第1夜





 この世界には、様々な怪異が存在する。


 それは、国内外を問わず。外国の有名どころでは、ビッグフットにネッシー、ドラキュラ。日本だと、雪女に一反木綿、河童などなど。それはもう、たくさんいる。




 ただ、怪異というものは暗闇を好むものだ。そして、科学の発達した現代日本においては怪異たちの住処たる暗闇はそう多くはない。そこかしこに電灯が設置され、闇は光に駆逐されつつある。




 そうして、いくつもの怪異が消えていく一方で、新たに産み落とされる怪異もある。


 その一つがこれ、私の乗るトラック。その名も、異世界転生トラックだ。




 ネット小説を中心に異世界転生ものと呼ばれるジャンルが普及し、それと同時に広まっていった概念であるこのトラックは、人々の心を元にやがて怪異として実体を得るに至った。




 このトラックは異世界派遣所日本本部に所属する内の一台で、詳しくは知らないが世界数か所に支部が存在するそうだ。勝手に、アメリカやフランス辺りにはあるだろうと思っている。


 なんせ、今や日本の「オタク」文化はワールドワイドに広まっている。それに伴って異世界転生ものの物語も浸透し、やがて異世界転生トラックが走り始めるだろう。


 要は、怪異の存在は人の心次第なのだ。




 私たちは、このトラックに乗って日本中を旅して周っている。そして、異世界転生トラックの仕事はただ一つ。


 それは、本部から指定された人を速やかにひき殺し、異世界へと送ること。




 だから、私の乗るトラックの荷台には何の荷物も入っていない。その代わり、ちょっとした部屋のようになっている。


 つまるところ、キャンピングカーのトラックバージョンだ。


 小さなシャワーやキッチンまで付いている。水やガスはどこからきてどこへ消えているのか私にはとんと検討もつかないが、なんたって怪異なのだ。そのあたりはご都合主義的に上手いこと解決されているのだろう。




 では、異世界転生トラックに乗っている私は何者なのか。それは、私自身にも実はよくわからない。


 ある時、私が今乗っているこのトラックにひかれ、映像越しの謎の美女に「ひき殺す時期を間違えちゃったので、然るべき時が来るまでトラックに居てね」と言われて放り出されたのだ。




 そして、何故か生前の記憶もない私は、よくわからないままにこのトラックで生活しているという訳だ。。




「おい、そろそろ道の駅に着くぞ。小さな温泉施設があるらしいから、たまにはゆっくりするといい」




 そう声をかけてきたのは、このトラックの運転手である青年だ。黒髪黒目の、私と同じ日本人だろう彼は、私をひき殺した人物でもある。




 無愛想であまり口数が多いとは言えないが、それでも彼との生活を私はけっこう気に入っていた。


 どうせ温泉に行ったって、彼は烏の行水の如くさっさとあがってしまうのに、それでも温泉のある道の駅にわざわざ寄ってくれるのは私を気遣ってのことだと知っている。彼は興味もないだろうに、本部からの指令でどこかへ移動するたび、必ずといっていいほど色々な場所に寄って観光させてくれる。


 もっとも私たちは怪異の一部であるため、活動時間は黄昏時から朝日が昇るまでの時間だ。


 彼はいつもどこか申し訳なさそうな顔をしながら連れて行ってくれるのだが、彼と並んでみる様々な土地の美しい夕暮れの景色を、私は密かに楽しみにしている。




「温泉!いいですね、楽しみです」




 ことさら嬉し気な声で応じると、彼はほっとしたように表情を緩めた。


 相変わらず、不器用に優しい人だ。懐かしがる過去を何一つ覚えていないのに、何故か彼と一緒にいると、懐かしく、深く息が出来るような安堵感を覚える。




「宿泊施設も併設されているらしい。泊まるか?」




 トラックのベッドは小さい。それを気にしているのだろう。




「俺に気を使っているなら、その必要はない。可能か不可能かの問題じゃなく、俺は慣れた場所じゃないと落ち着けないから」




 彼は、あまり長くトラックから離れることが出来ないらしい。このトラックのドライバーは彼だ。つまり、このトラックのマスターは彼であるので、近くに居なければ怪異としての存在が揺らいでしまうらしい。私がすぐに返事をしなかったのは、彼が施設に泊まれないことを気にしてのことだと考えたようだ。しかし―――。




「いえ。温泉は魅力的ですが、私もトラックで寝ます。」




 私は、彼の傍に居たかった。自身も怪異の一部となった私の存在は、同じ境遇であるはずの彼よりもずっと頼りない。


 彼はこのトラックのドライバーで、確かな役目があるのに対し、私はただ助手席に座っているだけ。正直言っていてもいなくてもいいのである。


 それもまあ、手違いで死んでしまった応急措置的にここにいるのだから仕方のないことなのかもしれないが。




 いつか「然るべき時」が来たら私は彼を置いてどこかの異世界へ飛ばされ、そこで新しい人生をおくる。その時に今の私の記憶があるかどうかはわからないが、時間の許す限り、私は彼の近くに居ようと決めているのだ。




 ほどなくして大きな道の駅が見えてきて、彼は無駄に広い駐車場の片隅、木の陰のようになっていて目立たない場所にトラックを停めた。今はいわゆる深夜であるが、長距離トラックの運転手のためにか、温泉は解放したままにしてくれているようだった。


 彼と二人で温泉施設へ向かい、湯上りは再びフロントで待ち合わせをすることを約束してから入り口で分かれた。




 どうせ彼はすぐに出てくるのだろうが、それに合わせて私も急ぐと彼が少し悲しそうな顔をするのを知っているので、私は遠慮なくゆっくりすることにしている。




 いくら彼が安全運転をしていて、私が助手席に座っているだけだろうと、ほぼ一日中車に乗っているとけっこうな疲労感がある。


 湯に浸かり身体をほぐすと、生きているという実感が湧いてくるが、しかし実際今の自分を生きていると言ってよいのかは微妙なところで、私は一人苦笑した。




 風呂から上がると案の定彼はすでに待っていた。来た時と同様、二人でトラックに戻る。


 私は運転席と助手席の間にある細い扉を開けて荷台部分の居住スペースに移ると、ミニ冷蔵庫の中身を使って手早く料理を作った。その間、彼はトラックに異常がないかを外で点検している。




 戻ってきた彼と出来たばかりの料理を食べ、少ししてから近くに並んだベッドに潜り込んだ。




「おやすみなさい、良い夢を」


「ああ、お休み」




 そして、次に陽が沈むまで泥のように眠る。これが今の私の日常だった。




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