107.約束の報酬

「おまたせ~! お昼できたよ~!」


 一時化粧騒動なんて事もあったが、掃除も予定通りに進んだ昼過ぎ――――

 少し遅めの昼食と相成ったアイさんが声を上げる。


 朝来た時はゴミも多く酷い有様だったが四人で協力したら案外早くに事が進んだ。

 主要なところは出来たし、あとはリビングの細々とした部分で終わりだ。日が落ちる前には終わるだろう。



 けれどその前に昼食だ。

 昼1時も過ぎて2時のほうが近いと言った時間だが、空腹では動く身体も動かない。

 作業もひど段落ついた上、何よりアイさんが作ってくれるとのことだ。それを食べないなんて愚策中の愚策だろう。


 ちなみに、最初はエレナが『報酬の約束は守ったわよ!』って言っていたがエレナは作らないかと聞いたら逃げられた。

 まだレパートリーは少ないみたいだし、今後に期待といったところだ。


「アイさん、俺も食べちゃっていいの?」

「もちろんですよ!むしろ慎也さんも食べてくれないとイヤですよ!」

「え!?」


 目をキラキラ輝かせながら上目遣いに見つめてくる表情にドキンとくる。

 それって、俺の為に腕によりをかけて作ったとか!?


「だってこんなに作っちゃったんですもの。私達だけじゃとても食べられないんで、お願いしますね?」

「あぁ、ははは……任せて……」


 ……そりゃそうだよね。いくら仲良くなってきたとはいえ、まさかアイさんが二人もいる前で俺のためだけとかそういうのは無いよね。

 自分で勝手に盛り上がって下がっていると、廊下からエレナとリオも姿を表す。二人ともだいぶ頑張っていたのか少し疲れ気味だ。


「お腹すいたわぁ。アイ、今日は何?」

「ふふ、お疲れ様。 今日は夏バテも考えて豚バラ焼きうどんだよ」


 テーブルに置かれたのは人数分のうどんとスープ、ロールキャベツに豆主体のサラダ。

 確かに、見るからに一人だけ量が多い。三人のは普通盛りだが、一人分だけ文字通り山盛りだ。


「これ……一人量が多いけど、慎也への贔屓とか?」


 エレナもひと目で量の差に気がついたようだ。それだと嬉しいけど、今回は作りすぎたから処理係なんだよね。


「そ、そんなこと無いよ! もうっ!何言ってるのエレナったら!」


 え、何その可愛い反応。

 適当に流すかと思われた彼女は予想と反し、その顔真っ白な顔を紅く染め、手を前に伸ばしてブンブンと振っていた。

 目をキュッとつむって否定する、まるで漫画見たいな否定の仕方についつい目を奪われる。


 ――――いてっ。リオに脇腹突かれた。


「慎也クン、ああいうアザトイ感じが好み?」

「いや、そんなことはないけど……ほら、リオも暑いうちに食べよ!」

「むぅ……」


 危ない危ない。普通に見とれてた。

 彼女の追求から逃げるように無理矢理リオを椅子に座らせる。


 アザトイて、アイさんは仲間でしょうに。

 いや、うん。確かにあの仕草は可愛かったです……はい……。



「エレナも早く! …………それじゃあみんな座ったところで、いただきます!」

「「「いただきます」」」


 俺たちもアイさんに続くように号令をし、それぞれ目の前のお皿を突き始める。


 それにしても、最近はよく一緒にいるから忘れがちだけど、彼女たちと一緒に食事を取れるなんてかなり光栄なことなんだよね……

 今をときめくアイドルの彼女たち。ダンスや歌は一級品。そしてもちろん容姿もずば抜けていて彼女たちと食事をなんて考える人も少なくないだろう。

 その三人と一緒に。これもあの日、あの台風の日の巡り合わせから続いてきた繋がりだ。あの時エレナと会わなければ――――


「…………? なぁに慎也、ジッと見て。もしかして見惚れちゃった?」

「えっ、いや!そんなことなくって!」


 ついつい今までの事を考えていたら始まりでもあったエレナに視線が固定されていたようだ。

 彼女は気づくと同時に半目でニヤリと笑いかけてくる。


「それとも、またお姉ちゃんに甘えたいのかしら?あ~んしてほしいの?」

「ちょっとエレナ!何言ってるの! 慎也さんも!それはダメですよ!!」


 エレナがウインクしてアピールしてくるのに対して少し腰を上げて抗議するアイさん。

 怒る姿も可愛いけど天使に叱られるのはダメージがある。


「あーんはしないよ。 アイさんもそう言ってることだしね」

「ちぇ。 仕方ないわね。遠いし」


 近いと本当にするつもりだったの?

 彼女はテーブルを挟んだ俺の正面、さすがにあーんはやりにくいとわかっていたのだろう。

 何とか穏便に済んだことに安堵していると今度は隣のリオに腕を突かれた。


「リオ?」

「あ~んがいいの? してあげよっか?」

「えーっと……魅力的な提案だけど、遠慮しとく……」


 今度はリオか。

 非常に魅力的な提案だけど、首を縦に振るわけにはいかない。


 それにしてもアイさんの視線が怖い。また怒られたくないから火に油を注がないで!



「ん。知ってた。 でも食べられる?その量」

「多分……大丈夫……なんじゃないかな?」


 指を差すのは山盛りになったうどん。

 俺の皿に置かれたものはおよそ3人前といったところだろう。

 食べ切れなくは無いと思うけど、少し苦しいとは思う。


「作りすぎちゃってごめんなさい! 食べきれなかったら捨てちゃっても構いませんので!」

「平気平気! 余裕で食べられるよ!」


 捨てるなんてとんでもない!

 アイさんの料理だなんて、食べられたら死んでも良いと言う者がいるほど光栄なものだろう。何があろうと食べきって見せる。


「辛かったら言ってくださいね……その……言ってくれればあ~んもしますので…………」

「――――」

「ちょっとアイ!? 私に言うことと違くない!?」


 エレナが思わず口を出すように、俺も驚いて声がでなかった。

 彼女のあーんなら10人前だろうが余裕で……って、駄目だ駄目だ。そんなことしたら諸々空気が死んでしまう。


「……大丈夫! 問題ないよこれくらい!任せて!」

「そうですか……むぅ……」


 なにその小さなむくれ?期待しちゃっていいの?

 なんて冗談は置いといて、はやく目の前の料理を食べちゃわないと。


「…………浮気者」

「…………」


 俺は人一倍多い料理を食べ始める。

 隣から小さく漏れた声を聞こえないフリをしながら――――

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