運命の日 『僕』

 


 何やらぼんやりと声が聞こえる……。


「お願いっ! 動いて!! 動けーーーっ!!!」


 あばばばばばばばばばばばばばばばばばばっ!!!


 僕の身体に電流走るっ!! な、何だ!? AED自動体外式除細動器か!?


 その声と電気に導かれるように、春日 響かすが ひびき覚醒めをさました。



 ――――――――――――――――覚醒5時間前。


 カエルをさばいていく。心臓、神経のスケッチを済ませる。そして慎重に後ろ足を切り取り、電気を流すとピクピクと動いた。


「ふぅ。こうやって筋肉って動いてるんだな」

「お、感心感心。春日くんはしっかりと取り組んでるね」


 先生が嬉しそうに声をかけてきた。


「はい、せっかくの機会ですから」


「皆もそう思ってくれるといいんだけどねー」


 今日は、生物学の授業でカエルの解剖をしている。

 しかし、先生がこう言うのも無理はない。


「キャー!! 無理! 無理だってー!」

「響ー! こっちもさばいてくれよー!」


 教室は女子の悲鳴を中心に阿鼻叫喚だ。


 響は面白い実験と感じていたが、無理な人の方が多いのも仕方ないことだろう。


「はぁ……先生が子供の頃は普通だったのにな……。君たちの卒業前に、最後に面白い授業をって思ったんだけど……。じゃあ、響君最後の発表お願いね」


 ―――げ。面倒なことになってしまった。


 あまり勉強が得意ではない響は、貧乏くじを引いてしまったと内心思う。



「3年3組の春日 響です。えー、カエルの筋肉に電気を流すと動いたことから、人間もー……」



 響のたどたどしい発表は無事に終わり、チャイムが鳴る。





「流石にあの授業の後だと、みんな飯が進まないみたいだな」

「響は意外とああいうの物怖じしないもんな。苦手なものってあるのか?」


 お弁当をつつきながら、友達とのお喋りに花を咲かす。



「そりゃー、あるよ。僕は……」

「お! 響! あっち見てみろよ」



 友達の視線の先には……お弁当をパクパクと食べる女子がいた。

 こちらの視線に気づいたのか、顔を赤らめて食べるペースを落とした。



如月きさらぎさんか、そういえば彼女もどんどんカエルをさばいてたな」

「度胸もでかいが……なぁ?」




 このややアホな友達が何が言いたいかは分かった。




如月きさらぎ 鈴音すずね』。


 彼女はこのクラスの中では、それなりに目立つ存在だ。

 明るい性格でマイペース、だが意外にも乙女な部分が見え隠れする子。

 響とは一年生の頃から同じクラスで、楽しくお喋りできるくらいには仲が良い。

 そして……一部分ふくよかな体つきもまた魅力の一つだろう。

 実は僕自身、彼女のことは結構、いや相当、正直めちゃくちゃ気になっていて……。


「お前……本当分かりやすいな……」

「な、なんのことだよ!?」


 大分アホな友達に図星を突かれて、うろたえてしまう。



「今日、俺の掃除当番変わってやるよ。そうすりゃ、放課後あの子と二人きり。あと30日で卒業だぞ? 頑張れ……よ!」


「サンキュー、マイフレンド!」


 バチコンと下手くそなウィンクを飛ばす友達。

 この時ほどこのアホな友人を頼りに思ったことはなかった。




 そして迎えた放課後。吹奏楽部の音。


 あちらこちらで聞こえるランニングの掛け声。


 友達と帰りの約束をする子もいる。



 いつもの放課後の風景。


 だが、今日は僕の記念日にしてみせる。あの子にコクる!



