第5話 旅人

 うつ伏せに倒れた男の微かに呼吸で上下する体をよく見ると、汚れてボロボロの姿だ。マントは破れ靴も穴が空いている。正に行き倒れそうな格好だ。

 

 これ放っといて良いのかな。

 

 私はどうすればいいのか分からず、その辺に落ちていた枝で離れた所からツンツン突いてみた。

 

「あの…死ぬんですか?」

「…」

 

 お? まだ生きてるようだ、何か言ってる。

 

「何ですか?」

 

 私が恐る恐る近づくとどうやら水を欲しがっているようだった。たどり着く前に倒れたもんね。

 両手で水をすくい男の所に運ぶと頭からかけた。男はそれに気が付き何とか仰向けになった。もう一度水をすくい今度は男の口のあたりにチョロチョロとこぼすと男は何とか口をあけた。少し水を飲むと薄っすらと目を開き自分の腰元を探るとコップを取り出した。

 

「これに…頼む。」

 

 汲んでこいってか。まぁ、仕方ない。私の手じゃなかなか満足できる量は汲めない。

 

 コップを持ち泉の水を汲んでまた男の所に行くと、少しだけ体を起こした状態で男が待っていた。コップを手渡し少し離れた。泥だらけだしちょっと臭い。

 そこから3杯の水を飲むと男はまたバッタリと倒れた。

 

「あぁ〜、生き返ったよ、ありがとう。」

 

 生き返ったとは言ったがそのまま動かず死んだのかと思ったらイビキを立てて眠り始めた。

 

 変な奴だな。取り敢えずもう放っておこう、ここには居られない。

 

 私は森で過ごす時用の場所に移動するとその日はそこを動かずそのまま眠りについた。

 

 

 

 

 朝、誰かの声がして目が覚めた。

 

「お〜い、居ないのか! 昨日の娘さぁん!」

 

 声がデカいな。行き倒れかけた男か。

 

 隠れた場所からこっそり移動し木の陰から男の様子を伺った。

 無精ヒゲで髪はボサボサのその男はキョロキョロと辺りを見回しボリボリ頭をかくとマントを外し服も脱ぎ出した。持っていた小さなタライのような容器に水を汲むと泉から離れタオルで体を拭き出した。

 

 汚いもんね、キレイにするといいよ。

 

 顔と上半身を拭き終わるとズボンに手をかけた。

 

 えっと…見てていいのかな。

 

 最近人としての感情が出だした私に羞恥心が芽生える。木陰から悩みつつ覗いているとふと振り返った男と目があった。

 

「おわっと、そこにいたのか。これは失礼。」

 

 男は慌てて半分出ていたお尻を隠すと服を着直した。

 

 惜しかったかも。

 

「昨日は助かったよ。ありがとう、オレはスペンサー、君は?」

「…エレノア。」

「エレノアか、いい名だね。この近くに住んでるのかい?」

 

 私は小さく頷いた。男はこちらに近づくことも無く離れたままで会話は続く。

 

「今一人かい? 家はどこだい?」

 

 私はそれには答えず男を見ていた。人として誰かと接するのはワイアット達と離れて以来初めてだ。ちょっと怖い。

 

「怖がらなくても何もしないよ。少し食べ物を分けて欲しいだけなんだ。」

 

 私は例の木の実を指差し食べれる事を教えた。

 

「あぁ、助かるよ。ありがとう。」

 

 スペンサーは木の実をもりもり食べるとその下に腰をおろした。

 

「美味かった、3日ぶりに食べ物を口にしたよ。これで少し生きながらえたな。」

 

 そう言って腰から何やら取り出した。それは長剣で傷だらけの鞘からそれを抜いた。

 

「うゎ!」

 

 それを見て驚いた。鈍い光を帯びた剣はなんだか気持ち悪くてただでさえ見知らぬ男なのに余計に近づきたく無い。

 スペンサーは剣の手入れをするとそれを再び鞘にしまった。服も着直し身支度を整えると、

 

「ちょっと狩りに行ってくるよ。またここに戻ってくるけど構わないよな。荷物置いていくから見ててくれないか。」

 

 何故か私に確認してきた。確かにここは私の泉だけどそんな事誰も知らない。

 とにかくコックリと頷いた。スペンサーは剣とロープだけを持って出掛けた。

 

 変な人、だよね。

 

