第3話 バルス!!!

共同生活が始まってから三日後の木曜日。

俺は大学での昼休みに、学内の食堂で一人昼食をとっていた。お前もしかしてボッチ?というあざけりは待ってほしい。別に俺は学内に一人も友達や知り合いがいないという訳ではない。ホントだよ?


「おいおい勇人ゆうと、何一人で食ってんだよ。いつもみたく俺を誘ってくれてもいいだろ?」


その声と共に、丼がのったお盆を持った一人の男が現れた。

ほらね?俺にもちゃんと話せる人はいるんだよ?


「お前を誘ってもいつも来るの遅いじゃねえかよ。毎回お前のせいで一時間ある昼休みの内三十分しか食べる時間ないだろ」

「ははっ、それは申し訳ないね。だが誰かと楽しく食事できるのはいいことだろ?」


こうして俺の小言にもヘラヘラ笑っているこの男は、法学部に所属している、高松涼也たかまつりょうや。俺は文学部であり、こいつは法学部なので学部が違い、本来は接点がないのだが、第二外国語の中国語の授業でペアを組んだ時に仲良くなったのだ。更に、俺が履修している授業の内、いくつかが涼也も履修していると知り、それ以来、授業だけでなく、学内では時間が合えば大体一緒にいる。

こいつの見た目は、まごうことなきチャラ男だ。髪色は金色に近い茶色で、ネックレスやその他アクセサリーも付けている。俺とは真逆の人物だが、見た目と言動にに反して、かなり頭が切れるやつなのだ。大学の講義もサボる訳ではなく、やるべきことはしっかりとやる男なので、俺はそこに好感が持て、こうして共にいるのだ。


「そういや勇人、社会学のレポートってやったか?」

「いや、まだやってないけど…」

「だったら今日お前の家で一緒にやろうぜ!」

「え?いや、そう…だな…」

「ん?もしかして今日はまずかったか?」

「いや、そういう訳では…」

「何だよー」

「ちょっと確認をとるわ。少し待っててくれるか?」

「ああ…」


席を立って、涼也から離れたところで、柚葉ゆずはに電話を掛ける。

五コール程してから、柚葉が出た。


「もしもし」

『もしもし勇人?どうしたの?』

「急で本当に申し訳ないんだけど、今日の夕方家に友達を一人連れて行ってもいいかな?」

『今日の夕方?別に大丈夫だけど…。その友達って女の子?』

「え?いや、男だけど…」

『そう…。夕方からだったら、一緒に夕飯を食べて行ってもらったらどう?』

「いいのか?二人が見知ったやつを連れて行く訳じゃないんだぞ?」

『勇人の友達であるのなら、しっかりした人なんでしょう?』

「ちゃんとしたやつではあるけど…。だが柚葉は良くても、いきなり知らない人間を夕飯に呼ぶことを流石に牡丹ぼたんちゃんは嫌がるだろ?」

『大丈夫、牡丹だって勇人の友達なら良いだろうと思うはずだから』

「そうなのか?まあ、姉である柚葉が言うんだったらそうなのかな…。じゃあ、俺から牡丹ちゃんにメッセージを送っておくよ」

『念の為に私の方からも伝えておくわ』

「ああ、そうしてくれると助かる。それじゃあ」

『ええ、それじゃあまた』


…二人ってそこまで俺に信頼を置いてくれてるのか?何だか嬉しいような恥ずかしいようなこそばゆい感じがする。 そんな何とも言えない感情を抱きつつ、涼也のいる所へ戻った。俺が電話をしていた時間はそれほど長くはないと思っていたが、いつの間にか涼也は食べ終わってしまっていた。


「待たせたな、OKだってさ」

「おお、そうか!なら、お互いが授業終わるのが十四時三〇分だから…、十四時十五分に大学の出入口で待ち合わせるのはどうだ?」

「そうだな、それがいいよ」

「おっし!ならそうしよう!んじゃまた後でな!」


そう言うなり、自分のお盆を持って、足早に行ってしまった。

時間を確認すると、次の授業までもうすぐという時間になってしまっていた。俺は慌てて残りのものを平らげ、次の授業がある教室に向かった。


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最後の授業を終え、俺は涼也との約束の時間の五分前に大学の出入口に着いた。

携帯を取り出し、電源を点けると、牡丹ちゃんからの返信が来ていた。開いてみるとそこには、『分かりました。楽しみにしていますね♪』と書かれていた。

はあ、牡丹ちゃんはなんていい子なのだろう…。普通だったら、一度も会ったことのないどこの誰とも知らないやつを受け入れはしないし、そんなやつを連れて行こうとする人間にも反感を表すものではないのだろうか…。牡丹ちゃんがそうしないのは、俺への信頼の表れか、それとも彼女の優しさの表れなのか…。どちらにしても、俺にとってはありがたいことだ。

