たからものをかくしている
「そういうのって悪趣味」
女は冷たく言いはなった。男はハハとから笑いするだけで、何も言葉を返せない。そのまま女の前を過ぎ、シンクにたまったプレートを洗う。自動洗浄機では落としきれない、こびりついた汚ればかりだった。お米や焦げ、固まった油を濃い洗浄液にしばらくつけてから、ものによっては金束子で削り取る。ゴム手袋をしないと手が荒れる。男はいつもゴム手袋を使うよう心掛けていたが、それでも汗や隙間から入る水で手がふやけた。柔らかくなった皮膚は簡単に削げ落ちそうだった。女の冷めた仏頂面だけは崩れない。
「能面みたいに無表情だよな」
フライ担当が言った。その響きに明らかな悪意がこもるのは、かつてフラれたことへの恨みが多分に含まれている。厨房とホール含め、既に六人が断られている。当然、女からも疎まれている。
だが、この男だけは違っていた。まだフラれていないという強み。それはだた、断られることを恐れているが故だと全員が知っていたが、誰もそれを口にはしない。
誰もが女に対する興味を既に失っていたし、そもそも男に興味を持つ者もいなかった。二人して、関心から外れた存在だった。
「そういってくれるなよ。ツンデレなだけだろ」
「お前もそろそろ諦めたら?」
フライ担当は乾いたプレートを数枚取る。
「さっきさ、すごい会話してるカップルいたよ」「なに?」「他の男に抱かれていてもあなたのことを考えちゃう、とか女が言ってた」「げっ、えぐいな」「うん。男が絶対に聞きたくないやつだよな」「それな。想像したらグサグサくるやつ」
「チキン南蛮、まだですか?」
女が立っていた。フライ担当は慌てて揚場に戻ると、揚げたての鶏肉を包丁で切りわけプレートにのせ、タルタルソースをかけて脇にキャベツを添えた。
「すみません。お待たせしました」
「待ってるのは私じゃなくて、お客様」
女は冷たく言い放つと、客席へと消えた。
「ホント、お前よくだな。あんな女、頼まれたってお断りだわ」
――そういうお前はもう既にフラれただろ。
好きなものは最後に食べる。大切なものは人の目に付かないところに隠す。言葉も同じで、熱すぎて抱えきれなくなるまで大事に胸にしまっておく。きらきらと輝いていたはずのそれが、胸から吐きだされたとたんにどろどろと粘着質な光を放つのはどうしてだろう。
こんなはずではなかった。体育館裏。手紙での呼び出し。ふたりきり。好きという言葉。
あの時の軽薄な思いの方が遥かに輝かしく感じられるのは何故か。男は自問自答し、解答にたどりつく。
どうせいつか終わりが来る、それを知っているからだ。諦め。その諦めが大胆さに結びつけば良いのに、それでもなおまだ何かを失う余地があると信じている愚かさ。今日も、明日も、動かない。動かないうちに、自分以外が動いて変わっていくと知っているのに、足が出ない、進めないし退くこともできない。
レジカウンターに置かれたクマのぬいぐるみが傾き、うつぶせになって息ができない。小学生以下の子供限定で、お子様ランチを注文すると抽選に参加できる。
女は誰もいないカウンターでクマを座らせてやると、うっすら微笑んだ。男だけが、その笑顔を知っていた。
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