第7話 旅人

 しばらく黙ってスペンサーの横を歩いていた。

 時々顔をチラッと見ていたが怖い顔のままだ。

 

「スペンサーはワイアットが嫌いなの?」

 

 思いきって尋ねてみた。

 

「…嫌いとは少し違うな、とにかく奴の話はするな。」

 

 よく分からないがワイアットの話はもうしない方がよさそうだ。村に行くまでの間の事だし、スペンサーはそのこと以外は良い人に見えるからそっとしておこう。

 

 私は街道を進みながら見たことない花を摘んでみたり、木になっている実を食べれるか齧ってみたり、とにかく色々な事が珍しくて仕方が無かった。

 

「エレノアを見てると初めて外に出たように見えるけど。」

「私、あの森から出た事ないの。」

 

 初めて見た花の香りをクンクン嗅ぎながら答えた。

 

「森から出た事ないってどういう事だ! 親や他の家族は?」

「いないけど…」

 

 スペンサーが驚いてコッチを見てる。

 

 なんかマズイこと言ったかな。精霊って事はバレちゃ駄目だから言ってないけど、一人でいた事も言っちゃいけなかったか。

 

「えっと、気がついたらあそこにいたの。私にもよくわからない。」

「そうか…」

 

 スペンサーはそれ以上は追求して来ないのでもう大丈夫だろう。

 

 

 

 

「スペンサー、まだ着かないの?」

 

 私は足が痛くなってきてもう歩くのが嫌になった。

 

「だから言ったろ。ハシャギ過ぎると続かないって。」

「そんな事言われても…疲れた。」

 

 スペンサーはちょっと笑いながら

 

「仕方ないな、少し早いが休憩だ。」

 

 そう言って側にあった木の下に腰をおろした。

 

「ヤッター、はぁ。」

 

 私も隣に座り込み木にもたれて休んだ。

 

「まだ遠いの?」

「こんな調子ならいつになるかわからん。」

 

 スペンサーが呆れながら水筒の水をくれた。私がごくごく飲もうとすると、

 

「おい、次の水場はまだ遠いぞ。少しずつ飲まなきゃ無くなってしまう。」

「え、そんなに水無いの? 。」

「そりゃ飲めば無くなるだろ。ここは泉の側じゃないんだから。」

「そうなんだ。」

 

 もう泉の側じゃないんだ。

 

 そう思うとなんだか急に不安になった。

 

「水が無くなったらどうなるの?」

「そりゃ、オレが倒れてたのを助けてくれたろ。あんなふうになる。水が無いと人は死ぬんだ。」

「死ぬの、そうだよね。見たことあるよ、人が死ぬの。」

「あの泉で?」

「うん、水を飲んでも飲まなくても死んだよ。私も死ぬの?」

 

 怖くなってスペンサーに聞いてみた。彼は真剣な顔で

 

「今は死なない。俺がついてるから死なせない。いずれずっとずっと先にヨボヨボの婆さんになって孫達に囲まれて死ぬんだ。」

「ヨボヨボの婆さんになるの?」

 

 私は急に可笑しくなった。

 

「私はヨボヨボにはならないよ。」

「人は皆年をとる。そうやって死ぬのが幸せなんだよ。」

「死ぬのが幸せ?」

「年をとってヨボヨボになってからな。」

 

 何だかスペンサーが少し悲しそうだ。

 

「スペンサーもヨボヨボになってから死んでね。」

 

 私がそう言うと彼は驚いてこっちを見た。そして急に笑いだし

 

「そうなると良いんだけどな。」

 

 そして立ち上がり手を差し出すと、

 

「さぁ、行くぞ、エレノア。」

 

 私はその手を取り立ち上がった。

 まだ休んでいたかったがスペンサーはもう元気そうだ。

 

 

 そこからはゆっくりと大人しく二人並んで歩いた。

 お腹が空いてきた頃やっと休憩になりまた木陰で休んだ。スペンサーは持っていた荷物から果実と肉をくれ二人で食べた。水はまだあったが少しずつ飲む。

 

「少し頑張って歩かないと今夜の野営地につかないぞ。」

「決まってるの?」

「川のそばで狩りも出来る。オレ一人ならどうとでもなるがエレノアがいるからな。」

 

 私の為の安全策らしい。

 食べ終わるとまたすぐに歩き出した。

 すると急にスペンサーが私の手をひいた。

 

「エレノア、こっちへ来い。」

 