そうして牡丹ちゃんに対して感服していると、涼也がこちらに駆け寄ってきた。


「おーい勇人、お待たせ」

「よう。じゃあぼちぼち行くか」

「そうだなー」


俺と涼也は共に電車に乗り、家の最寄り駅に着いた。駅を降り、家への道を辿っている最中、涼也は向かう方向に違和感を抱いたのか、俺に聞いてきた。


「なあ勇人、お前の家ってこっちだったっけか?」

「今俺は、別の家に住んでるんだよ」

「そうだったのか、何か理由でもあるの?」

「俺の父親が海外出張中で、母親も父さんに付いて行ったから俺一人になるんで、知り合いの家にご厄介になってるんだよ」

「ほーん、じゃあ粗相がないようにしないとなー」

「ああ、是非ともそうしてくれ」


今から向かう家には保護者なんていないが、面倒なのでそのことは今は伏せておこう。

そこから更に歩いて十分程で家に着いた。玄関扉を開け、涼也と共に中に入り声を掛ける。


「ただいま」

「お邪魔します」


今日は俺の方が二人より帰りが早いので、今はこの家には俺と涼也しかいない。なので手を洗い、リビングには向かわずそのまま階段を上り、俺の部屋へと向かう。


「ここがお前の部屋?前にお邪魔したお前の実家の部屋と多少違うけど、雰囲気はいかにも勇人の部屋って感じだな」

「自分が最も過ごしやすい様に整理したから、必然的にそうなるんだろうな。じゃあ早速課題をやるか」

「そうだな」


それから涼也と共に、駄弁りながら課題を進めていった。ちなみに、既に涼也には夕飯を食べていかないかと言っておいた。その時のこいつは『マジで!?いやそれは喜んで相伴に預かるぞ!』と、とんでもなくはしゃいでいたが…。

しばらくして、玄関の扉が開く音がした。柚葉か牡丹ちゃんのどちらかが帰ってきたのだろう。


「お、家の人が帰ってきたんじゃないか?」

「そうみたいだな。まあ取り敢えず早く終わらせようぜ」

「おう」


そこから一時間程経ち、俺たちが課題を終わらせた直後に一階から呼び声が掛かった。


「お、夕飯だな!課題も終わったことだし、これで気兼ねなく食事ができるってもんよ!有難くご馳走になるぜ!」

「ああ、行くか」


一階に降りリビングへ入ると、柚葉と牡丹ちゃんが料理を運んでいるところだった。俺の後に続いてリビングへ入った涼也が、柚葉と牡丹ちゃんの姿を見た瞬間、酷く驚いた様子を見せる。

俺は涼也のその様子を不思議に思いつつ、テーブルに向かう。こちらに気づいた柚葉と牡丹ちゃんがそれぞれ涼也に挨拶をする。


「初めまして、私は服部柚葉と言います。こっちは妹の牡丹です」

「初めまして、服部牡丹です」

「初めまして、勇人の同級生の高松涼也です。宜しくお願いします。今日は夕食に誘って下さってありがとうございます。とても嬉しいです」


初対面の人相手なので涼也が丁寧に話すのは当然であるのだが、いつもへらへらした態度をみなれているいて、あれほど礼儀正しく丁寧な涼也を一度も見たことがないので、俺はめちゃくちゃゾッとした。なんなら鳥肌がたった。

三人が一通りの挨拶をし終え、柚葉が声を掛けた。


「それじゃあご飯を頂きましょうか」

「うん」

「そうですね」


牡丹ちゃんと涼也がそれにうなずき、皆でテーブルにつき食事を始めた。

涼也がいるので、誰もが遠慮して食事中は会話がないのではないかと密かに心配していたのだが、俺のそれはどうやら杞憂だったようだ。


「失礼ですが、柚葉さんと牡丹さんはおいくつで?」「私は大学二年生の二十歳です」「私は高校二年生の十七歳でーす」「そうなんですね!柚葉さん同い年だったんだ…」「ええ。なので敬語も不要ですよ。私もそうしますから」「私にもタメ口で大丈夫ですよ」「そうですか?それじゃあお言葉に甘えてそうしようかな。改めてよろしくね」「ええ。宜しく」「よろしくお願いしまーす」「それで柚葉さんは――」


このように、まるで最初から知己の友であったかのように、あっという間に三人は打ち解けていった。俺も三人が仲良くなってとても嬉しい。その後も四人で、本当に賑やかで楽しい食事をした。

食べ終わり、全員で片付けをした後、涼也は帰ると言った。


「ここらでお暇するよ。今日は本当に楽しかった、ありがとね」

「ええ、こちらこそ楽しかったわ。良かったらまた来て頂戴」

「ぜひ来てくださいね!」

「いいの!?そう言ってもらえて嬉しいよ!じゃあまた来るね、ありがとう!」

「それじゃあ、さようなら」

「さようならー」

「うん、バイバイ!」


俺と涼也はリビングを出て、涼也の荷物を取りに俺の部屋へ戻った。しかし、俺が部屋に入り涼也の鞄を渡そうとしたした瞬間、涼也は部屋の扉を閉め、俺の肩をいきなり掴んできた。

