103.ジャージ姿の少女たち
9月も中旬になってきたよく晴れた日――――
最近よく使うようになった駅に着き、改札を出た俺は通り慣れた道を歩みだした。
そこには駅前特有の栄えた店々がある。
巨大なショッピングモールといった繁華街ってレベルではないもののスーパーや飲食店、生活雑貨を置く店など、ここらだけで生活を完結させることすら可能なレベルのものだ。
しかしその実、蓋を開けたらどこもかしこも物価が高い。
スーパーは高級なものばかり置いているし、飲食店も気軽にフラッと立ち寄ったら財布にただならぬダメージを負うこと間違いなしだ。
少し奥の道に入り、顔を上げて辺りを見渡せば門構えの立派な一軒家が続々と並んでいる。
そのあからさまに高所得者層向けの環境の数々に、俺みたいな一般市民が歩くのは場違いというものだ。
しかし人間というものは慣れる生き物で、そんな場違いさにも慣れてしまった。
堂々としていれば誰も気にも止めないというのは本当のようだ。現に適当にネットで買ったジャージを着て歩いても此方を気にする気配など少したりともない。
俺はそんな高級住宅街に並ぶ家々を眺めながら奥へ奥へと進んでいく。
そうして10分ほど歩いただろうか……海から漂う潮の香りと共に目的地が見えてきた。
正確には目的地は最初から見えていて最後の直進という意味だが、ともかくこの夏から行き来するようになった、相当の高さを誇る建物にたどり着いた。
そこは高層階まであるマンション……タワーマンションだ。俺はここに住む住民に会いに来たのだ。
「――――来たわね。待ってたわよ」
目的地の真下……マンションのエントランスにはいつものごとく金髪の少女が立っていて俺の姿を捉えると同時に近づいてきた。
その姿はいつもと違って上下灰色のジャージに身を包み、普段おさげにしたり前に垂らしている綺麗な金髪をシンプルに首後ろでくくっている。
なんだか髪型に今日一日のやる気が表れているようで見ているこちらも気が引き締まる。
「おはよう。なんだか新鮮な格好だね」
「おはよ。 そうかしら?いつものレッスン日なんてこんな格好よ?」
「レッスンは見たこと無いからね」
「そういえばそうだったわ。 今度遊びに来る……?って言いたいけど、見ていて面白いものじゃないからやめておくわ」
その気持ちはなんとなく分かる気がする。
俺も水泳の大会は見てほしくとも練習中は面白いものじゃない。むしろキツイ日なんか死んだような顔してるからやめてほしいほどだ。
「でも、そうね……。 それならどうかしら?この髪」
「どうって……?」
「もうっ!鈍いわね。 どういう髪型が一番好きかってこと。何だったらこれから会う時はこれでいてもいいのよ?」
確かに今の格好もスポーティな感じがしてかわいい。特にいつも隠れているうなじ部分がチラチラと見えているせいで、その真っ白で細い肌が目に入り少しドギマギしてしまう。
けれど一番かと言われたら話は別だ。おさげモードもいいし一纏めにして前に垂らすのもいい。
どれもエレナらしくて一番とか甲乙つけがたい。なお不審者モードは考慮しない。
「……まぁ、うん。あれだよ。 一番は……つけられないかな?どれもいいし…………」
「そ、そう? それはよかったわ……。なら、日毎に変えてみようかしら……」
彼女は俺から顔をそむけ、結び目の部分をいじりだす。
そうやってしおらしいエレナもなかなか可愛い。気の強かったりしおらしかったり、もしかしたら彼女が一番女優に向いているのかもしれない。
「…………よしっ! 休日だってのに悪いわね。ただ掃除してもらうだけなのに……お返しなんてロクにできないわよ?」
けれどしおらしかったのも一瞬のこと。すぐさま彼女は自らの頬をペチペチと叩いていつものように話しかけてくる。
お返しか……そんなの求めてないけど絶対納得いかないだろうし…………そうだ。
「お返しは前もって貰ったよ。クラスメイト紹介したい時付き合ってもらったし」
「あれは私がしたいからしただけよ。 美代とも友達になれたしね」
