学園鮫パニック
大学の構内には鮫が埋まっている。
もちろん生き埋めではありません。門から学舎への道の、煉瓦で舗装してあるエントランス、そこに鮫を飼育する小さな池が埋めてあるのです。
でもそれにしたって、初めて見たときは狂気の発想だと思ったものよ。門をくぐってわいのわいのと学生が歩くその足許に、いきなり穴が空いている。井戸のように深いその中にはひらりひらりと泳ぐのは鮫。
考えるだけで身のすくむ光景ではありませんか。あれは私を食べる種の生き物だ。日常でぶらりとエンカウントしてたまるものか。
「そりゃあ偏見ってもんやろ。食べる種類の奴と食べへん種類の奴がおってな」
震えながら見つめている水面に、ホオジロザメとチョウザメの違いをご丁寧に説明しながら行き過ぎる女の踵が映る。柵すらなく本当に突如煉瓦の中にぽかりと空いている、この池はそれほど近いのだった。ああ、怖い。
きっとあの赤い口がね、薄い膜のようなこの水面をすっと割って入ってきてさ、あ、も、う、もなく飲まれてしまうんだわ。見下ろすとあの靴だけが浮かんでいたりして。
人といえど、鮫といえど、食べるものはみんな違って、この肉を喰らう品種のほうが珍しいのだってことくらい、いいえ、教わらなくてもわかってはいるのです。
しかしあれはかつて私の母親を喰らった物。しかも大きな口を開いた巨大生物など、何もしなくともおそろしいではありませんか。いつでも噛み殺せるものの気配をすぐそこに感じながら、いつ落ちるかいつ喰われるかとおびえながら暮らすのは、天が落ちてくるほどの憂いとも思えません。
そうして震えている目の前で学園前の商店街から酔客が入り込んだ。危うい足取りで大丈夫かしらと思っているうちに、やにわに連れを池に突き落とす。
ああ、ほら。
私は死を覚悟した。
酔った人間達は私のからだを無理矢理抱き上げて、
「キャビアやキャビア」
「食べるぞ食べるぞ」
と笑っている。
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