ニックの想い


 ニックは残り魔力とテントーの装甲の破損具合を確認する。


「ギリギリ行けるな……。問題ない……、あとは俺とポロンとヒビキ次第だな」


 外を見ると巨大な体を動かすヒビキと不安でたまらない顔をしているポロンが見える。


「ああ……あいつにまたあんな顔させちまった」


 今から行う作戦は危険極まりない。

 彼自身にもそれは分かっていた。

 正直なところ、成功率は半々ってところだろう。


「でも……生きて帰らなきゃポロンが悲しむだろうしな……。どうにか頑張ってみるか」


 コクピットの座席に固定していた魔声機ませいきを取り出す。


『ヒビキ! ポロン! 準備はいいか!』


「僕はいけるよ!」


 昨日出会ったばかりの異世界の住人が答える。

 たった二日の付き合いだが、既にもう心を許している自分がいる。


「やれるよニック!」


 本当はやらせたくないだろうに元気な声でポロンが答える。

 ポロンはいつもこうだ。

 寂しくても悲しくても、みんなの為なら明るい笑顔を作れる強くて弱い子だ。

 そんな君だから俺は……。


「いや……この先は生きて帰ってからだな」


 ニックは自嘲じちょうするように言葉を吐き捨てた。


『こちらテントースリー! もう限界だ! 準備はいいかい!?』


 離脱したヒメと救護班を送り届けたヒューイはカマキリ相手に時間稼ぎをしてくれていた。

 空には煙幕弾による灰色の煙が満ちている。


『作戦開始だ! やるぞ!』


 ニックの号令と共にヒビキがとあるポーズをとる。

 両腕を真っすぐとカマキリの方に向けてそのままピタっと止める。

 例えるなら『前ならえ』のポーズだ。


勇神ゆうじん様! ありったけの電撃で行くよ!」


 そこにポロンが稲光が見えるほどの電気を流す。

 右腕と左腕に電流が通ったのが傍目からでも分かるほどだ。


 そこにニックのテントーが挟まる。

 丁度ヒビキの胸あたり、つまりポロンのコクピットの前に陣取る形だ。


 手動操蟲しゅどうそうちゅうにはある特性がある。

 自動操蟲じどうそうちゅうの死骸を使って作られたこの戦闘兵器はパイロットが魔力を流すことで、その戦闘力を発揮する。


 例えばテントーの翼に魔力を流せば飛行の力が、足の関節部に流せば魔法弾を発射できる。

 そして、装甲に流すと外皮は鋼鉄と化す。


 つまり、この陣形は……今からやろうとしてる攻撃は……。


「いくよ!! 電流集中! ブレイブー……レエェーッルッガーーンッ!!!」


 そう、鋼鉄のテントーを弾丸にした電磁砲レールガンだ。


 あり得ないほどの速度で射出されるニックのテントー。


 もはや風景はただの色と化して、ニックの身体には尋常ではない重力がかかっていた。


「ぐ……おおっ……。絶対に意識は飛ばさねえぞ!」


 魔力を切らしてしまえば、テントーは鋼鉄の特性を失い、カマキリに当たって砕けるだけだろう。

 魔力を通し続けてあのカマキリを貫くのが唯一の勝ち筋なのだ。


「ぐううう……」


 朦朧とする意識の中、ニックの脳裏にとある思い出が浮かんでくる。








 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 最初は、ポロンのことを何も考えてない妄想ばかりのイカれた女だと思ってた。

 特別仲が良いこともなく、たまに喋る程度だったのだ。


 ところがある日の夕方のことだった。


 俺は教室に忘れ物をして取りに戻った時、夕日で伸びた人影に気付いた。


(教室に誰かいる? 一人で何してんだ?)


 なんとなく声をかけづらくて、教室の扉からそっと覗いた。


 そこにいたのはポロンだった。

 彼女は伏し目がちに教室の机をそっと大事そうに撫でていた。


 俺は普段では想像もできない彼女の姿に目を奪われた。

 そして、立ち去ることも出来なかったのだ。


「え!? ニック!?」


 こちらに気付いたポロンはハっと顔をあげる。

 その瞳からは大粒の涙が一つ落ちた。


「あっ!? 違うの! これはね……これは違うの……」


 そんなことを言いつつゴシゴシと顔を拭う彼女。


 すっかり気が動転していた俺はいつもの軽口を放ってしまったんだ。


「お、おう。どうした? いつもの妄想か?」


「え……、妄……想……?」


「あ、いや、ほらあの勇神様の話」


「やっぱり……妄想……なのかな?」


 そう答えた彼女は、困り眉で笑顔を作っていた。

 深い深い悲しみを押し込めるような、そんな笑顔だった。


「ねえ、ニック……わたしは……何になれるんだろうね」


「何ってそりゃ……卒業して……」


 ここまで言って、俺はポロンが何を恐れているのかを今更理解した。


 ポロンは彼女を拾ってくれた養母を亡くしている。

 この校舎も俺達が卒業したら取り壊されるらしい。

 そうしたら、ポロンはどうなるのだろう?