二人揃ってエレベーターの到着を待ちながら何気ない会話をする。
そう返してくるか。 むぅ、特に対価なんて思いつかないぞ。
「なら、お返しなんて考えなくていいよ」
「そうもいかないわよ。 そうね、なににしようかしら……」
そう言って口元に手をやるエレナ。
美人な人はずるい。こうやってどんな格好しても、どんなポーズをしても綺麗に見えるんだから。
しばらく外から聞こえるセミの声をBGMに、彼女の美しい横顔を眺めていると、ふと小さくため息を吐いて首を横に振るのが見えた。
「だめね…………。 考えてたけど、やっぱりご飯用意するくらいしか思いつかないわ。アイが」
「……エレナのご飯は?」
「私のは……ほら……あれよ……。 そう!あんまり作ってると私の料理って価値が薄れちゃうのよ!!」
料理の価値とは。
少なくとも以前食べた段階では、美味しさはアイさんのほうが勝っていた。それも当然か、ずっと作ってる人と最近作り始めた人で比べるのが酷というものだ。
だから現状、味だけを見ればアイさんが作ってくれたほうが俺としても…………
「……何よ、その顔は?」
「えっ?」
二人の料理を思い出しながらエレベーターに乗り込むと、扉が閉まると同時にエレナが不機嫌そうな声で聞いてきた。
その表情は完全なジト目で、まさにさっきまでの思考が読まれている気がする。
「もしかして、お姉ちゃんの料理よりあの子のほうがいいって言うの?」
「え~っと……それはぁ…………」
内心、そのとおり。
あの時の彼女の言うことを信じるならばまだレパートリーは味噌汁とだし巻き卵だけ。
もし別のものを作るなんてなったらまた変な調味料を入れられかねない。それならば安心安全なアイさんの料理を希望するのが自然というものだ。リスク管理はシッカリとしなければ。
「むぅ……やっぱり。私の料理よりあの子のほうが良いのね」
「だって、まだレパートリー少ないみたいだし変なモノ入れられたら困るし……」
「もうそんな下手な真似うたないわよ!! そんな事言う弟には…………こうよっ!!」
「えっ……まっ……――――あははははは!!!」
ジワジワと彼女が近づいて来るがここはエレベーターの中、逃げ場がない。
俺は壁際に追いやられたが最後。彼女が飛びついてきてくすぐり攻撃が始まった。
その細く白い手は俺の脇腹、首、胸元に伸びていき優しくも力強い感触が身体上を駆けていく。
きっと弱点を探しながらやっているのだろう。その手は場所を移動しては反応を確かめ、反応が強かったところには重点的に手を這わせていく。
それは彼女の持つ天性のものだろうか。何度か反応を確かめたと思ったら小さな手は確信を得たように俺の弱点を的確に攻めていく。
そんな必殺の攻撃に為す術もない俺は、尻もちを付いてただただ笑い声を響かせながら攻撃を必死に耐えていた。
「ちょっ!まって!! 降参!降参するから!!」
「いいえっ!まだよ!! お姉ちゃんの料理は世界一ですって認めるまでは辞めないわ!!」
「りふじんっ……あははははっ!!」
彼女の攻勢はどんどんと強くなっていく。
それも、エレベーターの到着音が気が付かないほどに――――
「…………何してるの、エレナ」
「あははははは…………はは……は?」
「ここがいいのね! ならもっと……って、え?」
揃って我を取り戻した俺たちは同時に声のした方……エレベーターの出入り口へと顔を向ける。
そこには同じく薄いピンクのジャージに身を包んだリオがこちらを見下ろしていて……
「…………えいっ」
彼女は一歩エレベーターに踏み込んで直ぐ側にあった操作パネルへと手を伸ばす。
伸びた先は『閉』ボタン。リオはボタンを押したと見るやすぐさま伸ばした手と踏み込んだ足を回収し…………
「ごゆっくりぃ」
「「…………リオっ!?!?」」
少女の名を呼ぶ叫びは扉の向こうに居る彼女に届かない。
俺たちは揃って立ち上がり、『開』ボタンを押すために駆け出した――――――――
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