―107― 管理者

 壁を抜けた先は、長い通路だった。

 少しダメージを受けたので、回復薬を使っておく。

 それから長い通路をひたすら名称未定と共に歩いた。


「なにか、見えますね」


 名称未定がそう口にした。

 その通り、あと少し歩けば、開けた場所に出るようだった。


「なんにもありませんね……」


 開けた場所に出て、名称未定が一言そう言った。

 確かに、なにもなかった。

 てっきり宝箱でも置いてあるのかと思っていたが……。


「いや、誰かいるな」


 そう、中央に人影があった。

 その人影はなにやら作業をしているのか、虚空を眺めては指をパチパチと動かしている。

 ピアノでも弾いているような指の動きだが、実際にはなにもない。ただ、手を宙にうかべて動かしてる。

 非常に奇妙な光景だ。


「むむ……?」


 ふと、作業をしている何者かが手の作業はとめては首だけを後ろに回して、僕たちのことを視界へと納めた。


「なんで、ここに人が入ってきているんだにゃん?」


 にゃん?

 謎の語尾に引っかかる。

 見ると、確かに、頭に猫耳をつけた少女だった。

 猫耳といっても、動物のような猫耳ではなく、どこか無機質さを覚えるような作り物めいた猫の耳だ。


「ちょーっと待っててにゃー。今、作業中だから。ここだけ終われば、相手してあげるにゃー」


 そう言って、猫耳少女は手の動かすスピードをあげていた。


「なんなのですか? あれ……」


 名称未定がどこか困惑していた。


「さぁ?」


 僕としても、目の前の状況をどう受け止めればいいのか、さっぱりわからない。


「やっと、終わったにゃーっ!」


 猫耳少女は両手を上にあげ伸びをすると、僕のたちのほうへとピョンと跳ねて着地する。


「はじめましてーっ、この世界の管理者を務めているユキノンですにゃん!」


 そう名乗った少女は両手を曲げては猫のポーズをしていた。

 管理者? ふと、気になる単語だが、それより今は自己紹介すべきか。


「えっと、アンリ・クリートと言います。冒険者です」

「名称未定ちゃんは、名前はまだないのです。だから、名称未定ちゃんと呼んでくたさい」


 と、それぞれ自己紹介をした。

 まぁ、名称未定のはそもそも自己紹介といっていいのか疑問ではあるが。


「ふむふむ、なるほどにゃー」


 と、ユキノンは頷きながら僕たちのことを粒さに観察し始める。


「それで、君たちはどうやって未実装エリアにはいってきたのかにゃー?」

「未実装エリア……?」

「そう、ここはまだ正式に実装していない未実装エリアにゃん。だから、ここはまだ入ることができない場所なんだけどー、君たちはどうやって入ってきたのかにゃー?」

「えっと……」


 壁をすり抜けて入ってきたと正直言っていいものなのかどうかわからず、言葉がつまる。


「まぁいいか。君たちのことを勝手に調べさせてもらうにゃー」


 そう呟いて、ユキノンは僕と名称未定にそれぞれ指を向ける。すると、指の先端から光の粒が大量にあふれでてくる。


「ふむふむ」


 と、ユキノンが頷いていることから、光の粒はなにかしら文字が書かれているようだが、僕の目にはさっぱり理解不能だ。


「えーっと、ひとつだけ確認させてにゃ」


 ユキノンは僕たちのほうを見て、一言こう尋ねてきた。


「君たち、NPCノンプレイヤーキャラクターだよね?」

「え……?」


 言葉の意味を理解できず、僕はただ首を傾げた。

 名称未定のほうをちらりと確認する。彼女も理解できなかったようで、ただ困惑している。


「あー、今の君たちの反応で、君たちが、NPCなのは理解できたよ。ごめんにゃー、変なこと聞いて」


 そう言って、今度はこんなことを口にする。


「ねぇ、アンリくんだっけ。君さー、バグ技を何度も使ったでしょー」


 まるでなにかをとがめるような口調だった。


「バグ技ですか……?」


 その言葉の意味がわからず、僕は反芻する。


「そっか、NPCだから、バグ技といわれてもそれがなにかわからないよねー。君さー、〈回避〉っていうスキルを使ってさー、壁をすり抜けて、この部屋に来たんでしょー」

「はい、そうですけど……」

「それって、私たちの業界では〈壁抜けバグ〉っていうんだよねー」


 確かに、僕は何度も壁をすり抜けた。

 しかし、壁をすり抜けた行為を表す言葉を僕はずっと知らずにいた。今までしてきた行為を〈壁抜けバグ〉と呼ぶことを知らされ、僕はなんとも言いがたい衝撃を覚える。


「それって、いけないことなんですか……?」


 ユキノンの言葉が、どこか咎めているような気がしたので、僕は思わずそう尋ねてしまう。


「んー、そうねー」


 ユキノンは唇に人差し指を添えて、なんて言うべきなのか悩んでいるようだった。


「いけないことかと言われると、別にそうとも言い切れないにゃー。〈壁抜けバグ〉の存在を、我々管理者は知った上で、あえて放置してたからにゃー。ただ、その存在を君たちNPCが使うのは、完全な想定外だっただけでー」

「その、NPCっていうのはなんなのですか?」

「あー、それは君たちが知る必要はないかな」


 ユキノンの言葉のトーンが一つ低くなった。

 それだけで、これ以上聞いてはいけないんだってことを察する。


「それと、名称未定ちゃんだっけ?」

「はぁ、なんですの」


 今度は名称未定のほうへと目線をあわせてた。


「君に関してだけど、少し上と相談させてねー」


 そう呟くと、ユキノンは光の粒を全身にまとってなにか作業を始める。なにをしているのか、さっぱり理解不能だが、上と相談といっていたし、誰かと話しているんだろう。


「んー、やっぱりそうだよねー」


 ふと、なにかが終わったようで、ユキノンは光の粒を消して僕たちのほうへ向き直る。


「名称未定ちゃん、君の存在はイレギュラーと認定されました。だから、ただちに管理者権限にて君のことを削除させてもらうにゃ」


 その言葉の意味を僕は理解できなかった。

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