第6話 旅人

「とにかくオレと一緒にいろ、一人で森に居るのは危険だ。この火の側にいれば温かいし誰か悪い奴が来てもオレが追い払ってやるから。」

 

 スペンサーはそう言うけど、どうしよう。

 

「オレが心配ならこれを持ってるといい。」

 

 そう言って私に小型のナイフを渡してきた。鞘付きで腰にぶら下げる事が出来る。

 

「使い方は分かるか? 危険だからちゃんと扱えよ。」

 

 スペンサーはナイフを使って木の実の取り方、枝の払い方や削り方など使い方を教えてくれた。最後に、

 

「誰かに嫌な事をされそうになったらこうやって使うんだぞ。」

 

 そう言ってナイフを握って誰もいない所をグッと突き刺した。

 

「身の危険を感じたら躊躇するな。怖くても頑張れよ、オレが助けに行くまで逃げ切れ。」

 

 真剣に話すその顔は少し怖かった。だけど私の事を本当に心配してくれているのだと思えてコックリ頷いた。

 

 その夜はそのままスペンサーと一緒に居る事になった。

 私は例の木の実をナイフで取って半分に切るとかじってみた。

 

「美味しい。」

 

 甘酸っぱい果実はとても美味しくて、嬉しい気持ちになった。

 どうやらここを出る時がきたらしい。

 

 私はスペンサーにここを出て東にある村に行きたいと言った。

 

「そこに知り合いでも居るのか?」

「知り合いはいないけど、精霊使いがいるからその人に会いに行くの。」

「どうして?」

「えっと、優しいから助けて貰えってワイアットが言ったの。」

「ふ〜ん。」

 

 スペンサーはワイアットの名を出すと機嫌が悪くなるみたいだ。

 

「村へはオレが連れて行ってやるよ。」

「ホント! ありがとう、ちょっと不安だったの。」

 

 次の日に連れて行ってもらう約束をし、私はスペンサーの側で眠った。

 なんか良い人みたいだ。

 

 朝になって目が覚めた。

 スペンサーはもう起きていて何やらゴソゴソ身支度をしていた。

 

「おはよう。」

 

 眠気まなこで声をかけると彼は振り返った。

 

「だれ?」

 

 そこには見知らぬ若いカッコイイ男がいた。

 

「おはよう、誰って、オレだよ。」

「スペンサーなの?」

「他に誰がいるんだよ。」

 

 確かに。

 

 ヒゲを剃ったスペンサーはキリッとした顔立ちのイイ男で髪も切ったのかサッパリとしていた。

 

「ヒゲがないから…」

「あぁ、村へ行くならちゃんとしておかないと怪しい者だと思われるからな。」

「そうなんだ。」

 

 私は自分を見た。

 ワンピースは薄汚れ、体も昨日から洗ってない。スペンサーがいたから泉に入れなかったのだ。

 

「ちょっと向こうむいてて、私もキレイにする。」

「わっ、待て。これ使え、それからこれも。」

 

 スペンサーはそれだけ言うと慌ててどこかに行った。

 タオルと石けん、小さなタライを渡されそれで服を洗濯し体を洗った。

 髪も洗い汚れた水は泉から離れた所へ捨てると火の側に服を干し、タオルを体に巻いて座っていた。

 いい天気でウトウトしていると結構時間が立ったのか気がつくと服が乾いていた。

 乾いた服を着るとお腹がグ〜っとなった。

 

 気持ち悪い、お腹が空いた。

 

 初めての感覚に気分が悪いが、例の木の実を採って食べると少しおさまった。

 

 お肉食べたいなぁ…

 

 昨日のお肉の味を思い出しまたお腹が減ってきた。

 

「お〜い、そっちへ行ってもいいか?」

 

 スペンサーが帰ってきた。

 

「良いよ。服着てるよ。」

 

 最初にチラッと様子を見たあとホッとしながらこっちへやって来た。

 

「狩りに行ってきたんだ。この辺りはまだ豊かな森なんだな。」

 

 スペンサーは既に捌いた肉を焼き始めた。

 

「いい匂い。」

 

 肉が焼けるのをじっと見ていると急に

 

「ワイアットとは何か約束をしたのか?」

 

 スペンサーは真剣な顔で聞いてきた。

 