 そう言って街道から少し離れた木陰へ入り隠れるようにしゃがんだ。

 

「どうしたの?」

「ちょっと静かにしてろ。悪い奴が来るかもしれん。」

 

 悪い奴と言われ少しドキドキした。スペンサーのマントを握るとジッと息を潜める。

 暫くすると2頭の馬に乗った男がやって来たが馬を走らせたまま通り過ぎた。

 

「もういいだろ。」

 

 完全に見えなくなってからまた街道へ戻った。

 

「あの人達は誰なの?」

「剣を持って鎧を身に着けていたろ、騎士だよ。」

「騎士って悪い奴なの?」

 

 私の質問にスペンサーは肩をすくめて

 

「騎士って言ったって人だからな。良い奴も悪い奴もいる。」

「スペンサーも剣を持ってるよね。騎士なの?」

「騎士は貴族だけがなれるんだ。平民がなれるのはその下っ端の兵士、オレは昔兵士だった時があったんだ。」

「強いの?」

「そこそこな。」

 

 ニヤリと笑うその顔は自信がありそうで、そこそこという感じではないね。

 

 そこからはまた疲れたと文句を言いつつ何とか本日の野営地についたようだ。

 スペンサーは私を街道から少しそれた所にある川に連れて行った。川の側は大きな岩がゴロゴロあって地面もデコボコしてる。竈をつくり火をつけると私に知らない人が来たら隠れているように言うと狩りに出掛けた。

 

 川は浅く穏やかに流れていて水は冷たく気持ちが良かった。

 私は裸足になると川に入った。

 川底は石がゴツゴツとして歩きづらく滑って転んだ。

 

「びしょ濡れだよ、乾かさなきゃ。」

 

 全身濡れたのでついでに体も洗おうと服を脱ぎ髪も洗った。裸は流石にマズイのでスペンサーの荷物をあけてタオルを出すと濡れた体を拭いてそれを体に巻いて火のそばに腰かけ服も干した。泉の水と違って川の水は冷たくてガタガタ震えが来て、火にあたっているが一向におさまらず寒い。

 一人で震えているとやっとスペンサーが帰ってきた。

 

「転んだのか? こんな浅瀬だ、まさか体を洗おうとしたのか? 川の水は冷たいのに。」

 

 呆れつつも取ってきた捌き終えた獲物を手早く串に刺し火にかけ私の横について座るとマントに入れてくれた。

 

「震えが止まるまではこのまま我慢しろ。」

 

 そう言って肩をキュッと抱き寄せる。

 

「スペンサーは温かいね。」

 

 私がその体温にホッとして体を預けると彼はビクッとして固まった。ちょっと顔が赤い気がするが温かいのでこままでいよう。

 すぐに肉の焼けるいい匂いがしてきて二人でそれを並んで食べた。

 

「美味しいね。」

「そうだな。」

 

 全然こっちを見ないスペンサーを不思議に思って

 

「怒ってるの?」

「いや、別に。」

 

 何だか変だがまぁ怒ってないならいいか。

 お腹いっぱいになり服も乾いたのでそれを着るとまた火のそばのスペンサーの横に座った。昼間の疲れもあってすぐに眠くなりあっという間に意識が無くなった。

 

 朝がきたのか目が覚めた。

 隣には誰もいなくて少し離れた場所でスペンサーが剣を振っていた。上半身裸でどうやら鍛錬しているようだ。兵士だったと言っていた言葉に嘘は無いらしく鍛え上げられた体をしている。体には古い傷跡が多くありずいぶん長い年月戦ってきたようだ。

 

 起き上がってボンヤリ眺めているとスペンサーが鍛錬を終え川に入って行った。

 

 ずいぶん汗かいたもんね。

 

 私に気がつくと少し離れた深いところまで行き裸になって川に体を沈めていた。

 

 見てちゃ駄目だったか。

 

 ちょっと恥ずかしくなり立ち上がるとそこを離れ川沿いをスペンサーがいない方へ歩いて行った。

 

 ブラブラしていると背の高い草の奥でカサカサ何かが動く気配がした。

 ゾワッとして後ずさるとそのままスペンサーがいる所まで走って引き返した。

 

「スペンサー! 何かいる!」

 

 私の叫び声に反応して彼はすぐさま剣を握ると駆け寄ってきた。

 

「エレノア、オレから離れるな!」

 

 私の後から付いてきたのは魔物だった。

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