第2夜






太陽が沈みかける黄昏時に、私たちは目を覚ます。




ある日、私が目を覚ますと隣で寝ていたはずの彼はもう起きて、椅子に座って難しい顔をしていた。


その顔を見て、私はピンとくる。




「おはようございます。もしかして、お仕事ですか?」




「ああ。今日はもう少ししたら指定された場所に向かう。申し訳ないが、心積りをしておいてくれ」




ここでいう「仕事」とはもちん、人をトラックでひき殺すことだ。




気ままに全国を旅して回っている私たちは、不定期に入る仕事をあまり嬉しくは思っていない。


だがそれも仕方のないことだろう。だって、人を殺さねばならないのだから。




仕事のある日は、少しいつもと違う。


私は今日、一日中荷台の居住スペースで過ごす。それは、彼がその仕事の瞬間を私に見せたくないと言ったからだ。




当然と言えば当然だが、彼は生前の私をひいたことを引け目に感じているらしい。


しかし、なんと言っても覚えていないので私はその事に関して何の感慨もない。




ただただ助手席で呑気に座っているだけの役立たずな私としては、彼の辛い時くらい側にいてあげたい。


それくらいしか出来ることなどないというのに、彼はそれを頑なに拒絶する。




「何の仕事も入っていないときは、是非とも助手席にいてくれ」




「横で話してくれているだけで、俺としてはとても嬉しい」




「旨い食事まで作ってもらっているのに、役立たずなんて言うな」




終始、こんな塩梅である。どうも彼は私に甘すぎる。




挙げ句、仕事の当日とその後の数日、彼は絶対に私に触れない。


何となくというかなんと言うか、彼が何故そうなるのかは言われなくても想像がつく。




気にしなくていいのに。


むしろ、「仕事」の後に紙みたいに蒼白になった顔面で、一生懸命に普段通りに振る舞おうとする彼の様子は酷く痛々しく、私はそんな時、彼を抱き締めてあげたいと思う。




触ってくれないし、触らせてもくれないので不可能だけれど。




いつもなら、食事に彼の好物を出すと「ありがとう」とか「旨かった」とか言って頭を撫でてくれるのに、それもなくなる。


「仕事」の後、数日おきに彼の好物を出し、いつになったら撫でてもらえるようになるだろうかと様子を伺っていると、やがて彼は困ったように笑いながら、少し辛そうな顔をしつつも普段のように撫でてくれるようになる。




ずっと、仕事なんて入らなければいいのに。




日本のどこかにあるという本部からの連絡を、私は恐れている。




居住スペースには小さめのベッドが2つと、楕円のローテーブル。


運転席と助手席の間には行き来するための扉があって、中途半端な大きさのそれは何故かいつも不思議の国のアリスを連想させる。その扉の周囲は靴置き場になっていて、居住スペースにはカーペットが敷かれている。


ベッドもローテーブルも木目調で、カーペットはモスグリーン。




基本的に簡素で落ち着いた色合いの空間だが、少し場違いに鮮やかなグリーンの「人をダメにするクッション」が床に落ちている。




これは、私がこのトラックの住民となって初めての仕事が入った時に彼が買ってくれたものだ。




「何もないけど、これでゴロゴロでもしてて。お願いだから、今日は1日ここにいて。そこにある本は勝手に読んでいいから」




ソファーの代わりに、少しでも過ごしよくということらしい。


彼の気遣いは十分にわかったので、私は大人しく一日中ゴロゴロしていた。


彼の持っている小説はそう多くはなかったが、何を読んでも非常に好ましく感じた。




私と彼は好みが似ているのかもしれない。それに、覚えていないけれど私は読書が好きだったのかもしれない。




もしかしたら。


もしかしたら、私と彼は生前知り合いだったのかもしれない。




独りでいると、そんな風に考える。それはほぼ確信に近い想像で、きっと間違いではない。


私は何も思い出せないが、彼は覚えているのだろう。




何故教えてくれないのかはわからないけれど、きっといつかわかる時が来るだろうと気長に構えている。




生前の私もどこかのんびりとした間の抜けた人間だったに違いない。それで、その私の世話を今のように彼が焼いてくれていたのかもしれない。




大きなクッションの上で転がりながら、想像する。




彼は今、どんな顔で運転席に座っているのだろう。わかるような、わからないような。


ただ、少なくとも私のような呑気な心持でないことだけは確かで、やっぱり申し訳ない気持ちになった。










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