 誰も居なくなり少しホッとした。木陰から出ると泉の所へ行き水を飲んだり足を浸したりしてくつろいだ。やっぱりここは落ち着く。

 ゆったりと過ごしていると誰かが来る気配がしたので慌てていつもの所に隠れた。

 スペンサーが狩りから戻って来た。数匹の小さな獣を捕まえたのか捌いた状態で腰にぶら下げていた。

 さっきの荷物を取ると少し離れた所で焚き火を用意し獲物を焼き出した。

 それは暫くするとこんがり焼き上がりいい匂いをさせた。

 

 美味しそうかも…

 

 さっきの木陰から黙って見ているとスペンサーは焼き上がった肉を黙ってモグモグと食べ出した。離れた場所から見てても肉汁が滴り美味しそうだ。

 私はつい木陰から出ると少しだけ近くに行ってみた。

 

「食べないか? 美味いぞ。」

 

 スペンサーはこちらを見ずに肉を差し出した。私は少し戸惑ったがそれを受け取りガブリと一口食べてみた。

 

「美味しい。」

 

 お肉美味しい!

 

 そこからは夢中で肉を食べた。スペンサーは何も言わずに私に肉を与えてくれお腹いっぱいになった。

 

「もう食べられない。」

 

 手も顔も油で汚れたがスペンサーがタオルを貸してくれキレイに拭いた。

 

「えらく少食だな。もういらないのか?」

「いらない、ありがとう。」

 

 どうやら私はあまり沢山食べないようだ。そりゃそうか、ほとんど食べた事が無い。って言うか美味しいって事はもうちゃんと人になったんじゃない? 一応後で木の実を食べてみよう。

 私は立ち上がると森へ帰ろうとした。

 

「どこに行くんだ? 家はあるのか?」

 

 スペンサーが聞いてきた。

 

 う〜ん、どうしようかな。この人は良い人なんだろうか?

 

 よく顔を見てみるがヒゲ面で年も分からないが多分若い男だ。

 

「あなたは悪い人じゃないの?」

「オレ? 本人に聞くのか、やっぱり一人でいるんだな。」

 

 え? 聞いちゃ駄目なのか。一人だとバレてるし。

 

 私はビックリして森の方へ走った。

 

「あぁ〜待て待て、別に何もしない。心配しただけだ。女の子がこんな人里離れた所にいる事自体変だからな。」

 

 その言葉を聞いて離れた所で立ち止まり振り返った。

 

「なんで私の心配なんかするの?」

「何でかなぁ、オレも家がないし家族もいないから、かな。」

「家がないの?」

「あぁ、無い。魔物に潰されたよ。」

「家族もいないの?」

「…いないよ。」

 

 ちょっと悲しそうに微笑んでスペンサーは言った。

 ここへ来る旅人の中にも同じ様な人達はいた。魔王のせいで家や家族を失い彷徨う人達。

 スペンサーもその一人らしい。

 

「エレノアもそうなのか? 父さんや母さんは? 家族は?」

 

 そう聞かれ私はニッコリ笑うと、

 

「家族はいるよ! ワイアットが私の家族なの。」

「そうか、どこにいるんだ? 何故一緒にいないんだ?」

 

 ちょっと怒った顔でスペンサーは聞いてくる。

 

「ワイアットはお城に行ったの。私もそこに行くの。」

「お城? …ワイアットってまさか勇者ワイアットか?!」

 

 スペンサーはますます怒った顔になり声を荒らげた。

 私は怖くなり後ずさると彼は慌てて

 

「あぁ、悪い、違うんだ。エレノアに怒ってるわけじゃない。」

「じゃあなんで怖い顔したの?」

「それは…その、エレノアをここに置き去りにしているから。君はまだ子供なのに酷いじゃないか。」

「私子供じゃない、ファロスも言ってた。14か、15才位だって。」

 

 私は自分の服の中を除きつつ答えた。

 

「オイオイ何やってんだ。止めろ、危なっかしい奴だな。」

 

 スペンサーは顔を背けながら言うと、

 

「とにかくもう、ここに居るのはやめろ。オレが連れて行ってやるからどこかの村にでも置いてもらえ。」

「だからお城に行くんだってば。」

「お城って、そいつ本物の勇者ワイアットだったのか? エレノアは世間知らずそうなのに勇者の顔を知っているのか?」

「だって一緒にいたドワーフのアゥストリが言ってたもん。」

「ドワーフ? 他には誰がいたんだ?」

 

 スペンサーは急に真面目な顔して尋ねる。

 

「エルフのファロスと神父のノア。」

 

 私がそう言うと「本物だったのか。」と呟いて黙り込んだ。

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