 響は決意を強く固める。


「あっ響君! もー、遅いよー。あっもしかしてサボリー?」


「ごめんごめん! ちょっと気持ちの整理に手間取っ……いや! 何でもない!アハハー」


 怪訝そうな顔をする彼女。

 綺麗なくり色の髪が風になびいていて何とも可愛いらしい。




 二人で教室を掃除し、なんとなくお喋りをする。



「そういえば、お昼のとき、私に何か用事があった? 何か気にしてそうだったから」

「ううん。良い食べっぷりだなーって感心してただけ」

「……響君は、こう、悪気はないんだろうけどさ」

「あ、ああ!? ち、違う違う! いっぱい食べる子はなんか良いなって思ってただけ!」

「…………響君は、こう……! 他意はないんだろうけどさ……!」


 よし、良い感じに話せたな……! そろそろ掃除の時間も終わりだ。


「机を元に戻して……と。よし! 響君、お疲れー」

「あっ如月さん、ちょっと待って!」


 危ない危ない……! 周りに誰もいない夕暮れ時の教室。


 これ以上ないシチュエーションだ。


「ねえ、如月さん。如月さんは、県外の大学行くんだったよね?」

「うん! なんとか第一志望に通ったの! 響君は地元だよね?」


 彼女は勉強が出来る。


 そして、この一年、希望校に行くために努力を重ねていたことは響も良く知っていた。


 その反面、響はそこまで勉強が出来ない。

 が、彼なりに頑張ってどうにか地元の大学に合格したのだった。




 ――――どちらにせよ、僕と如月さんの道は、卒業と共に交わらなくなる。


 だから、卒業する前に今度こそ、今度こそ想いを伝えるんだ。




「如月さん! 僕、君のことが……!」

「あ!」

「え!?」


 如月はトテテと窓の方に走っていく。

 そして、何かを手に乗せた。


「ふぅ。チョウチョを教室に閉じ込めちゃう所だった!」

 なんだ。チョウチョか。ふふ、相変わらずマイペースだなぁ。


 思えばこの三年間、いつもいつもいつも僕の告白は何かに邪魔されてたっけな。

 まるで呪いにかけられたかのように邪魔が入るのだ。

 響は内心泣きたくなるのをぐっとこらえて、もう一度チャンスを伺う。


「さあ、お外に飛んでいきなー」


 彼女が窓に手を伸ばしたその時、ガッと何か音がした。


 え? 如月さんが椅子に足を引っ掛けて……そのまま……窓から……!



「危ないっ!!!」



 僕は咄嗟に窓から身を乗り出して手を掴んだ。


「ひ、ひい~」


 彼女は空中に宙ぶらりんだ。

 ぐっ……失礼ながら……お……重い……!


 徐々に体が引きずられていく。

 ま、まずい……このままじゃ……。


「響君っ!! 手を離して! このままじゃ君も……!」


「離すわけないだろっ!!! ちゃんと掴まってて!」


「響君……! あの……これ、もう落ちてない……?」


 あ、駄目だった。響は如月諸共、窓から落下した。


 3年の教室は3階だから……死んだかも。


「あなたにチャンスをあげましょう」


 これは……走馬灯? でもこんな後光が差してる女神っぽい人なんて僕の人生に登場したっけ?


「女神っぽいではなく女神です。落下時間ゆっくりにしてあげてるんですから、話を聞きなさい」


「あ、はい……すみません」


 空中で、現実に引き戻された。

 響と如月は顔を見合す。


「響君、見えてる?」

「うん……どうやらマジで女神っぽいね」

「マジで女神です。貴方たちにチャンスを与えましょう」


 マジで女神な人はコホンと咳払いをしてから言い放った。


「私の管轄してる異世界が滅びそうです。貴方達がその世界を救ってください。そしたら死の運命を変えてあげます。」



 こ……これは異世界転移って奴か!? チートなスキルとか貰えて無双する奴!!

 響はやや興奮して、隣で落下してる如月に視線を移す。

 如月はポカンとした顔で頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。


(あ! 如月さんはイマイチ分かって無さそうだ! でも、そんな顔も可愛いな!)


「さあ! 欲しい特典ギフトを言うのです! この世界に戻った後も使える特典ですよ! 慎重かつ迅速に決めてください!」


「そんなアホな!?」


(えーっと、えーっと……今から異世界に放り出されるわけだろ? 何も分かって無さそうな如月さんを絶対に護らないと……。でもそんなのどうすれば……!)


