日曜朝東立面図
「お前ってやっぱいいやつだな」
「ハハ、なんだよそれ。ちょっと恥ずかしくなるな」
背の高い細身の少年は、隣の小さな少年の頭に手をのせ、ごしごしと強く撫でた。乱暴だが、どこか慈しむような優しさを孕んでいる。
「なんだよ、やめろよ」
小さな少年は身を捩じらせてなんとか逃げ出そうとするものの、背の高い少年の手は長かった。ついには諦め、相手の腕に絡ませるようにして頭を撫でかえした。触れられるだけでは気が済まなかった。
「エヘヘ」
背の高い少年は無邪気に笑った。
電車が到着すると、扉の前でふたりは左右に分かれ、乗り込むとまたひとつになった。
「お前らって、付き合ってるの?」
「んーや。そういうんじゃないよ。仲は良いと思うけどさ」
「うん。そういうんじゃない。仲は良いけど」
「なんだ、そっか。悪い、時々僕が邪魔なんじゃないかって思うから」
「そんなことないよ」
「そうそう、そんなことない。三人で仲良いじゃんか」
「そうだけど、正確に言えば、僕とふたりが仲良いんだよね、多分」
「それ、どういう意味?」
「なんだよ、わかってるくせに」
始発駅。座れる。ふたりは隣同士に座った。ゆっくりと走り始めた電車の窓から見えるのは、地下の弱々しいライトだけ。点滅するかのように、窓から順番に光をさした。光る。陰に隠れる。光る。陰に隠れる。光る。陰に隠れる。ねっとりとねばつくような時間を置き去りにして、あとには漠とした光だけが残される。その淡い部分が徐々に電車にまとわりついて、電車そのものが光の速度に至る。世界にふたりだけ、暗いトンネルの中、ふたりは年を取らない。電車が揺れ、肩が触れる。洋服越しに感じる熱は少し遠く、ちょうど良かった。近過ぎると、まともではいられない。
「好きなんだよなあ、お前のことが」
「アハハ、また恥ずかしいこと言った。僕だって好きだよ」
「ハハ、いや、やっぱふたりより、三人の方がいいかもな」
「うん。ふたりはちょっと危なっかしいよ」
「ああ。なんかバランスが取れないっていうかね」
週末の朝の電車は空いていた。ふたり以外には、女性がぽつんとひとりいるだけ。
同じ大学、同じ建築学科を目指す友人同士、とりあえず有名な建物を見ておこうと、簡単に行ける場所を探した。表参道がすごいらしい、丹下健三、安藤忠雄、伊藤豊雄と、名だたる建築家設計の建てた建物がずらり並んでいる、いわば建築のショーケースなのだ。三人で行こうよ、という話になったが、理学部分子生物学科への推薦が確定している三人目は、なんの勉強にもならないから、と断った。建築なんて興味ない、という言葉とは裏腹に、表参道を薦めてきたのは彼だったのに。その気遣いが良かったのか、悪かったのか、ふたりはどぎまぎしながら静かな幸福を味わった。
トンネルを抜けた瞬間、パッと太陽の光がさした。ふたりは夢から覚めたかのように互いの顔を見合わせ、何が可笑しいのか、アハハと笑った。
「一緒にいてくれて、ありがとう」と小さい方が言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます