイン料理になります」
皿の上にはステーキがのっていた。何の肉だろう。いや肉に見えるだけで材料は豆とか魚かもしれないな。
「これは哺乳類の肉です。実は半年前にここに施設を造営することになったのはこの哺乳類の存在があったのです」
哺乳類……犬か猫だろうか。
「つまりこの家の庭に死骸が埋まっていたから巣を作った、そういうことなのか」
「そのとおりです。肉はそれほど重要ではありませんが地表の生物の骨は我々にとって非常に価値があるのです。電気回路素子の原料として使えるだけでなくエネルギー発生装置の燃料にもなるからです。この半年の間に完全に利用させていただきました。今は欠片も残っていません」
驚いた。土葬にした場合、骨が土に還るまでに数年はかかる。それをわずか半年で消滅させてしまったのか。やはり地底人の科学力は底知れぬものがある。
「さあ、冷めないうちにどうぞ」
「いや、それを聞いたら食欲がなくなった。牛や豚や羊なら食うがそれ以外の哺乳類の肉はちょっと……」
「これは失礼しました。それでは蜂の子はいかがでしょう。地面に叩き落とされたアシナガバチの巣から採取した蜂の子のソテーでございます」
「それをもらおう」
ステーキは引っ込められて代わりに蜂の子が出てきた。ミツバチの蜂の子は食べたことがある。それよりも数倍美味しく感じたのは料理人の腕だろうか。それとも虫の世界で食べる虫の料理だからだろうか。
「どれもこれもうまいな」
口休めのソルベ、デザート、食後の一杯、全てが極上品だった。腹も心もすっかり満ち足りた。亀に連れられて竜宮城へ行った浦島太郎もこんな気分だったのだろうな。
「しかし骨を使い尽くしてしまったのなら、もうここにいる意味はないんじゃないのかい」
「そうですね。新しい骨が欲しいところではあります」
シツジがっこりと笑った。何もかも知っている、そう言われているような気がした。
――ウーウーピー! ウーウーピー!
突然レストランの店内に警報音が鳴り響いた。シツジの顔から笑みが消えた。警報音に混じって早口の声も聞こえてくる。
「大変です。巣穴から化学物質が投入されました。すでに数名の犠牲者が出ている模様です」
「直ちに全隔壁を閉鎖。外部モニターを作動」
テーブルの中央にディスプレイが出現した。そこに映っているのは家の庭で何かを撒いている妻の姿だった。
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