運命の日 『女神』


 身動きができない。


 手も足も感覚はあるのに、動かそうとしても身体がついていかない。


 まるで金縛りにあったような感覚だ。


 困惑する意識に、良く通る声が突き刺さった。


「お願いっ! 動いて!! 動けーーーっ!!!」


 声のした方向に意識を向けると、珍妙な光景が視界となって映し出される。


 ――――自分が創造した妖精が自分が連れてきた人間に電気を浴びせている……。


 視界を取り戻して、ようやく自分の状態に気付いた。


 戦火の赤と電気の稲光を受けて、煌めく水晶のボディ。


 なるほど、手も足もないのは納得だ。

 なぜなら、身体が石だから。


 女神『ベルン』は女神石に封印されていたのだった。



 ――――――――――――――――封印5時間前。


 ベルンは気だるげに雑誌をパラパラとめくる。


 雑誌の題名は『女神系情報誌 メガダス』。


 新米女神からベテラン女神までまるっと情報お届け!がキャッチコピーの有名雑誌だ。


「今週の特集は……『異世界転移で問題解決!! 最小の労力で成果を出すイマドキ女神の必須スキル』ねぇ……」


 そこには、人間を異世界にいざなうメリットから、注意事項、オススメのタイプなど事細かに纏められていた。


 ベルンは、それらを斜め読みしてパタンと雑誌を閉じる。


「ま、私には関係ない話ね」


 そう呟いて、ベルンは指で丸を描いて世界を覗き見る窓を作り出す。


「うんうん、私の世界と妖精ちゃん達は今日も健全に回ってるわね。女神力もガッポガッポだわ!」


「お姉さま……言動がはしたないです……」


 ガッツポーズをしていたベルンの前に小柄な女神が姿を表した。


「あら、ルーナ。何か用?」


 彼女は女神『ルーナ』。


 ベルンの妹神であり、女神の仕事を教えている弟子のような存在でもある。


「はい。お姉さまに何か手紙が届いてましたよ?」


「あら、ありがと」


 ルーナから手紙を受け取ったベルンは苦虫を潰したような顔になる。


 手紙の主が歓迎しない相手だったからだ。


「めんど……、後にしよーっと」


 ベルンは手紙を懐にしまって、改めて自分の世界を眺めだす。


 ――――ふふふ、我ながら本当に良い世界だわ。

 大きすぎる争いもなく、発展も急過ぎず……女神にとって理想の世界そのものって感じ!


 自画自賛していたベルンはルーナがまだ横に立っていたことに気付いてやや気恥ずかしくなる。


「こほん! ルーナ? どうしたの?」


「以前から申し上げておりますが、そろそろルーナにも世界を創造させてほしいのです」


 またその話か……。


 ベルンは思わず顔をしかめた。


 女神は世界を創造・運営することで汎用的なエネルギーである女神力を得て、自身の存在を維持したり、女神の力を行使している。


 そのため、自分で世界を創造して、その運営をすることで初めて独り立ちした一人前の女神と言えるのだ。


 今はベルンの世界のお手伝いをしているルーナも早く一人前になりたいのだろう。


 気持ちは分からないでもないが……まだそれを許す訳にはいかない理由がある。


「駄目よ。あなた、女神力をちゃんと抽出できるようになったの?」


「それ……は」


 私達、女神の力の源である女神力……その抽出方法は様々だ。


 ルーナの問題は、世界の住人の恐怖や憎悪など暗い感情からしか女神力を抽出できない点だ。


 私のように、成長や喜怒哀楽からも抽出できればいいのだが……。


 今のまま世界を創造させても、いつか世界の住人が滅んでルーナの存在も消え去ってしまうだけだ。


「ですが、お姉さま! ルーナが作るのはそういう厳しい世界でもいいじゃないですか!」


「駄目に決まってんでしょ。あんた分かる? そんな世界作ったってどうせ滅びるだけよ」


「厳しい世界に居れば住人達もルーナ自身も成長するはずです!! やってみなければ分かりません!」


「だったら、女神力をちゃんと抽出できるようになってからやればいいだけじゃない。はい、話は終わり」


 尚もルーナは食い下がるが、ベルンはピシャリと断ち切った。


「それじゃあ、今日も妖精ちゃん達に適度な試練を与えて女神力を補給しなさい。ちゃんと試練を乗り越えた後の成長も見届けて、その素晴らしさに気付けるように」


「……はい」


 ルーナは何かを言いたげにしていたが、ベルンはそれを見ないふりをした。


 あの子にはまだ早い。

 その考えはいくら言われようと変えるつもりはなかった。




 異変を感じたのは、そのやり取りからいくらか時間が過ぎた頃だった。


「あれ? 女神力が……減った……?」


 ベルンに世界からとめどなく流れていた女神力が徐々に滞っていく。


 ――――世界に災害でも起きた……?


