―108― 絶対に勝てないわけがない

「あ、あがぁ……ッ!!」


 名称未定の悲鳴が聞こえる。

 とっさに振り向く。

 すると、ユキノンが腕を巨大なものに膨張させていた。

 その腕は光の粒が表面が張り付いているようで、不規則に点滅している。この世のものとは思えない造形をしていた。


「おい、なにをしているんだ!?」


 とっさに俺はそう叫ぶ。


「なにって、イレギュラーを削除しようとしているだけにゃん」


 あっけらかんとした表情で彼女はそう口にする。


「やめろッ!!」


 なにふり構っている状況ではない。

 名称未定は悲鳴をあげていて、苦しそうだな。このままだと殺されてしまう。

 だから、短剣を引き抜いてユキノンを切り裂こうとする。


「〈必滅ひつめつつるぎ〉」


 遠慮はしない。

 最初からスキルを使って攻撃をする。

 短剣の刃は、ユキノンを首を引き裂いていた。そして、ユキノンの頭が地面に落ちる。

 殺した。

 人間を殺したという事実に手が震える。けれど、名称未定を守るためなら、殺すぐらいいとわない。


「んー、いきなり襲ってくるとか、随分と乱暴だにゃん」

「——え?」


 おかしい。

 首を斬ったはずなのに、それは喋っていた。

 その上、切断面は血が溢れるのではなく、光の粒子が溢れていた。


「あ、あがァ……ッ!」


 名称未定の悲鳴が聞こえてくる。


「やめろ……!」


 考えるより先に体が動いた。

 今度は名称未定を握っている腕を切り裂こうと短剣を振るった。


「あー、無駄無駄。君たちがいくら頑張っても僕を倒すことはできないにゃん。なにせ、僕は管理者だからにゃ」


 その言葉通り、いくら斬っても斬ってもユキノンの腕には傷一つつくことができなかった。

 管理者という言葉がどういう意味なのかわからない。けれど、目の前の存在は自分なんかよりも、はるか上位の存在なんだってことを理解させられる。


「やめてください……っ」


 ユキノンという存在にはどうしたって勝つことができない。


「お願いします……っ、やめてください……っ」


 気がつけば、短剣を握るのをやめ、頭を下げお願いしていた。

 こうするしかなかった。


「んー、そう言われてもにゃー」


 けれど、無情にもユキノンは困り顔するだけで、名称未定を握る手を緩めない。


「ん? なになに?」


 唐突に、ユキノンが不可解なことを口にする。


「ふむふむ、にゃるほど、にゃるほど、了解したにゃー」


 まるで、誰かと喋っているようだった。誰と喋っているのかは理解すらできない。


「よかったねー、アンリくん」


 彼女はニコリと笑っていた。


「上がおもしろいから、いいってさ」

「え?」


 途端、ユキノンが巨大化させていた腕を元の大きさに戻す。すると、握りしめられていた名称未定が開放された。


「名称未定っ!」


 そう叫びつつ、名称未定を抱きかかえる。


「大丈夫か……?」

「な、なんとか……」


 そう呟いたと思った途端、名称未定が意識を落とした。


「随分と大事にしているんだにゃー?」


 ふと、ユキノンが僕が切り裂いたために地面に落ちた頭を手に取って自分の頭に乗せながら、そう口にする。


「い、妹みたいなものですから」

「妹ねー。中身はモンスターだってことは知っているんでしょー」

「それは、まぁ、はい……」

「ふーん、まぁ、いいけど」


 と、ユキノンは意味深な表情をして頷いていた。


「出口はあっちだにゃー」


 ユキノンが指し示した先には、扉のようなものがあった。

 あの扉を抜ければ、無事に外に出られるのだろう。

 なので、僕は気絶した名称未定を背負って、出口のほうへ向かう。


「あ、少し待つにゃ」


 と、ユキノンが呼び止める。

 一体なんの用だろか? 正直、これ以上ユキノンとは関わりたくない。


「報酬を渡すのを忘れてたにゃ」

「え?」


 そういえば、この隠し扉に入ったのも、元々は報酬が目的だったことを思い出す。


「はい、まだ正式には実装されていないアイテムだけど、特別に渡すにゃ。お詫びの気持ちだと思って、受け取ってほしいにゃ」


 そう言って、ユキノンは宝箱のようなものを虚空から出現させる。


「ありがとうごさいます」


 恐る恐る宝箱を開ける。

 入っていたのは、ネックレスのような形をしたアイテムだった。ネックレスの情報を表示させる。


 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


〈肩代わりのネックレス〉

 死ぬようなダメージを受けても一度だけ、そのダメージを肩代わりしてくれる。


 △△△△△△△△△△△△△△△


 アイテムの効果を見て、思わず目を見開いてしまう。

 こんな強い効果を持ったアイテム、今まで聞いたことすらない。

 このアイテムを身につければ、一度だけ死を回避できるんだから、こんなのつけない理由が見当たらない。


「いいんですか? こんなアイテムをもらってしまっても」

「もちろんにゃー。遠慮する必要なんてないにゃー」

「ありがとうごさいます」


 そう言って、〈肩代わりのネックレス〉を〈アイテムボックス〉に収納する。


「あと一つ、これは助言にゃんだけど」


 と、ユキノンは前置きをした。


「この町に起きようとしているレイドイベントにゃんだけど。負けイベントだから、気をつけてにゃ」

「負けイベントってなんですか?」

「絶対に勝つことができないイベントのことだにゃ」

「えっと……」


 つまり、どういうことだろう。

 これからこの町に出現するレイドモンスターは絶対に倒せないってことでいいんだろうか。もし、そうなら、絶対に死ぬ未来が待っているということになるんだけど。


「まぁー、でも希望をもって戦えば、奇跡的に勝てるかもしれないし、頑張るんだにゃー」

「そ、そうですよね。絶対に勝てないわけないですもんね」

「そうにゃ」


 ユキノンの言葉に一安心した僕は、今度こそ出口に向かって、隠し部屋から出たのだった。





 アンリが部屋から出て行くのを確認すると、ユキノンがポツリと呟いた。


「上も随分とひどいにゃ。レイドイベントでどうせ死ぬ運命にあるのだから、わざわざ殺す必要がないと判断するなんて」


 そう言った、ユキノンは静かに微笑んでいた。

 なんにせよ、おもしろいことが起きそうだ。


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