―111― 始まり

 レイドイベントの日がやってきた。

 ガラボゾの町すべてを巻き込んだ戦いがこれから始まるんだ。


「なぁ、名称未定。昨日言ったこと覚えているよな?」


 名称未定と共に朝食を食べ終わった僕は彼女にそう話しかけた。朝食を食べている間、会話は一言もなかった。


「もちろん覚えているですよ。避難所で大人しくすればいいんですよね」


 投げやりといった具合に名称未定がそう呟く。本当にわかっているか心配だ。


「わかっているならいいんだけど」


 とはいえ心配だ。

 名称未定はレイドモンスターだ。だから、もしかしたら人類を裏切ってレイドモンスターの味方をするなんてこともあるかもしれない。

 そんなことはないと信じたいけど。


「名称未定、これを渡しておくから大事に持っていてくれ」

「ん、なんですか? これは」


 僕が渡したのは赤い宝石のついたネックレスだ。


「〈肩代わりのネックレス〉。ほら、以前変わったユキノンっていう格好をした女の人からもらったの覚えているか?」

「あぁ、そういえばそうでしたね。こんな貴重なものを名称未定ちゃんがもらってもいいのですか?」


〈肩代わりのネックレス〉の効果は死ぬようなダメージを肩代わりしてくれるという破格なもの。


「僕は名称未定に持っていてほしい。その、誰よりもお前が大切だから」


 ちょっとだけ恥ずかしいなと思いつつ、紛れもない僕の思いを伝える。


「……あぁ、そうですか。大切なのは名称未定ちゃんじゃなくて、中にいる妹ちゃんのほうでしょうけど」


 うっ、また意地悪なこと言うな。

 けど、臆しちゃだめだ。堂々と返さないと。


「確かに、エレレートも大事だ。けど、エレレートと同じくらい名称未定のことも大事だ」

「はぁ、そうですか。まぁ、いいですよ。これはもらっておいてあげます」


 僕の言葉が響かなかったのか名称未定はため息をしつつ、ネックレスを僕から受け取った。

 ちゃんと僕の気持ちを伝わってればいいんだけど。


 それから2人で避難所に向かった。

 レイドイベントに備えて非戦闘員は避難所にて集まることになった。避難所はいくつかあり、僕たちはそのうちの一つ冒険者ギルドに向かった。

 冒険者ギルドはすでに人で満杯だった。

 皆、緊張した面持ちでやるべきことをしてる。

 やるべきことは料理を作ったり物資を運んだりと冒険者のサポートである。


「それじゃあ、僕は行かなきゃいけないところがあるから」

「では、がんばってください」

「うん、名称未定も気をつけて」


 お互い返事をして、僕は名称未定から離れる。

 これから僕は〈名も無きクラン〉の集まりに行かなくてはいけなかった。



「ふぅ、いい子ちゃんのフリをするのも疲れるんです」


 アンリと別れた名称未定はポツリとそう呟いた。

 名称未定は今日この日を誰よりも待ち望んでいた。


「さぁ、名称未定ちゃんの片割れよ、存分に暴れるんです。そして、名称未定ちゃんと統一し、真のレイドモンスターへ至れると思うと今から楽しみで笑いがとまらねーです」


 くつくつと名称未定は笑う。


「お姉ちゃんはなんで笑っているの?」


 ん? と、ふと振り向くと、そこには名称未定よりも一回り小さい女の子がいた。


「ガキにはわからねーことです。ほら、あっちに行け」

「えー、やだー。お姉ちゃん一緒に遊ぼう」


 そう言って、女の子は名称未定の袖をひっぱる。

 この子の親はなにしてんだ、と周囲を見回す。けど、大人たちは皆、忙しそうにしてしていて、子供を構っている暇はなさそうだ。


「ねぇー、ねぇー、一緒に遊ぼうよ!」


 女の子はよりヒートアップして強い力で名称未定のことをひっぱる。

 はぁ、とため息をついた。このまま放置していれば、余計煩わしいことになりそうだ。


「わかったですよ。あっちでなにか遊びましょうか」

「やったー!」


 女の子は両手をあげて喜んだ。

 どうせしばらくは暇だし、子守ぐらいしてあげてもいいか、と名称未定は結論づけた。



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