 響は決して聡明ではない頭脳で必死に考える。

 そして、決断を下した。


「どんな願いでも叶う力をください!!」

「あなたは小学生ですか!!」

「えっ!? 響くん、そういう感じでいいの!?」

「駄目です! あれは駄目な例です!」


 お、怒られた……。

 出鼻を挫かれたが、響は諦めなかった。


「お願いします! どうにかなりませんか!!」

「そう言われてもですね……そんな凄い特典は、女神力めがみりょくが足りません」

「じゃあじゃあ、私の権利? も使ったらどうかな? 私良く分かんないし、響君に任せるよー」

「うーん。二人分でも足りませんね。というかあなた達、落下してるのに余裕ですね!?」


 女神力という良く分からない概念まで出てきたが、それでも響は諦めなかった。




「じゃあ、願いは一回きりでいいです! それならどうですか?」

「二人分でたった一回の願いなら……まあギリギリですね。それでも、度が過ぎた願いは叶えられませんよ?」

「よし!! 如月さん勝手に話進めちゃってごめん! それでいいかな?」

「うん! いいよー!」


 話は纏まったが、落下してることには変わりはない。

 徐々に地面がゆっくりと迫ってくる。

 時間がない。


「女神様! 騙されるのも嫌なので、前払いで特典を下さい!」


「随分としっかりしてますね……。じゃあ……女神の加護を授けます!! 『一生に一度のお願いラストウィッシュ』発現!」


「『一生に一度のお願いラストウィッシュ』発動っ!!! 如月さんを無事に着地させて!!」



「え?」

「響……くん……?」


 瞬間、如月は全ての物理法則を無視して、地面に急降下。

 何の衝撃もなく、無事に着地をした。


 ――――よしっ! 大成功!



 単純なことだ。

 死の運命を回避するのに必要なのが異世界を救うことなら。

 死の運命なんて最初っから無かったことにすればいいんだ!!

 そうすれば、異世界になんて行かなくていい。

 如月さんは、彼女が頑張って合格した念願の大学に通えるじゃないか!!


「……あんた、何してんの!? これじゃあんただけが、何にも持たずに異世界に……!」


 女神が焦りを見せる。


 おごそかだった口調もすっかりと砕けてしまっている。


「ひ、響君!! 身体がっ! なんか透けてるよぉ!!」


 真下からは如月の声が聞こえる。


 彼女の言う通り、響の身体は段々と透けはじめていた。

 響は今度こそ走馬灯を見始めた。


 母さん……父さん……姉ちゃん……ああ、こんな小さいころもあったっけな……。

 そうそう……入学式で明るく声をかけてくれた如月さんに一目惚れしてさ……。

 如月さん……一緒にバカやってきたアホな友達……如月さん……如月さん……

 うわ……僕の走馬灯、如月さん多すぎ……。

 あっ、しかも胸のアップが多い。

 僕が死んだら脳内HDDハードディスクを初期化してもらわないとな……


「いや……もしかしたらこのまま死ぬのかもしれないのか」


 特典とやらを何も持たずに異世界に突入するのだ。

 もう二度と帰ってこれなくても不思議ではない。

 それならと響は決心をして、如月の方に顔を向ける。


「如月さん! 聞いてくれ! 僕は君のことが……」


 最後まで言い終えることなく、響の身体は完全にこの世界から消え去った。



「好きだーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」


 響の異世界での第一声は、想い人がいない空に浮いた告白となった。


「ちくしょう! いつもこうだ! というか本当に空中で落下してるじゃないか!?」


 どうにか風圧に耐えながら下を覗くと……。

 緑と赤のコントラストが響の眼に写った。

 ―――なんだ、あれ? 森と炎……? いや、それより。


「たっか……」


 あまりの高さと、今日起きた異常な出来事に耐えきれず、響の意識は遠のいていった……。





 何やらぼんやりと声が聞こえる……。


「お願いっ! 動いて!! 動けーーーっ!!!」


 あばばばばばばばばばばばばばばばばばばっ!!!


 僕の身体に電流走るっ!! な、何だ!? AED自動体外式除細動器か!?


 その声と電気に導かれるように、春日 響は覚醒めをさました。



 身体が軋んで全然動かない。だが、先程の電気のおかげでどうやら止まっていたっぽい心臓も動き出した。


(な、なんだ。この世界は。上手く手足が動かせないぞ!? 辺りはどうなって……)


 目の前にバランスボールくらいの大きさのダンゴ虫とスマホくらいの大きさの女の子っぽいのがいる。


 心臓が一気に高鳴りだす。僕は……! 僕は…………!!


「勇神様……一緒に戦ってくれるのね!? 武器は……ない!? だったらっ!!」


 何やらごちゃごちゃ喋ってる小人のような女の子から雷撃が僕に放たれる!! その瞬間、僕の身体に自由が戻った!!


「僕は…………!!! 虫が苦手なんだよおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」


 反射的にダンゴ虫を思いっきり蹴っ飛ばした。


 薙ぎ払われる地面……だよなこれ? 虫と共に吹っ飛んでいく割り箸のような木。そしてこの悍ましいほどのサイズの違い。



 間違いない。


 僕は、今日、異世界に転移したのだ。


 そして、後に知ることになる。



 この日から、僕と女神と妖精の30日戦争が始まったのだと。


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