「家族になるって約束したよ。」

「それなのに置いていかれたのか? 家族ならそのまま一緒に行けば良かったじゃないか。」

「それは、私がここを離れられない事情があって、」

「だったら、ワイアットが待てば良いじゃないか。」

「でもお城から迎えが来るからって。」

 

 彼は私を見つめ少し言い淀むと

 

「ワイアットに何かされなかったか? 奴はエレノアに触ったか?」

「何かって? 何? 触るのは触ったよ、髪とか、」

「髪以外は?」

「どうだったかな? 最後にギュッってしたけど。」

「ギュッ? どうやって?」

「こうやって、」

 

 私がスペンサーに抱きつくと彼は慌てて体を離した。

 

「うわっ、オレにしなくてもいい。そ、そうか。とにかく何もされてないんだな。それなら良い。…流石にこんな子供に何もしないか。」

 

 ホッとしながら焼けた肉を渡してきた。

 

「なんでそんな事を聞くの?」

 

 肉を食べながら尋ねると、

 

「世の中には悪い奴がいて、エレノアに嘘を言ったり、嫌なことをする奴がいる。ワイアットから嫌な事をされていないか確かめたんだ。君はカワイイから気をつけろ。」

 

 やっぱり私はカワイイらしい、エヘヘへ。

 

 お腹いっぱいになりいよいよここを出る時が来た。

 

 私は生まれて初めて行く外の世界に少し戸惑っていたが、最後に泉に手を浸すと別れを告げた。

 

 今までありがとう、バイバイ。

 

 

 

 

 

 泉のある森から出た…

 スペンサーの後をついて歩いて行くと、段々と木々が少なくなって行き拓けた場所に出た。

 草原が広がり風が気持ちよく吹いている。

 

「わ〜、外って広い!」

 

 私は草原を走りだした。

 初めての広々とした世界が輝いて見え不安な気持ちは一瞬で吹き飛び楽しくなって来た。

 開放感からどんどん遠くまで走り後ろからスペンサーが叫ぶ声が聞こえる。

 

「そんなにハシャグと後が続かないぞ!」

 

 こんなに気持ちが良いのにじっとなんてしてられないよ!

 

 私は右に左に見た事が無い花や木を見つけると行ったり来たりした。森の中では限られた場所しか移動出来なかったので好き勝手に動き回れるのが楽しくて仕方がなかった。

 いつの間にかスペンサーが先に進んでいてコッチだと手招きしていた。

 そこからは時々彼の位置を確認しながら行きつ戻りつ外の世界を楽しんだ。

 

「お〜い、そろそろ戻って来い! 街道に出るぞ!」

 

 スペンサーが随分先に進んで私を待っていた。

 

「せっかく面白かったのに、そんなに先を急がなくても良いじゃない。」

 

 私は彼の側に駆け寄ると文句を言った。

 

「楽しいのはわかるけど、村へいくんだろ? 結構歩くぞ。」

「近くじゃないの?」

「どれ位の意味で言ったか知らないが、精霊使いの婆さんがいる村ならオレの足でも2日はかかるぞ。」

「2日…それって遠いの?」

「そりゃ大人の歩き方と子供のエレノアとじゃ随分違うからな。」

「私は子供じゃない! ちゃんと歩けるよ。」

 

 やたらと子供扱いされるのが気に入らずムッとする。

 

「わかったよ、だったらちゃんと大人しくついて来い。」

 

 スペンサーは笑いながらまた歩き始めた。

 暫くすると小高くなった所に長く伸びる真っ直ぐな道に出た。

 

「さぁ、ここを東へ向かうぞ。」

 

 そう言ってその真っ直ぐな道を進み出す。

 

「これが街道なの? ここを進めばワイアットの所へいけるの?」

 

 そう尋ねるとスペンサーはちょっと怒ったような顔で、

 

「いや、この道では駄目だ。ちゃんとわかってないとたどり着けないぞ。」

 

 そう言って口をつぐんだ。

 

 やっぱりワイアットの名前を聞くと嫌なようだ。

 

「そうなんだ…」

 

 それだけ言って黙ってスペンサーの横に並んで歩いた。

 何がそんなに気に入らないのだろう? ワイアットは勇者で魔王を倒した良い人のはずなのに。

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