 彼女は世界の誰とも繋がらずに、新しい環境に投げ出されるんじゃないのか?


「みんなが卒業したら……わたし……」


 ポロンの眼から再び涙が溢れる。


 ……それなのに、こいつはいつもあんなに明るく振舞ってたのか?

 自分しか知らない御伽噺にすがって、寂しさを紛らわせて……。

 毎日毎日、笑顔を振りまいて……みんなの為に……。


「……ないだろ」


「え?」


「そんな悲しいことないだろ!! 俺に任せろ!」


 ポカンとするポロンと忘れ物を置いたまま、俺は教室を飛び出した。


 くそっ! くそっ! なんだよあいつ……。

 何も考えてないのは、俺のほうじゃないか!!

 あいつは……みんなの為に悲しみに耐えられる強い子で、一人で抱えてしまう弱い子じゃないか!

 そんなことも気付かずに俺は……!


 その日からだった。


 俺は寂しさに耐えられるだけの思い出を作ってやろうと、ポロンに何度も何度も話しかけた。

 傲慢かもしれないが、このくらいしか俺には思いつかなかったのだ。

 そして、その表裏一体の明るさ、優しさ、可愛らしい容姿……。

 関われば関わるほど、彼女の魅力に気付いて……。


 俺はいつの間にか彼女のことを好きになっていたんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






 意識が飛びかけていた。

 あんな昔のことを思い出すなんて……。


 もう視界は、カマキリの目前に迫っていた。


「はは……ジャストミートだ」


 弾丸と化した鋼鉄のテントーは回避をする暇すら与えずに、カマキリの腹を打ち抜いた。


 だが、そこでニックの魔力はいよいよ底をついた。


 鋼鉄の特性を失った装甲は風圧に耐えきれず自壊していく。

 そしてニックの身体もそのまま空中に放り出される。


「ああ……やっぱ駄目だったか……せめて最後に……」


 かなりの高度を落下した。

 もうそろそろ地面だろう。


「……告白したかったな……」


 だが、何かが空中でニックにしがみつく。

 この、ヌメっとした4本指は……!


「待たせたねニック! 女神様! 今だっ!!」


『女神の加護を与えます!! 『このまま時が止まればいいのにスロウリィ・スロウリィ』!!』


 瞬間、ふわっと身体が浮いて、ゆっくりと落下しはじめる。


「ヒビキ……お前……」


「死なせるわけないだろ? 君とは『同盟』なんだ」


 危険を顧みずに助けに来たカエルがニッコリと笑う。


「まったく……やっぱりお前はおとこだよ……」


 そしてふわっと地面に着地をした。


「はぁ……はぁ……大成功だったね」


「下手したら二人とも死んでたけどな」


 二人の間に大きい布がヒラリと落ちる。



 ヒビキの提案した作戦はシンプルだった。


 ヒビキの着ていた衣服の一部をテントーに搭載したのだ。


 曰く、「僕が元の身体に戻る時は素肌じゃなくて衣服の上からでも行けるんだ、きっとこれって服も一緒に異世界転移してきたからだと思うんだ。だったらこの服は僕の一部……のはず」とのことだった。


 後は、電磁砲を打ち終わったら、衣服の切れ端からヒビキがカエルの姿で出てくる。


 俺を掴んだら響の居場所が常に分かる女神様が加護を与える。


 たったこれだけの作戦だ。


 だが、これを何の検証もせずに全てぶっつけ本番でやってしまったのだ。


 俺はヒビキの凄まじい度胸に改めて感謝をした。




 ほどなくしてやってきた救護班にその場で治療を受ける。


 そして……。


「ニック!!!」


 ああ、ポロンだ。

 ヒューイの機体に乗ってきたのだろう。


 ポロンが涙をポロポロと流しながら駆け寄ってくる。

 そしてそのまま、ニックの頭を腕で持ちあげて胸に抱いた。


「んなっ!!? ポ、ポロン!?」


「良かった……生きてて……本当に良かった……!」


 ポロンの涙がニックの頬に落ちる。


 ああ、また泣かせてしまった。


 でも今度は……本物の笑顔だ。




 こうして二度目の防衛戦は俺達の辛勝に終わった。


 だが、俺の得た報酬は何にも代えがたい笑顔だったのだ。

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