―50― 気が済むまで、ひたすら――

 あれ……?

 ギジェルモが倒れれば、少しは気が晴れると思ったが、未だに自分の心は暗い闇のままだ。


「ははっ」


 試しに笑ってみれば心のモヤが晴れるかと思ったが、聞こえたのはぎこちない乾いた笑いで、あまり感情には作用しなかった。


「うわぁああああああああ!」

「おい、どうなってやがる!?」

「ふ、ふざけんなっ!」


 親分であるギジェルモが倒れたのを契機に一味たちに動揺が生じていた。

 中には、僕に背を向けて逃げ出そうとするものもいる。

 まだ、足りないのか……。

 自分の気持ちが晴れないのは、こいつらが元気なせいだ。

 だったら、一人残らずぶちのめすしかないよな。


「逃げるな」


 背を向けて逃げようとしていた男に一瞬で追いつき、背中から斬り裂く。


「ガハッ」


 突き刺された男は血を吐きながら倒れる。


「一人も逃さない」


 もう一人、反対方向に逃げようとしていたものがいたので、そいつにも追いついては背中から刺した。

 そして、周囲を観察し、他の一味の動向を観察する。

 僕の足の速さに気がついたようで、逃げても無駄だと悟ったのか、逃げ出そうとするものはいなかった。

 男たちは恐れをなした表情で、僕のことを遠巻きに眺めている。


「ゆ、許してくれぇ!」


 突然、男の一人が僕の前に進み出た。


「わ、悪気はなかったんだ! ただ、親分の命令で仕方なくしただけで……内心俺は反対していたんだ!」


 男は土下座する勢いで足元にひざまずき、許しを乞うてきた。


「そうか」


 僕はそいつに目線を合わようとひざを曲げる。

 許してもらえると思ったのか、男は顔をほころばせた。


「だから、なに?」


 と、口にしながら短剣をそいつの目に突き刺す。


「うがぁああああああああ!!」


 男は目を押さえながら絶叫していた。

 内心反対していた、とか言っていたけど、本当にそうだと証明しようがないし、仮に本当に反対していたとしても、僕の気持ちが変わるわけないのに。


「なぁ、アンリ! 俺だよ、俺! 仲良くしてたじゃないか!」


 と、今度は別の男がすり寄ってきた。

 確かに知っている顔ではあるが、仲が良かった覚えはない。 


「お前によくご飯を奢ってやったよな。そのよしみで許してくれぇよぉ!」


 そうだっけ? と考える。

 あぁ、言われてみれば確かにこの男からよくご飯をもらっていた。より正確には、金がなかった僕が頭をさげて、この男から残飯を分け与えてもらっていたんだ。


「しね」


 容赦なく、そいつの腹に短剣を突き刺す。

 別にもらったご飯が残飯だったから刺したわけではない。仮に本当にご飯を奢ってもらったとしても考えは変わらなかっただろう。

 一人残らずぶちのめす。

 そのことはすでに僕の中で決定事項なのだから――。


「や、やめてくれ……っ!」


 恐怖心なのか、膝が震え立てなくなった者もいた。とはいえ、躊躇なくそいつの体を斬り裂く。


「うわぁああああああああ!!」


 この期に及んでも、逃げようとする者には後ろからつき刺す。


「くそっくそっくそっ!」


 闇雲に矢を放って対抗しようとするものは、普通に近づいて刺す。

 そうやって次々と短剣で刺していき、気がついたときには僕以外、誰も立っていなかった。


「起きろ」


 ギジェルモの顔を蹴り飛ばしながら、僕はそう告げていた。

 他の連中にも言えることだが、僕は動けなくなるよう痛めつけはしたが、あえて一人も殺してはいない。

 死んで楽にさせるものか。

 僕の気が晴れるまでは、彼らにはつきあってもらう。

 だからギジェルモも大量に血を失っているので放っておけば死ぬだろうが、致命傷は与えていないのでまだ生きてはいるはずだ。


「アンリ、てめぇ……ッ!」


 ギジェルモは反抗的な目で僕のことを見ていた。

 だから、顔を殴ってやった。

 何度も、何度も。

 ギジェルモの心が折れるまで殴ろう。

 バシッ、バシッ、と馬乗りになって何度も殴る。僕の力なんてたかがしれているだろうし、いくら殴ったって大したことないだろう。


「あっ」


 気がつけば、ギジェルモは気を失っていた。


「まいったな」


 聞きたいことがあったから、ギジェルモをわざわざ起こしたのに。

 そうだ、と僕の頭に妙案が浮かぶ。

 腰に手を伸ばし、回復薬を取り出す。

 それを無理矢理、ギジェルモの口の中に突っ込む。

 回復薬では失った手足が再生するようなことはないが、これで失血はとまるはず。

 僕は数分ほど待ち、血が止まったのを確認する。

 これでひとまず死ぬ心配がなくなったな。


 グサッ、と短剣をギジェルモの腹に突き刺す。


「目を覚ませ」


 と、言いながら。


「うがぁああああ!!」


 ギジェルモが絶叫をしていた。

 よかった。無事、目を覚ましてくれて。


「アンリ……ッ、テメェ、あとで絶対殺す!」


 まだ反抗的なのか。

 なかなかしぶといやつだ。

 仕方ないので、もう一度傷口をえぐるように刺す。


「うがぁああああ!!」


 再び、ギジェルモが絶叫していた。

 そんなことを何回か繰り返した。今度は気絶しないように気をつけながら。


「ゆ、ゆる、して、くれ……」


 声がかすれ、なにを言っているか聞き取りづらかったが、大人しくなったようなので短剣で刺すのをやめる。

 これでやっと本題に入れる。


「なんで、こんなことをした?」


 ギジェルモの体をわざわざ起こしてから、僕はそう尋ねる。起こしたのは、ちゃんとこいつの目を見ながら聞いてやろうと思ったからだ。

 あんなことをした理由をこいつから聞き出さなくては。それをしないと、自分の感情を整理できそうにない。


「あ、あが――」


 ギジェルモは懸命に口を開いて、なにかをしゃべろうとする。

 早くしゃべれと内心いらだったが、僕は我慢して言葉を待っていた。


 ザシュッ、となにかがギジェルモの体を貫通した。


「ガハッ」


 ギジェルモの口から血が溢れる。

 おかげで、大量の血が僕の体に降り注いだ。

 なにが起きた……?

 困惑していた。

 ギジェルモが後ろから刺されたのはわかったが、なにで刺されたかまではわからなかった。刃物でもなければ、矢でもない。表現しようがない物体により、刺されたのである。

 ギジェルモから手を離す。すると、彼の体は自然の摂理にならってドサリと地面に倒れた。

 瞳孔が開いたままだったんで、死んだんだなってことがわかる。

 ギジェルモが倒れたおかげで、体に遮られ見えなかった前が明らかになる。

 そこにはギジェルモを後ろから刺した犯人が立っていた。


 そいつは、僕のよく知る人物だった。

 なのに僕はこんなことを口にしていた。


「誰だ、お前?」


 と。


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