―51― レイドモンスター
「キヒヒッ! 勢い余ってころしちゃいました」
不気味な笑みを浮かべた少女が、倒壊した家の上に立っていた。
少女は触手のような自在に伸びる腕を手元に引き寄せる。
触手の先端には血が滲んでいる。ギジェルモを突き刺したのがこの触手なんだってことがわかる。
「キヒッ、すでに、みなさんお疲れのようですねぇ」
倒れている男たちを見て少女はそう表現をする。
そして、一通り周囲を観察してから僕に目を合わせてきた。
その少女はゆっくりとした足取りで、僕の近くまでやってくる。
「ニヒヒッ、はじめまして、名称未定ちゃんです」
と、少女はそう自己紹介をしてきた。
「名称未定……?」
僕は聞き覚えのある言葉を繰り返し唱えていた。
〈名称未定〉、それはダンジョンの狭間で見つけた正体不明のオブジェクト。
「はい、名称未定ちゃんと言います! つまり、名前がまだ決まっていないんです。じつはですね、名前が決まる前に捨てられたんです。ひどいと思いませんか~? しかも、中身だけ作って、外側は作られなかったんです。おかげで、こんなか弱い姿になってしまったんですよ~」
オロオロと〈名称未定〉と名乗った少女は泣き始める。それが非常に演技臭くて、嘘泣きだと隠すつもりもないようだった。
だが、そんなことはどうでもよかった。
それより、重要なこと。
なんで――
「お前は、エレレートと同じ姿をしているんだ?」
エレレート、それは僕の妹のはずで、昏睡状態のため起きることさえできないはず。
それが、こうして歩いて喋っている。
だけど、一目で彼女がエレレートでないことはわかった。
表情や動き、喋り方、どれもがエレレートと異なっている。
「あはっ、エレレートってこの体の前の持ち主のことですか? それなら、もらっちゃいました。なにごとも有効活用が大事ですよね」
「もらった……?」
よく言葉を飲み込めない。
「人格を乗っ取ったということか……?」
「んー、確かにそれは非常によろしい表現ですね。こんどから、名称未定ちゃんもその表現を使うことにします」
「――ッ!」
僕は絶句していた。
死んだと思った妹が、人格を乗っ取られた状態で生きていた。
意味がわからない。目の前の事実を受け止めきれないせいで、さっきから感情がぐちゃぐちゃだ。ただ、ひとつだけ言えることがある。
「その体を妹に返せ」
「あはっ、この体の元持ち主の親族の方ですか? それは大変心中お察しします。でも、無理なものは無理です。だって、もう私のものですからね~っ! 人間の体、意外と馴染めば悪くないもんです。最初は人間の体ってどうなんだろう~って、不安だったんですけど」
「ふざけ――ッ!」
少女の態度に腹が立ち、掴みかかろうとする。
だが、直前で体をとめる。
冷静になって考えてみれば、目の前の少女を傷つけることは妹の体を傷つけることにもなる。
それに、殴ったからって人格が乗っ取られたという事実が変わるわけではない。
「なんなんだよ、お前は……」
わけがわからない。
どうすれば、元の妹に戻るんだ?
「だから、名称未定ちゃんってさっき自己紹介したじゃない……あー、名称未定ちゃん、あなたが聞きたいことをとっても理解できました。はい、名称未定ちゃんは人間ではありません。仕方なく、人間の姿をあまんじて受け入れていますが、ほんとうはもっとかっこいい姿になる予定だったんです」
少女は理解したとばかりに説明を始めては、僕から距離をとるように後ろに下がる。
「でも、名称未定ちゃんの固有の能力はそのままだったので、その点だけは感謝してもいいのかなー、って考えています」
そう言うと、少女は両腕を膨張させ、巨大な触手のような姿へと変化させた。
その上、触手の先端を猛獣の牙のような形状に変化させると、まず、僕の前に倒れていたギジェルモの体をくわえては自分の足元に持っていく。
それから、次々と倒れていたギジェルモの一味たちを触手でくわえては手元に集めて始める。
「こんなに材料があるなんて、名称未定ちゃんとーってもラッキーでした」
少女は楽しそうに笑いながらなにかを始めようとする。
「おい、なにが起こっているんだ……!?」
「や、やめてくれぇえええええ!!」
僕は一味を短剣で刺しはしたが、殺すまではしていない。だから、中には意識があった者もいたらしく喚くものもいた。
「えっと、こうやって、こうやって……」
少女は二本の触手で大量の男たちを飲み込んではモゴモゴと触手を動かし始める。
なにをしてようとしているのか? 僕には見当もつかない。
「名称未定ちゃんのスキル〈モンスター創造〉によって、なんと完成しましたー!」
じゃじゃーん、と両手を広げてエレレートと同じ姿をした少女は喜ぶ。
「えっと、名前は……えっと、そっか名称未定ちゃんと同じ決まっていません! だって、今完成したばかりですからね。だけど、私は責任がある親だから、愛をもって名前をつけてあげましょう」
そう言った彼女の触手からでてきたのは、一体の巨大なモンスターだった。
「
それは人間を粘土のようにこねくり回したかのようにして造った巨大なモンスターだった。左右が非対称で、胴体が不格好なほどに大きく、人間のような頭が全身のあちこちから生えていた。
少女はギジェルモの一味たちを材料と呼んでいた。だから、目の前のモンスターが彼らを元に造られたんだってことがわかる。
モンスターにたくさんある顔はもしかしたら彼らの顔と一緒なのかもしれない。
あまりにも、不気味なモンスターに僕はただ唖然としているしかなかった。
「キヒヒッ、そういえばまだ質問の途中でしたね。名称未定ちゃんの正体は没となってしまったレイドモンスターです」
レイドモンスター。
時々、突如として地上にモンスターが現れることがある。そのモンスターは、どんなダンジョンのボスモンスターより強く、放っておくと人類に災厄をもたらす。だからこそ、現れたら早急に冒険者たちが力をあわせて倒す必要がある。
目の前のそれは、自分をレイドモンスターだと口にした。
なぜ、そんなモンスターが妹を姿をしているのか?
あぁ、そういえば少女は言っていた。中身だけ作って外側は作られなかった、と。
よくわからないが、人間が魂と肉体にわかれるように、モンスターも魂と肉体にわけることができるのかもしれない。
目の前のモンスターは魂だけ造られて、肉体を与えられなかったレイドモンスター。
あの立方体はモンスターの魂のようなもので、僕はわざわざダンジョンの狭間から、それを掘り起こしてしまったのか……。
そして、魂だけだったレイドモンスターは妹という肉体を得ることで、こうして顕現することに成功した。
「はい、だから名称未定ちゃんはモンスターとして使命を果たさせもらいます」
すると、少女は一息ついてからこう口にした。
「キヒヒッ、モンスターはモンスターらしく、人類の殲滅を始めましょう」
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