第8話 精霊使い見習い
「ゴブリンか!」
それは初めて間近で見る魔物だった。
一頭だけで、私よりも背は小さくしかし鋭い爪と牙そして気味のわるい目つきでこちらを見ていた。
私一人だけだと思って追いかけて来たのか、スペンサーを見ると驚いていたがそのまま襲いかかって来た。
「動くなよ、エレノア!」
どのみち怖くて動けない私はその場で立ち尽くしていた。スペンサーはゴブリンに立ち向かい2、3度剣を振るうとゴブリンは動かなくなった。
バッタリと倒れたゴブリンからはドクドクと体液が流れ出しその場を染めていった。
生臭い匂いが立ちこめ気分が悪くなる。
私はその場にへたり込むと口を押さえた。
「気持ち悪い…」
喉の奥に苦い物が込み上げ堪らず吐き出す。
「エレノア、大丈夫か!」
すぐにスペンサーが駆け寄ってくれたが手にした剣を見て後ずさった。
「ヒィ、来ないで怖い!」
ゴブリンの体液にまみれた剣と少し返り血を浴びたスペンサーが恐ろしかった。
「あぁ、すまない。ちょっと待ってろ。」
彼は剣を拭って鞘におさめ、川で顔と手を洗うと戻ってきた。
「もう怖くないか?」
ゴブリンの体液がキレイに洗い流されホッとして頷いた。スペンサーは慎重に私を抱き上げると火のそばに連れて行ってくれ水を飲ませてくれた。
「大丈夫か? 魔物を倒すのを間近で見るのは初めてか?」
コックリ頷くとまだ震えが止まらない私の肩をそっと抱いてくれた。その体温に安心する。
「スペンサーにこうされるとホッとする。」
前日に引き続き安心感を与えてくれる彼にそう伝えると
「もう少し警戒心を持ったほうが良いんじゃないか?」
そう言って私の方を見ない。
「どうして?」
「オレはともかく他の奴にはこんな事させるなよ。」
「裸の人にキュってされちゃ駄目ってこと?」
スペンサーは上半身裸だった。
「わっ! すまん。」
慌てて離れると服を着だした。変なスペンサーだ。
私に少し待つように言うとスペンサーはゴブリンの死体をどこかへ捨てに行った。
戻ってきた彼が少し腕を気にして擦っている。よく見ると残滓がまとわりついていた。
さっきのゴブリンの物だろう。違和感有りげに手を開いたり握ったりして感触を確かめているようだ。利き腕に残滓が残るのは良くないだろう。私を助ける為にゴブリンを殺して受けた物だから私の責任だ。
スペンサーに近づくと腕にそっと触れ残滓を払えるか試してみた。人になってからは試したことが無い。
自分の中の何かを探しスペンサーがよくなるように心から思いをこめた。
「なんだ? 軽くなったぞ。…エレノアは精霊使いか?!」
どうやら上手く払えたようだ。彼の驚いた顔とその後の嬉しそうな顔を見ると自分も嬉しくなった。
「上手く使えるかわからなかったけど、喜んで貰えて良かった。」
そう言った瞬間自分の手がズキッと痛くなった。残滓を払った方の手を見ても何も変わりは無くただズキズキと痛む。我慢できない事はないし、段々とおさまっていくようだ。
これくらいなら大丈夫だろう。
スペンサーは残滓の払われた手を見つめ「そうか…」と呟き、さっきまでの嬉しそうな顔を翳らせると何やら考え込んだ。
「村には精霊使いの婆さんのところに行くと言ったよな。」
「そう、良い人だって。スペンサー知ってる?」
「あぁ、ゾラだろ。昔から知ってるよ…とにかく大丈夫そうなら出発しよう。ずいぶん遅くなった。」
急いで支度をして川を後にした。
再び街道に出た。
昨日までと違いスペンサーがずっと難しい顔して歩いている。
「どうしたの? 怒ってるの?」
私が何かしたのか気になって聞いてみた。
「いや、何でもない。エレノアは精霊使いになるのか?」
「別に決めてない。」
「だけど精霊が見えて使えるんだろう?」
普通の人には精霊が見えない。だから私が精霊を連れていてその子と一緒に残滓を払ったと思っているのだ。精霊が見えるのは本当だけど自分が精霊って事は話しちゃいけないんだっけ。
