変身
「一旦みんなで集まって会議だから、ここで待っててね勇神様!」
そう言って、ポロン・アポロンと名乗っていた少女は僕の身体からようやく離れていった。
立ち膝の姿勢に固定されて、置かれた場所は学校の中庭のようだ。
(……こえる? 聞こえる? 聞こえるなら返事なさい。えーっと……響だっけ?)
聞き覚えのある声が響の頭で反響する。
この声は……
(……女神様?)
(ああ、良かった。あんた、意識は生きてたのね。そう、女神のベルンよ。あ、でも『女神様』って呼び方のままがいいわ)
つい数時間前に出会った女神は既に当初の荘厳さはなりを潜め、明らかに厄介そうな本性を垣間見せていた。
だが、それでも異世界に放り出されたばかりの響には天啓のようにありがたい声に聞こえた。
(ううっ……女神さまぁ……この世界なにぃ……? 僕、虫だけは駄目なのに……! あんな……! あんな……!)
響の脳裏に先程の戦闘が蘇る。
小っちゃい女の子に思い切り電気を浴びせられ、大嫌いな虫を蹴っ飛ばしたこと。
ピリピリした痛気持ちいい電気を流されて走ったと思えば、でかいテントウムシが顔スレスレでウロウロしてたこと。
かと思えば、シャツのボタンを開けられて変な格好のままカマキリを拳で地面に叩きつけたこと。
挙句の果てに、身体の可動域の限界を超えた動きを強要させられて波○拳みたいなのを出してしまった。
これらの出来事は響の心をへし折るには十分すぎた。
(うぅっ……ぐすっ……)
(あ、あんた泣いてるの!? しゃんとしなさい! 男の子でしょ!)
(どこの世界の男の子だったら泣かずにいられるんですか!! この世界来てから、身体が全然言うこときかないんですよ! こんなん転移詐欺ですよ!)
そう、この世界に来てから響の身体は自由を失っていた。
正確に言えば大量の電気を浴びせられた瞬間だけは動いたが、それだけだ。
(うっ……。まあ悪いとは思ってるわ。異世界転移ってまずは世界に適応させる加護を授けないと駄目だったっぽいわね。私、こういうの初めてだったから許しなさい)
対して悪びれもせずに言い切る女神。
響は内心悪態をつく。
(女神なのに横暴だな……。
(内心で会話してるから筒抜けよ。初回だから女神ペナルティ1点で許してやるわ)
(ひどい!? というかこれ、どうやって会話してるんですか?)
(女神力よ。なんか凄いエネルギーとでも思ってくれて良いわ。とはいえ、このままだとゴリゴリ浪費するだけだわね……)
よく見ると、響の横に鎮座している水晶がチカチカと光っていた。
なるほど、どうやら女神はここにいるらしい。
(よし決めた。あんたのボディを創造するわ)
水晶が妖しく輝き始める。
明らかになにかヤバそうな雰囲気だが、指一本動かない響には見ていることしか出来ない。
(これ何が始まるの!? ちょっ女神様怖い怖い!!)
(だまらっしゃい!! ……女神の加護を授けます! 『
女神の声と共に水晶から大きな光が放たれる。
その光を受けた瞬間、響の視界が無くなった。
そして、朧気ながら視界を取り戻したとき、響は思わず絶叫していた。
「うわーーーーーーっ!!! 何だこれーーー!!」
先程は校舎よりも遥かに高かった視界が今度は地面の匂いが分かるほどに低くなった。
そして、目の前の水晶石に写る自分の姿が何より異質だった。
まんまるにデフォルメされたカエルになっていたのだ。
「女神様!! 僕何か悪いことしましたか! なんですかこれ!? ……ってあれ? 声が出てる?」
(成功ね! その姿は今日のあんたの記憶に強く残ってる物を具現化しただけだからあんたのせいよ)
「こんなまんまるのカエルが僕の記憶……!?」
蛙は分かる。
間違いなく学校での解剖実習のせいだろう。
この愛嬌溢れる丸みは一体……あっ。
如月さんの……。
――――いや、このことを考えるのはもうよそう。
大事なのは姿形ではなく、何を成すかだ。
「それで、女神様。何故わざわざこの姿に」
響は思い当たった原因を忘れ去るようにキリっとした声で問う。
(しかしあんた……カエルと好きな女子の胸が記憶の大部分を占めてるってちょっと大丈夫?)
「それで女神様!! 何故わざわざこの姿に!!」
(分かった分かった……。それも含めて一から説明するわ)
そこで響は大体のあらましを聞いた。
妹神に世界を乗っ取られかけたこと。
それを救うために響が異世界から転移させられたこと。
30日持ちこたえれば世界は救われること。
そしてこの世界のこと。
「……つまり、この世界は魔力で構成されてるから僕の身体は動かないってことですか?」
(そうよ。あんたの身体は世界の『異物』すぎて動かせないの。これに気付いたときには終わったと思ったわ)
「だけど実際は動いた……。あの女の子の電気で……」
(そう! そこなの! あんな魔法あるなんて女神の私ですら知らなかったのよ! ラッキーだったわ!)
それはそれでどうなんだろう……と響は今度こそ内心で思った。
どうやら相当にいい加減な女神らしい。
「それじゃあどうして、このキュートなカエルを創造したんですか?」
(そのキモいカエルを創造したのはあんたが喋って動けるようになるため。この世界を救うには妖精ちゃん達と力を合わせないといけないからね)
一部見解の相違があったが、響は黙って女神の考えを聞く。
(いい? よく聞きなさい。まず、そのカエルの身体は女神力を使って創造したわ。じゃあその女神力の出所はどこか分かる?)
響はさっき聞いた女神のルールを思い出す。
「えっと、女神力は世界の住人から抽出されて……今の女神様の世界はここら一帯だけだから……あの学生の妖精達から?」
(正解よ。私はあの子達の情動や成長で女神力を獲得出来る。さっきの戦いでの勇気と成長があったからこそ、今回の女神の加護を行えたのよ)
なるほど?
理屈は分かったが、結局カエル体を作った理由にいまいちピンとこない。
そんな響を見越してか、響が問う前に女神が言い放つ。
(ニブイわね。それで妖精ちゃん達とガッツリ交流すればいいだけよ。異世界からの同年代、おまけに喋るカエルだなんて、劇物ってくらい刺激的じゃない?)
なるほど。
どうやら、僕は燃料的な役割を期待されてたらしい。
(もっと言うと、あんたの本来の身体にそのカエルで張り付けば魂はあっちに戻るわ。戦闘の時はあっちに居たほうがいいわね。それ、潰されたら終わりだし)
なるほど。
僕はとてつもなく、使い勝手の良い身体にされていたらしい。
というかそれ根性があるどこぞの有名なカエルみたいだな……。
「知りたくないことだらけでしたけど……概ね分かりました」
(そ。なら良かったわ。正直なところ、それなりに申し訳ないとは思ってるわ。どう? 出来そうかしら?)
正直不安だらけだと響は思う。
だが……どうせ現世では本来死んでた身だ。
そしてここで30日生き残れば、僕は現世に戻って今度こそ如月さんに告白出来る……はず!
「やってやりますよ! 3年間失敗し続けた告白に比べれば30日くらい何とでもなります!」
(……ありがとう。……早速だけど頑張って!)
「え?」
ふと辺りに気配を感じて、振り向くと女神の言葉の意味が分かった。
響の周りを十数人いる妖精の学生達が囲んでいたのだ。
「あ……どうも。皆さんこんばんは! 僕、春日 響って言います」
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