 急いで、世界を覗き見る窓を開く。


 だが、特に何か起きたわけでもなさそうだ。


 問題なく世界は回っていて、妖精達は平和に暮らしている。


「供給源が問題ないなら、中継点がおかしいのかしら……?」


 ベルンは窓からの景色を忙しなく切り替えて、世界各地にある女神石めがみいしをチェックする。


 女神石は女神力を取り込んで、ベルンに送っているのだが……原因はそこにあった。


「なに……これ? 女神石からの供給が打ち切られてる……?」


 そんなことが出来るのは一人しかいない。


 管理を任せてるルーナだ。


 先程のこともある。


 ベルンは急いでルーナの元へ向かった。


 世界を運営している管理室にルーナはいた。


 何をやっているかはすぐに分かった。

 次々とベルンへの女神石からの供給を打ち切っていたのだ。


「ルーナ! あんた何してんの!?」


「あ……お姉さま……」


「そんなこと頼んでないでしょ! それ以上やったら……」


「……これ以上やったら、お姉さまの世界では無くなりますね」


 振り返ったルーナの瞳には狂気が孕んでいた。


「ルーナ……あんた……」


「お姉さまがいけないんですよ? いつまで経っても私を子供扱いするから……」


「私はあんたのことを思って……!」


「……もう3000年目ですよ」


「え?」


 ルーナはクワっと眼を開いて、ベルンに怒鳴りつける。


「お姉さまは長生きエンシェントババアだから気付いてないかもしれませんが、もう3000年同じこと言われてるルーナの身にもなってください!!」


長生きエンシェントババア……!?」


「普通はですね! 100年くらいで世界を創造して、色々失敗して、成長して半人前から一人前になるんですよ!! ルーナはこの前行ってきた女神同期会でそんなことも知らずに恥をかきました!!」


 ―――そ、そういえば、昼に読んでたメガダスにもそんな事が書いてあったような……。


「わ、分かったわ……ルーナ。とりあえず一旦話し合いましょ? あと長生きエンシェントババアは取り消しなさい。ぶっ殺すわよ」


「凄んで見せたってもう知りません! ルーナがこの世界を貰います! 見た目が老けないだけで中身コッチコチの長生きエンシェントババアは自前の女神力で何とかしてください!」


「こっ……このクソガキ!!」


 一発ぶん殴ろうと踏み込んだが、既に大部分の女神石からの供給が途絶えていることに気付いた。


(まずい! このままでは本当に世界全てを奪われてしまう! そうなれば今のルーナが運営したところで滅んでしまう! せめて一つでも女神石を護らないと!)


 ベルンは急いで世界への窓を作って飛び込んだ。


「お姉さま……無駄なあがきを……」




 まだ生きてる女神石はあるはず……!


 ひとつでも私が手動で管理すれば、少なくともその周りだけは私に女神力を与えてくれる!


 それさえあれば手はある……!


 ベルンは自身に流れてくる女神力をたよりに女神石の在り処を辿った。


 そして高速で世界を飛び回り、ようやく見つけだした。


 コの字のように配置されている校舎のような建物の中央に探していた女神石はあった。


「確か、ここは妖精ちゃん達の防衛学校よね」


 その場でしゃがんで、女神石に祈りを捧げてくれる子がいる。


 ベルンもその横に降り立った。


 受肉していないので、この子に私は見えない。


 妖精の女の子は本人がすぐ横にいるとは知らずに祈りを捧げている。


「ふふっ、良い子ね」


 きっとこの子の祈りのおかげでここの女神石に気付けたのだろう。


 感謝しつつ、女神石に手を触れて手動操作に切り替えた。


「ふー……これでとりあえずは一安心……」


 だが、ルーナも当然見逃すはずがないだろう。

 この学校の周りだけが今の私の世界。

 ルーナは間違いなくこの女神石を奪いにくるはずだ。

 そうすればこの世界は完全にルーナのものに……あばばばばばばばばばばばば!!!


「なっなに!? 電撃!?」


 身体に走る電流に驚いて、その発生源を探すとすぐに見つかった。


 女神石の隣にある石に先程の女の子が電気を発しながら祈りを捧げていたのだ。


 蕩け切った顔でよだれと電気を垂れ流して、祈りを捧げる姿は狂気すら感じた。


(こわっ……)


 自身が作った創造物に恐怖を抱きつつ、ベルンはその場を離れた。


 ――――さて、残り少ない女神力でルーナにどう対抗しようか。

 ベルンの頭に昼間に読んだメガダスが思い出される。


「そうだ! 『異世界転移で問題解決!! 最小の労力で成果を出すイマドキ女神の必須スキル』があるじゃない!! 」


 先程の電流のせいか、頭が妙に冴えている。

 自分の力が弱まってるなら、異世界人に頼れば良い話だ!


