第2話 それぞれの距離感
玄関の扉をかけた俺は、緊張しつつも、人の家に入るので挨拶をしておく。
「お邪魔します」
そう言ったものの、これから俺もこの家に住むのだし、「ただいま」の方が合ってるのではないかと思ったが、今は些細なことだと思い言い直しはしなかった。
廊下を一歩一歩進む度に緊張がこみ上げてくるが、取り敢えずリビングの扉の前へと進む。
扉を開けると、キッチンで料理している一人の女性が気付いて、こちらをじっと見つめていた。
誰だ…?
「あの…、柚葉だよな…?」
「う、うん…」
「ひ、久しぶりだな…」
「そ、そうね…」
「………」
「………」
どうしよう、久しぶりなのもあるし、柚葉の雰囲気も変わってるしで、どう接すればいいのか分からなくてめちゃくちゃ気まずいな…。
俺が何を話そうか迷っていると、柚葉が口を開いた。
「牡丹が帰ってきたら夕飯にするから、今は手を洗って荷物を部屋に置いてきて。
詳しい話はそこではしましょ。
「ああ、ありがとう…。じゃあ置いてくるよ」
柚葉の言葉に従って、手を洗い、階段を上がり部屋に向かう。あてがわれた部屋には、一つのベッドと一つの勉強机、それに二台の本棚が置いてある。それを確認した俺は、机の脇にリュックを下ろし、ベッドに寝転がって息を吐いた。大学の講義に加え、今日からの共同生活への緊張で流石に疲れた…。そうして寝転がっているうちに自然と瞼が落ちてきて、俺はそのまま眠りについた。
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「…さん、…ゆ…とさん、勇人さん」
「ん、んん…?」
身体を揺すられ、眠りから意識を引っ張られる。寝ぼけ眼で、俺の名前を呼ぶ声の主の方へ視線を向けると学生服を着た少女がこちらを覗き込んでいた。驚いて、うわっ、と声を出し、急いで起き上がる。
「あははっ、勇人さんがそんなに驚くと思わなくて、こっちもびっくりしちゃいました」
「あー…、牡丹ちゃん?びっくりしたよ、というか、暫く見てない間に本当に大きくなったね。もう高校二年生なんだよね?」
「はい、そうですよー。立派なピチピチJKです!」
「ははっ、高校二年生って一番良い時期なんじゃないかな、子どもでも大人でもなく、受験のこともそこまで重く考えなくてもいいからね」
「そうですね、確かに今が一番楽しいです」
「久しぶりの再開が寝起きでっていうのが何とも言えないけど、また会えて本当に嬉しいよ」
「私も久しぶりに勇人さんに会えて嬉しいです。勇人さんはあの時から変わってなくて少しほっとしました」
そう言った時の彼女の表情に、少し
「そう?」
「はい。何年も会っていなかったので、私の知る勇人さんではなくなっているのかなと少し不安だったんです。けれど、あの時のまま勇人さんは変わっていませんでした。優しいお兄さんのままです」
「そういってもらえるのは嬉しいよ」
さっきの表情は今の彼女の言葉と何か繋がりがあるのだろうか。
そこが少し気になり、一つ聞いてみようとした。
「なあ、牡丹ちゃん」
「何ですか?」
「さっき――」
「ねえ牡丹ー。勇人起こしたー?早く降りてきてよー」
俺が訊こうとしたその時に、一階から柚葉の声が響いてきた。
「そうでした。私、勇人さんを起こしに来たんでした。夕ご飯ができたらしいので降りましょうか」
「ああ、そうだね…」
機会をなくしてしまい、訊き直すのも出来ず、彼女に頷いて共に一階へと降りた。
二人との食事は至って普通のものだった。牡丹ちゃんが俺と柚葉に話しかけ、俺と柚葉がそれに返しをする。そうやって三人で楽しく過ごすことができたと思う。
食事を終え、風呂に入り、歯を磨き、それぞれの部屋へと戻って、各々の時間を過ごす。
今日から始まった共同生活だが、最初にとんでもなく緊張していた割には、上手くできたのではないだろうか。夕飯時には、柚葉とも多少は話せたと思うが、まだまだぎこちなさは拭えない。俺も柚葉も互いにどこか遠慮しているからだろう。
反対に、牡丹ちゃんとは、長年の空白がなかったかのように話をすることができる。牡丹ちゃんが積極的に会話をしようとしてくれるからだ。
二人との距離感は異なっているが、これまでの空白を埋めれるように過ごせていければいいと思いつつ、俺は眠りについた。
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