「精霊は見えるけど、精霊使いにはまだなってない。」
「ゾラに教えてもらえばいい。精霊が見えるなんて珍しいし、残滓を払えるって事は魔力もありそうだ。」
ホントはそうじゃないけど、取り敢えず頷いた。
「だったら精霊使いになればこの先一人でも生きていける。」
一人じゃないよって言いたかったけど、ワイアットの話をしたらスペンサーは機嫌が悪くなるから言わないでおこう。
「私って一人で生きて行くの?」
「そういう訳じゃない。仕事をしてお金を得られるって事だ。」
「お金が必要なの?」
「生きて行くためにな。エレノアはオレの様に獲物を捕まえたり魔物を倒したり出来ないだろ? オレはそれで食ってイケるけど、君は精霊使いとして人の役にたってお金をもらえばいい。」
そうか、仕事か。
「わかったよ、村でゾラって人にやり方を聞いてみる。」
何か方法があるかも。今のまま残滓だけ払って喜んでもらえるならそうしよう。
黙々と歩き続け人里に近づいたのか誰かとすれ違う事も多くなってきた。スペンサーはどうやら馬に乗った人が近づくと隠れるようだ。歩いてる人、荷馬車の人とはたまに話したりもしている。
誰かと話す時は私を遠ざけた。
「何の話をしてるの?」
歩いていた人と話した後で聞いてみた。
「この先に魔物が出たかどうかや、水場が変わってないか、それから残っている村の事だ。」
「何でそんな事をきくの?」
「こうやって旅をする上で重要だから。魔物は危険だし、オレにとっては仕事でもある。村にとって危険なら倒せば金が稼げる。水の大切さは言ったろ?」
なるほど情報を集めてるのか。
「残ってる村ってどういう事?」
「以前はあった村が無くなってるって事もよくある。前は魔王がいたからな。魔物に襲われ知らん間に自分の村が無くなってるって事もあるのさ。」
「無くなるって、村に住んでた人はどうなるの?」
私が驚いて尋ねると、
「…皆殺されるか精々逃げても数人、どこか他へ行くしかない。」
そうだ、皆殺されるんだ。
急に頭の中に叫びながら必死に逃げ惑う人、追いかけてくる魔物が浮かんだ。
私もそうして死んだんだ…
忘れてた…沢山の人が魔物に殺された。
顔も誰かもぼやけてわからないけど私の家族も私もその時に死んだんだ。
その事を思い出すと目の前が真っ暗になった。
遠くでスペンサーの声がした気がした。
「エレノア! …あぁ、やっと気づいたか、良かった驚いたぞ。」
どうやら気を失っていたようだ。
スペンサーに抱えられ焚き火の側にいる。もう辺りは薄暗くかなりの時間が経っていたようだ。
「一体どうしたんだ。」
私が急に倒れ抱き起こすと顔色が悪く体が冷えていたようだ。
まだ少し寒い。
私はスペンサーにしがみつくと涙が溢れ止まらなくなった。
「私の家族も魔物に殺された。」
そう言うと彼はギュッと抱きしめてくれ
「そうか…オレと同じだな。」
私が泣き止むまでずっとそのままでいてくれた。
何とか落ち着きふと顔をあげるとスペンサーの顔が思っていたより近くにあった。
「うわっ!」
慌てて体を離すとスペンサーも手を離してくれた。
何だ? 顔が熱い。
急に恥ずかしくなり彼から離れると少し離れた所に座った。
「なんか、ごめんなさい。」
倒れたうえに介抱してもらったのに驚いて離れるとかちょっと失礼な気がした。
「気にするな、って言うかオレの方こそすまん。」
スペンサーは苦笑いしながら頭をポリポリかいた。
そのまま今夜はここで野宿だ。
狩りに行けなかったので手持ちの木の実を食べて食事をとる。
「ごめん、私のせいで。」
「いや、仕方ないよ。こんな日もあるさ。それより、やっぱり親が死んであんな所に一人で居たんだな。」
スペンサーは私があそこに居たのは村が魔物に襲われて一人で逃げてきたせいだと思っていたようだ。魔王がいた頃は孤児がそこら中にいたらしい。
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