突然の出来事に俺は困惑する。


「………」

「ど、どうした…?」

「…おい勇人、確認したいことがあるんだが、いいか?」

「何だよ…」

「もしかしてお前、あの子たちと三人だけで住んでんの…?」

「そうだが…、それが?」

「じゃあ、昼食の時に、俺が家に行くことを確認するといったのは親にではなく…?」

「そうだよ、柚葉に確認とってたんだ」

「なんだとおおおおぉぉぉぉおおおおぉおお!!!!」

「……!?」


急に叫びだした涼也に、俺はびっくりした。


「じゃあお前はこれまであの子たちと、親のいない一つ屋根の下でキャッキャウフフな同棲をしていたって事かああああぁぁぁ!?」

「キャッキャウフフって…。ちげーよそんなもんじゃねーよ。俺と二人の親がどっちも海外出張で、柚葉と牡丹ちゃん二人だけで生活させるのは心配だからって俺が頼まれたんだよ。そこにキャッキャウフフもあるかよ…」

「俺がキレてんのはそこじゃなくてお前が女の子二人と同棲してるってとこなんだよおぉぉぉおお!!なにしれっと男の願望をお前は叶えちゃってんの?俺はお前が憎い!!バルス!!!」


バルスって…。人に向かって滅びの呪文を唱えんな…。急にキレ始めて荒ぶるし訳が分からんな…。


「まあ確かに、事情を知らずにこの状況だけ見たら不思議に思うのは分かるが…。さっきも言ったように、この生活にお前が思う様なことはないよ」

「うるせえ!俺はどの世界線に行ったら君と同じ状況に立てるんですかあ?それとも前世で一体いくつの徳を積めばいいんですかあ?教えてくださーい」


くっそ、こいつ…、キレたかと思ったら今度は謎の煽りムーブで超絶うざいな…。

その後も涼也は、何だかんだとギャーギャー騒いでいたが、暫くすると怒りも落ち着いてたのかおとなしくなり、鞄を引っ掴んで部屋を出た。


「はあ…。もういいや、帰る…」

「何なんだお前は…。じゃあ取り敢えず一緒に駅まで行くよ」


涼也と共に家を出て、暗くなった夜道を進む。夜空を見上げると、そこには綺麗な三日月がほのかな光を放っていた。涼也と横に並んで歩きながら、他愛もない会話をしているとすぐに駅に着いた。


「じゃあな、勇人」

「ああ、またな」


そう言って、互いに片手を上げて別れを告げると、涼也が身をひるがえし、改札の方へと歩いていく。しかし、途中でピタと立ち止まりこちらを振り返った。忘れ物でもしたのかと思っていると、涼也が口を開いた。


「さっきはお前、頑としてあの生活に俺が思う様なことはないと言ったけどさ、気を付けて過ごした方がいいんじゃないか?」

「え?気を付けろ?だから、何度も言って―」

「今はそうかもしれないな!」


俺の言葉を涼也は強い口調で遮った。


「今お前はそう思ってんのかもしれない…。けどな、人間の意思や今ある状況なんてのは容易く変わっちまう。今はそうじゃなくても、この先もそうじゃないと断言できるもんじゃないだろ?」

「それは…」

「こう言ってなんだが、じゃあ本当に何か変わるかなんてのも言い切れない。だから、気を付けろと言ったんだ。その時その時の気分や感情に振り回されて安易な答えは出さないようにしろよ?」


そう言う涼也は、いつも見る飄々とした彼ではなく、その眼差しはぞっとするほど真剣で、冷たかった…。俺は彼のそんな様子に気圧され、口を開くことなんて出来なくなっていた。


「急にこんな訳の分からない様なこと言って悪かったな。じゃあ、またなー!」


涼也は再び改札の方に向き直り、歩いていった。

またなと言った彼の様子は、先ほどまでの底冷えするような態度がまるで初めからなかったかのように、いつもの涼也であった。

涼也が駅の構内へと入り、その姿が見えなくなっても、俺はその場を動くことが出来なかった。

暫くして、ようやく帰る為に動き出した足は、酷く覚束おぼつかなかったと思う。家へと続く道を歩く俺の頭には、涼也の言葉がずっと響いていた…。



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とんでもなく長くなってしまいすみません…。

話を分ければよかったのではと思いましたが、分けると何か落ち着かないなと思いましたので、このまま上げさせて頂きます。

もっと自分に分かりやすく状況を書き出せる力があれば短く済むのですが、どうしてもあれよあれよというままに長くなってしまいます…。

変わらず稚拙な文章でありますが、これからもよろしくお願いします。













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両親に押し切られて始まる俺と幼馴染との共同生活 枝波慶康 @kyokou

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