―04― 壁抜け
ファッシルダンジョンが初心者用のダンジョンと言われているとはいえ、そのボス
つまり、レベル1の僕が倒せる相手ではない。
「グォオオオオオオオッッッ!!」
「ぎゃぁあああああ!!」
僕は絶叫しながら体を動かす。
すると、意外にも攻撃をかわすことができた。
それを見た
冷静になれ、僕。
攻撃を目で追うことはできている。敏捷が高いおかげだ。これなら攻撃をよけ続けることは可能なはず!
だけど、肝心の攻撃手段がないため倒すことはできない!
それから僕は
僕の防御力はたったの50。
こんな紙のような防御力だと、一撃でも攻撃を受ければそれは死に直結する可能性が高い。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
気がつけば、さっきから呼吸が荒い。
このまま攻撃を避ければ避けるほどジリジリと体力は削られていく。
スタミナが切れたら、自慢の敏捷があっても〈回避〉しようがなくなる。
「うっ……」
体力の限界がやってくるのはあっという間だった。
体の動きが鈍くなり、集中力が切れる。
その隙きを
僕を仕留めようと鋭利な爪を素早く振るう。
「〈回避〉」
スキルを発動させた。
一瞬、体が加速し振るった爪から逃れるように体が勝手に動く。
「だからって、なんの意味もないんだけどねっ!」
僕は全力でナイフを
ニタリ、と
ひぐ……っ。
もしかして、僕がダメージを与えられないことを察したのかもしれない。
それからは、ひたすら死を先延ばししているかのようだった。
狭いエリアを駆け回り攻撃から逃れようとする。それを
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
戦い始めてからもう一時間以上経ったような気がする。
手足はしびれて体力が限界だってことをさっきから訴えてくる。
こっちはもう限界だというのに
時間が経つほど〈回避〉を使う頻度は増えていく。
〈回避〉のMP消費量は5。
僕の最大MPが90なため、18回は使えるという計算だ。
すでに15回は使っている気がする。
もう〈回避〉が使える回数が非常に限られている。
「グギョォオオオ!!」
と、
まるで、僕は死刑囚のようだな。
死ぬことが決まっているのに、無様に生き延びようと必死こいているところが。
あ……。
視界がぼやけたのだ。
足をあげるたびに筋肉がビチビチッと悲鳴をあげる音が聞こえ、踏ん張るたびにギシギシと骨が軋む。
うまく呼吸ができない。
さっきから息を吸っても、吐くのが難しかった。
妹のために死ぬわけにいかないんだ……っ!
気合をいれようと、自分の使命を思い出すが脳みそに血が行き届いていないのか思考がうまくまとまらない。
ビュンッ! と、
この攻撃なら〈回避〉を使わなくても避けられる。
そう考え、体を動かすが――。
それが、致命的なミスだった。
どう見ても今の肉体の状態ではこの攻撃をさけられるわけがなかった。
……ごめん、エレレート。お兄ちゃん、死ぬかも。
妹に心の中で謝罪する他なかった。
だって、僕にはもうどうしようもない――
ガキンッ!
と、割れるような音がした。
見ればナイフの刃が
瞬間、刃は粉々に砕ける。
おかげで
衝撃がなくなるわけではなく、僕の体はフワッと宙に浮いていた。
あのナイフ、父さんの唯一の形見だったな。
ふと、戦闘とはどうでもいいことを思い出す。
あのナイフ以外の形見は全部売って生活費の足しにしたのだ。
あぁ、父さんも死んだときこんな感じだったのかな……。
死ぬ瞬間だからだろうか。さっきからどうでもいい思考ばかりが頭の中を流れていく。これが走馬灯というやつなのかもしれない。
だから父さんの次は妹を思い出していた。
妹はずっと体が弱かった。何度か回復薬を飲ませたことがあるが、それでも一時的に元気になるだけですぐ調子が悪くなった。
妹が昏睡状態に陥ってからは声をずっと聞いていないな。
どんな声をしていたっけ――
「アンリお兄、生きてッッッ!!!」
え?
瞬間、思考が現実に戻される。
まるで妹が僕を呼びかけたかのような。
けど、妹は家で眠っているはず。だからただの幻聴だってことはすぐわかる。
それでも妹のおかげで、意識が覚醒したのは紛れもない事実。
まだ僕は死んでいなかった。
体は吹き飛ばされ宙を舞っている。
コンマ一秒後には、僕の体は勢いよく壁に叩きつけられて絶命する。
さっきまでの走馬灯は
妹のおかげで現実に引き戻されたが、こんな状態の僕にできることなんてたかが知れている。
だから実直にそれを実行した。
「〈回避〉」
〈回避〉は敵の攻撃を避けるためのスキルだ。だから敵の攻撃を受けていないときに〈回避〉を発動させてもなにも起こらない。
例えば、何もしてこないモンスターを目の前にして〈回避〉を使っても、〈回避〉はキャンセルされてしまう。
だから壁にぶつかろうとしているこの瞬間、〈回避〉を使ってもキャンセルされるだろうと、僕は確信していた。
なぜなら、今の僕は敵から攻撃を受けていないのだから――
スッ、とそんな音がしたような気がした。
来るはずだった衝撃がやってこない。
「え?」
体が壁にめり込んでいる?
今の情景を見て、僕はそう判断した。
そう、壁にぶつかるはずの体がなぜか壁にめり込んでいた。
そしてめり込んだ体は吹き飛ばされた勢いを失うわけではなく、スーッと壁の中を進んでいく。
そして気がついたときには、僕は壁の向こう側にいた。
本来、ボスエリアはボスを倒さないと部屋から出ることは許されない。
なのに、僕は部屋の向こう側にいる。
「壁をすり抜けた?」
そうとしか表現できない現象がたった今起きたのだった。
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