「そうと決まれば、早速よ!」


 窓を作り、今度は別の世界に飛び込む。


 目的地は異世界転移のメッカ、人間界だ。




 人間界に着いたベルンはメガダスの朧げな記憶を辿る。


「まずは、『①:世界との繋がりが薄れてる人間を探す』だったはず。要は死にそうなやつね」


 ベルンは空中から下界を見下ろした。

 どうやらここは学校の真上のようだ。


「でも、そんな都合の良い人間……いたっ!!」


 窓から落っこちてる男女を視界の端に捉えたベルンは高速でその場に飛んだ。



「あなたにチャンスをあげましょう」


 今、まさに落下してる男の子に声をかける。

 なけなしの女神力を使って人間の落下をゆっくりと、後光はたっぷりと、口調は理想の女神像を意識した。


 ごちゃごちゃと何かを言ってるが時間がない。


 さっさと用件を伝えよう。


(次は『②魅力的な特典を選ばせて、異世界に送る』……か)


「私の管轄してる異世界が滅びそうです。貴方達がその世界を救ってください。そしたら死の運命を変えてあげます。」


 女の子の方は良く分かって無さそうだが、男の子の方は話が早そうだ!

 さ、もうひと押し!


「さあ! 欲しい特典ギフトを言うのです! この世界に戻った後も使える特典ですよ! 慎重かつ迅速に決めてください!」


 男の子は少し考えてから、言葉を発した。


「どんな願いでも叶う力をください!!」

「あなたは小学生ですか!!」


 しまった……! この子バカだ……!


 しかも一喝したのに、この子達二人とも全然諦めない……!?


(ああ! もうどうとでもなれ!)


「女神の加護を授けます!! 『一生に一度のお願いラストウィッシュ』発現!」


 予想以上に粘られて焦ったベルンは残り少ない女神力を使って、男の子の方に女神の加護を与えた。

 よし……どうにか二人分の強制転移させるだけの女神力は残ってる……。

 もう発動させとこ……。

 しかし、その直後、信じられないことが起こった。


「『一生に一度のお願いラストウィッシュ』発動っ!!! 如月さんを無事に着地させて!!」


「え?」


 如月と呼ばれた女の子はあっさりと着地をした。


「……あんた、何してんの!? これじゃあんただけが、何も持たずに異世界に……!」


 ベルンは目の前で起きた光景に度肝を抜かれた。

 もはや口調は素に戻って、後光も消え失せて女神としての威厳すらない。


「ひ、響君!! 身体がっ! なんか透けてるよぉ!!」


 真下からは女の子の声が響く。


 響と呼ばれた男の子の身体が徐々に透けていく。

 先程発動した強制転移が始まっているのだ。


 ついでに、ベルンの身体も透け始めていた。


「は?」


 ――――ま、まさか……二人分の強制転移が……女の子から外れて……私が対象になってる……!?


「い、いやああああああああああああああああああ!!!!!!」


 女神ベルンはこうして人間界から消え去った。




 身動きができない。


 手も足も感覚はあるのに、動かそうとしても身体がついていかない。


 まるで金縛りにあったような感覚だ。


 困惑する意識に、良く通る声が突き刺さった。


「お願いっ! 動いて!! 動けーーーっ!!!」


(あの子は……女神石に祈ってた変な子……。で、響だっけ? あのバカが電気を浴びてる……。 え? なにこれ? サイズ差えっぐ……)


 意識を取り戻したベルンは自身の異常に気付いた。


(何これ!? 女神石に封印されてる!?)


 受肉もせずに、実体がないまま転移したので、最も縁が深いものに取り込まれてしまったらしい。


(しかもこの巨大ダンゴ虫……ルーナがよく作ってる自動操蟲じゃない!? 本気でこの世界を獲りにきてる。終わったわ……)


 もはや打つ手すらなく絶望するベルン。

 だが、目の前で今日何度目か分からない信じられないことが起こった。


 なんと、響が妖精の女の子に操られて巨大ダンゴ虫を撃破したではないか。


(……いける……かもしれない。あと30日、妖精ちゃん達とあのバカと私で耐えれば……!)


 ベルンには一つだけ秘策があった。


 懐にしまった手紙の内容を思い出す。



 拝啓 ベルン


 久々にお茶したい。準備して。30日後ね。


 始祖の女神達より



 そう、ルーナから預かったあの手紙。


 あれは私の大先輩にあたる始祖の女神オリジンクソババア達からのお茶の誘いだったのだ。


 あの始祖の女神パワハラクソババア達からの誘いを私がドタキャンしたとなれば大事件だ。


 間違いなく捜索がかけられて、この事態を始祖の女神たちが知ることになるだろう。


 そうすれば、即座に救出されるはず。


(よし……やってやろうじゃない……! あのクソガキ絶対ぶん殴ってやるわ……!)


 こうして、私と妖精と人間の30日戦争が始まったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る