もっと近くによってみて

「ああ、青春だなあ」

「あ、なにが?」

「お前、好きなんだろ」

「は、ばか! ちげえよ」


 ――図星だ。


 教室の前の廊下からだと、中庭のベンチは見下ろせない。トイレの前の窓はいつもひそかな取り合いだった。誰とも知れず、昼休みになるとその場所を確保する者があらわれた。興味ない風を装って、風にあたるだけだといわんばかりに窓を開け、サッシに両肘をのせて外を見る。

 今日その場所を取れたのは、少年をからかう友人のおかげだった。


「ここ、取り合いになるからな」「え、そうなの?」「ハハ、わかってるくせに。みんなあいつ目当てだよ」「ふーん。そうなんだ」「ま、誰もそれを口にすることはないけどね」


 長い髪をそのままおろしている。巻いたマフラーのところでふんわり膨らみ、隣の少女の髪と混ざる。ふたりの声は聞こえないけど、時々風と一緒に笑い声が高くのぼった。

 マフラーも手袋もしていない少年は、ぶるっと震えた。吹き込んだ風が空気を一新した。川の澱みに光さすかのような一瞬。軽い笑い声がそう思わせるのだと、少年はもうわかっていた。


「学年一の美少女だよな」「え、ああ。じゃあお前も?」「ハハ。ついに白状したな」「あ」「ぬかったな」「わかったわかった、認めるよ」「まあ認めなくても、知ってたけどな」


 ――なるほど、親友か。


 隣の友人は、片肘ついて色付いた銀杏の梢をぼんやりと眺めていた。少年も同じあたりを見る。抜けるような青い空に、梢にたよりなくぶらさがる黄色い葉が映えていた。じきに散り、裸になった枝に乾いた風が吹き付けるのだ。冬が近い。


「じゃあお前はどうして外なんか見てるんだよ」「だって、なんだか冬の匂いがするだろ」「ポエマー」「んや、俺ははいじんだよ」「はーん。はいじんかあ」「俳諧と退廃に生きる」「はーん、わかんね」


 ふたりで窓の桟に寄りかかった。ブレザーの胸元に風が吹き込んだ。学ランならきっとこれほど寒くはなかっただろう。胸元が開いているのがブレザーの最大の欠点だと思った。友人は平然として、心地良さそうに目を細め、ベンチの少女二人を見下ろした。


「ごめん、ホントの白状をするよ」「え、なんの?」「おれが好きなの、髪の短い方だよ」「え、まじかよ!」


 ――ハハ、やっぱ気づいてなかった。


「あのふたりが並んでて、あえてそのチョイスはすごいな」「あっちだって、結構可愛いよ。知らなかった?」「いやー。知ってたけど、秘密にしてた。長い方のおかげできちんと隠れていると思ってたんだけどな。やっぱ、俺とお前って似てるんだよな、色々と」「あ、やっぱり? そうかなって思って言ってみたんだよ」「なんだ、そっか」


 冬の匂いは、思ったよりもずっと冷たく鼻を刺す。草の擦れたような青々とした香りのなかに、かすかにしびれる刺激があった。

 互いに視線を交わした。ふたりは同じものを見て、同じ道を一緒に歩んでいる。肩を組んで歩く。あるいはこれから、肩をぶつけ合って歩く。それでも、ハハッと二人して無邪気な笑みを見せた。好きな人が好きな人を好きだと言うのが、単に嬉しかったのだ。


「三角関係? 俺たち、恋のライバルってやつか?」

「ああ。やっぱ青春だなあ」

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