第4話 初恋
「ここにいる間は何かあればこの泉の力が助けになるでしょう。しかしここを離れればそうもいかない。力を使わない方が良い。人として生きるなら精霊使いと名乗ればいい。そうすれば多少は皆の目もごまかせる。精霊だとは気づかれないように用心しなさい、悪用されますから。世の中には残念ながら悪い人は一定数いますからね。」
ノアはとても心配そうに私を見ている。何だか不安になって来た。
「あなた達は何故お城に行くの?」
「なんでその事を知ってるんだ。」
アゥストリがこっちを睨んでる。
「さっきファロスが言ってた。お城で褒賞を貰うんだって。」
チっと舌打ちして面倒くさそうにすると、
「魔王を倒した褒賞だ。ワイアットは勇者だからな。」
「えぇー!! 勇者なのー!? 凄い!」
私はワイアットに抱きついた。
「おっとっと、そうなんだよ。大変だったよ。」
大変だったとかいう言葉で済む問題じゃないでしょ。
勇者だよ、どうりでカッコイイと思ったよ。
「じゃあ、これからは皆お城で暮らすの?」
私はワイアットの居場所を確かめたくて聞いてみた。
「ワシは城なんぞには住まん。褒賞を貰って里に帰るさ。」
一番興味がないアゥストリが答えた。
あなたの事はどうでも良いよ。
「私もお城には住まないわ。また旅でもする。」
ファロスは家を持たない主義か。
「私も元の教区に帰りますよ。神父ですから。」
ノアは神父か、そんな感じだな。
「ワイアットは?」
私が確認すると、
「そうだな…私は故郷も無いし城に居られるならそれもいいか。」
皆がキュッと口をつぐみシンとした。
「故郷が無いって、何故?」
私が疑問に思い尋ねると、
「ちょっと、よしなさい。」
ファロスがそれを止めてきた。
「いいよ別に、私の故郷は魔王によって潰されたんだ。最後に魔王が根城とした直ぐ側でな。浄化にも暫く時間がかかるからもう私が生きてる間には人は住めないだろうね。」
「そんな…」
私は悲しくなってポロポロと涙が出てきた。故郷を失ったと聞いてまるで自分の事のように思えた。私も精霊になる前に故郷を失ったのだろうか? 人としての未練てそれなんだろうか?
「あぁ、そんなに泣かないで。もうずっと前の事だよ、私は大丈夫だから。」
ワイアットは悲しい、そして優しい笑顔で私の髪を撫でて慰めてくれる。慰めてあげたいのは私の方なのに、涙が止まらずそれが出来ない。
「同情して泣いて、それを慰めて貰うなんて甘えた奴だな。」
アゥストリが鬱陶しそうにして離れていった。
「気にしなくていいよ、アゥストリは言葉がキツイけどイイ奴なんだ。君の事も本当は心配してるんだよ。」
ワイアットはそう言ってくれたがアゥストリの言う通りだな。
何とか泣き止み笑顔を作ると
「私がワイアットの家族になるよ。お城で待ってて。」
そう宣言した。
ファロスとノアは「あぁ〜あ。」って顔したけどワイアットだけは
「わかった、…待ってるよ。」
そう言って笑ってくれた。
その夜はワイアットと一緒に並んで眠った。とっても落ち着いて懐かしい感じがした。
二人でいろんな話をした。
どうして戦士になったのか聞いたら
「気づけば戦士になってた。ただ魔物を倒してただけなんだけど周りの人達が戦士だって言ってくれてね、本当は農家の息子だったんだよ。」
「それで魔王をやっつけちゃったの?」
ワイアットは肩をすくめて
「何度も失敗したさ。沢山の仲間がいた、皆が協力して助けてくれたんだ。だから勇者と言っても私の力なんて微々たる物だよ。」
「それでも凄いよ。みんなが喜んでるでしょ?」
「あぁ、それは良かったと思っている。」
ワイアットは嬉しそうだ。
「君はこれからどうする? 待っててあげたいけど明日にはお城から迎えが来るんだ。一旦城に行ってしまえばいつ戻れるかわからないし。」
「いいよ、自分でお城に行くから。この透けてるのがおさまればここを離れられるんでしょ。そこから直ぐに向かうよ。」
「一人で大丈夫かな、誰かと一緒ならいいんだけど。…そうだ、ここを出たら直ぐの村にゾラって精霊使いのお婆さんがいるからその人に相談するといいよ。良い人だからきっと助けてくれるよ。」
「ホントに? じゃそうする。」
次の日、早くに皆が起き出し出発の準備を始めていた。
私はワイアットが眠る横で皆が動き回るのを座って見ていた。
焚き火を消し、作った
どうやら用意が整ったのかファロスが
「ほら、行くよ。もうそろそろ迎えが来てるよ、急がないと。」
ワイアットの顔をパンパン叩いて起こす。強引だね。
「あぁ、もうそんな時間か。精霊ちゃん、もうお別れだね。」
「お別れじゃないわ。ちょっと離れるだけよ、すぐに追いつくから。」
「そうだったね…」
ワイアットが何だか悲しそうな顔で私を見てる。
するとファロスが
「精霊ちゃん、あそこに実のなる木があるでしょ。あれは食べられるから、あれが美味しく食べられるようになったらここを離れられるわ。出ると東に向かってすぐに村があるから。それまではこの泉の奥で隠れて暮らすのよ。」
泉は森の木々が迫ったギリギリに湧いている。木々の奥にいればちょっとやそっとでは見つからないだろう。
「わかった…あのね、」
私はちょっと不安になって来た。今までずっと一人で平気だったのに変だな。
俯く私にワイアットは優しく微笑むと
「いつまでも精霊ちゃんていうのも変だね。名前をあげよう。」
「ちょっとワイアットホントに良いの? 本当にお城に来ちゃうよ。」
ファロスが慌ててる。
その横でノアが真剣な顔して何か考えているみたいだ。
「君は…エレノア。これからはエレノアって呼ぶよ。」
そう呼ばれて私の胸がほんのり暖かくなった。
「ありがとう、ワイアット。私はエレノアっていうのね。」
宝物を貰ったように嬉しくなった。
「じゃ、エレノア気をつけて。村へいくんだよ。」
「ありがとう。」
私はお礼を言って、最後にワイアットをギュッと抱きしめた。
「直ぐだから待っててね。」
「あぁ、…待ってるよ。」
ワイアットも抱きしめてくれ私達は別れた。
さぁ、これからどうするかな。この手が透けなくなって、あの木の実が美味しくなったら出れるのか。これから毎日確認しなきゃね。
それから数日は誰も来なかった。
泉も森も平穏そのものだったが、ある日二人の旅人がやって来た。その男たちは泉の側で焚き火をし、夜を過ごしていた。私は森の奥でひっそりと隠れて男たちが居なくなるのを待っていた。
人の体を持ってから森で一人で過ごすのは初めてで少し怖かった。一瞬男たちを見に行こうかと思ったが、それも何故か怖くて止めた。
朝が来て男たちは立ち去りそこには残骸が残されていた。
「はぁ、酷いね。」
焚き火の後は燻りまだ煙も出ていた。泉は乱暴に扱われたのか、濁り透明度が落ちている。暫くすれば元に戻るだろうけど次の人が使いづらいじゃないか。
私は燻っていた火を土で消し焚き火の後を始末した。これでよし。
こんな事する人ならきっと優しくないな。出て来なくて正解だよ。
旅人は何度か来たが私は森に隠れて姿を見せることなく過ごした。木の実は一向に美味しくならず、お腹もすかない。まだ泉を離れられないようだ。手はもうほとんど透けてないので見た目は人なんだけど、他の人にどう見えるかが分からない。
おっと、また誰か来たようだ。
私はいつも通り森の方へ引っ込もうと木の影に隠れた。
どうやら男は一人のようだ。無精ヒゲにボサボサの髪で、ヨロヨロと泉に近づくとバタリと倒れた。
あぁ、駄目なパターンか。
久しぶりの行き倒れに少々戸惑う。前は完全に精霊だったせいかあまり何とも思わなかった事が人に近づいたせいか色々ちょっと怖い。
木陰からずっと見ているが全く動かない。
ちょっといってみるか。
そっと男の側に近づき様子を伺う。
何とか生きているようだ。
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